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●アクセル・ムンテ著『記憶と頓狂』第10章「カプリでの政治的扇動」その2
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もちろんわたしは自著『悲嘆の街からの手紙』の多くの読者が、ここにいるわたしの交友―ナポリの最下層の人々やみすぼらしい修道士、半ば飢えた船乗りなどを鼻であしらったことに気づいている。もっと高い地位にあるわたしの知己を紹介するための時間はある。今から社会のもっと上流の域の物語を伝えよう。何年も前にカプリで起こったことで、「配役」はわたしの友人D、わたし自身、そして後の皇女フレデリック、当時のドイツの皇太子妃だ。 友人Dとわたしだけはその当時ホテルにたまたまいた俗人だ。大きな食卓全体をドイツ人が占め、その間我々ふたりはそのそばの小さな脇卓にいた。ヴェスヴィウス山のパルミエリ教授のように、そこで我々は小さな観測所を得た。何日か過ぎて我々の鋭い感知器具は大きな食卓で異変が起こっていることを警告した。夕刻の騒ぎ声が以前よりも大きく、タバコが厚い雲のように立ち込め、ビールは途切れず、みんなの顔は紅潮した―すべてが愛国心の噴火を表現していた。ある夕べに電報が届き、恐ろしい騒ぎの中で集団のひとりが大声でそれを読み上げた―ポツダムからの商用の旅行者で、わたしは個人的に彼を嫌っていた。というのは夜に鼾をかいたからだ。彼の部屋はわたしの隣で、ホテルの壁は薄かった。電報にはナポリで最後の数日を過ごしていたドイツの皇太子妃が翌日厳しいインコグニートとしてカプリ訪問を期待しているとあった。誰も「インコグニート」の言葉をそっとしておいてほしいとの意味であることを理解していないと見受けられ、忠実な愛国心は残りの夜食の時間は不運な皇太子妃の島への小訪問をいかに損なうかの最良の方法を議論するばかりとなった。完璧な予定表がその時そこで作られた。凱旋門が建てられ、選ばれた代表者は皇太子妃が地面に足を下ろした瞬間に彼女の前にしゃしゃり出て、しばし彼女の行く広場への道を塞いだ。愛国歌が合唱され、演説がなされ、ポツダムからの商用旅行者は歓迎の詩を確認する間、すでにその顔は充分雄弁さを表わしていた―詩は彼が得意とするものではなかった。カプリのどの庭園も薔薇に奪われることになり、すべての灌木や木は凱旋門を飾るために根こそぎにされ、夜を徹して花輪が織られ、旗が縫われた。 わたしは自分の部屋に行き、長椅子に身を投げ、そしてタバコに火をつけた。そこに横たわりながら瞑想し、ドイツの皇太子妃に対する深い思いやりの感情がわたしを圧倒し始めた。彼女がナポリに滞在した間、彼女がすべての公式の認知から必ず逃れることを求め、そして湾を巡る小旅行の間、彼女の名誉のためのどのような示威行為も避けたかったことを、わたしは新聞で読んだ。かわいそうな皇太子妃! 彼女は皇室の儀礼として御世辞を言って霧のベルリンに去った。そしてなおも彼女は湾での夏の一日を平和に楽しむことが許されない! カプリ全体を買えるほどの金持ちであるのに、魅力的な島の静かな牧歌の短き1時間を過ごすことさえ不可能だ! 世界で誇り高き王冠のひとつを着用する運命にあるのに、商用旅行者の書いた詩を阻むには無力だ! ここでわたしの同情的な思いは隣部屋の激しい足音の騒音に乱された。それは馬の蹄が激しく踏みつけるように響いた。ペガサスに乗る「練習騎手」だ。夜通しわたしはそこに横になってこの世の虚栄心についてよく考え、かの詩の受賞者は部屋を一晩中うろつき回った。一旦足音が止むと、静かであった。内部から喘ぎがあり、わたしはしゃがれた呟きを耳にした―「わたしはこの岩の岸辺に立っている! わたしはこの岩の岸辺に立っている!」 次の瞬間、窓を開ける音が聞こえ、彼は霊感の炎を冷ます夜の空気を入れた。我々の部屋は同じバルコニーに面していた。わたしは注意深くブラインドを上げ、窓枠にもたれかかっている彼に月の光が落ちているのを見た。彼の髪は逆立ち、不明瞭な呟きが唇から漏れた。彼は絶望して天を凝視し、星々はお互い心得て光っていた。彼は庭を一瞥し、そこでは夜風が吹いて葉を忍び笑いさせていた。しかし下の鶏小屋で驚いた若い雄鶏が老いた雄鶏に何時であるかを問うまで彼は決して冗談がわからず、それから鳴き声が夜の終わりを彼の顔に気づかせ、彼はもう最初の一行よりほかはなかった。それからまたさらにもの悲しく、「わたしはこの岩の岸辺に立っている!」と呻き、窓を強く閉めた。パガーノの全部の雄鶏が「万歳! 万歳!」と鳴き声を発したが、フェーバス、フェーバス・アポロ、太陽と詩の神がその瞬間彼の部屋に入った。彼は商用旅行者が彼の竪琴を改竄したことを目に留めて怒りで赤くなった。 その後、客室係の女性が来た時、わたしは彼からのコーヒーとコニャックの誘いを聞いた。「岩の岸辺」のような言葉で夜通し過ごした後、彼が刺激を必要としたことは不思議でない。 彼は昼食に遅れた。わたしは詩人をちらりと見た。興味深い青白さが商用旅行者の太り気味の特徴にかすかな違いを貸し、彼の大きく見開いた目は重い瞼の下で消えた太陽のようであった。彼は誰からも、特に女性からは大きな注目の的であった。わたしは彼が食卓で近くの人に打ち明けるのを聞いた。彼は常に即興で最高に成功し、霊感の手綱を最後の瞬間まで緩めるつもりはなかった。彼らは彼の魅力的な才能に乾杯し、彼は控えめに笑った。彼は何も食べなかったが、かなり飲んだ。食後の甘味の時間に彼は血色を取り戻し、興奮してみんなに熱弁をふるった。そして右へ左へと乾杯して飲んだ。しかしそれはあえて彼が考えに浸って孤独にならないためであるようだった。周りで会話が終わるや否や、彼は深い瞑想に浸った。そして思いやりのある観察者は彼の頬の薔薇が彼の魂を突き刺す残酷な棘に隠れるのをたやすく見抜いた。それは12時のことだ。皇太子妃は4時が予想され、彼はセント・ヘレナのナポレオンのようにそこに立ち、ひとりで彼の「岩の岸辺」を放棄し、次の一行へと漕ぎつくためにひとつのわずかに親しみのある韻を探して虚しく計り知れない深さの詩の海を凝視した。●スマホやタブレットでは見えない各年度や各カテゴリーの投稿目次画面を表示→→
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