「
刳り抜いた りんごの芯の ジャコメッティ 痩せ細りても 本質示し」、「借り物を 元に戻して 返さずに 平気な人の 仮りものの生」、「役割を 自覚し終える 正しさを 知らずに生きる 童眩しき」、「邪気はなき 思えばなきに 何事も あると思えば 神も確かに」
22日の時代祭は3年ぶりの開催だ。今年は筆者が住む西京区の第十一社は大枝学区が参列を担当する。去年はわが自治連合会の嵐山東学区の担当であったが、コロナで取りやめが決まった。それはわが学区の決定で、本来は1年先送りしてもよかった。ところがコロナの収束が誰にもわからず、1年待っても感染者が多ければさらにもう1年というように、何年も待つのかという意見があったのだろう。それで1年待たずに次に予定されていた大枝学区に順番が回された。そのため次回の参列担当は17年後で、筆者は生きていない可能性が大きい。大枝学区は西京区の西果てに近く、わが家から徒歩で1時間では無理の距離にある。昔自転車で一度だけその小学校の前を走ったことがあるが、そこの体育館で早朝から参列の時代衣裳の着替えが行なわれる。ややこしいことだが、第十一社に所属する全自治連合会から1,2名の裃を着た役員が毎年参列の最後尾に加わる。わが自治連合会の平安講社役員は3名で、ひとりは女性で参列出来ず、それで今年は年配の正役員のMさんから筆者に代表して歩いてほしいと言われた。Mさん宅に保管中の裃や紋付袴は自治連合会の平安講社の所有で、その一式を先日Mさんがわが家に持参してくれた。数日前に衣裳は衣桁にかけて皺を伸ばすように言われていたので、今日その作業を行ない、写真を撮った。裃は新品でかなりこわばっているので、数日吊り下げても皺は伸びそうにない。着用後は元通りにしてMさんに返却するので、後で困らないように裃や紋付がどのようにたとう紙に収納されているかを撮影しておいた。紋付は女性用のキモノと同じなので畳み方はわかるが、裃は見るのも初めてで、特に長い紐の畳み方はさっぱりわからない。紐は着用すれば皺くちゃになるので、元どおりではなく、適当に畳んでもよいと言えるが、あまり話をしないMさんから侮られないためにも元どおりにして返却する。それが大人の常識かと言えば、気にしない人もあるだろう。筆者は呉服を扱う仕事なのでまだしも、和服に関心のない人は着用後にどう畳めばよいかさっぱりわからなくて当然だ。それで今後わが自治連合会の平安講社役員が誰になるかで、裃の劣化具合の速度は大いに変化し得る。不注意によってつけた染みは専門家に委ねてきれいにするとして、その費用は馬鹿にならず、また誰が負担するかの問題もある。そんなことを思うと、筆者が講社役員を務めている間は、裃や紋付は極力汚さないことにする。Mさんから足袋と雪駄を自分用に買ってほしいと言われ、つい最近それらを購入した。自己負担だが仕方がない。
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