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●『CANTO GREGORIANO』
気づく 叔父に気づいて お辞儀する 甥は仮装で ハロウィーン追い」、「フリーズと 言われ固まり すぐ動く プリーズかなと 吾喜ばせ」、「宗教と 言うから臭き 教えなり 祈りと言えば 実りに通ず」、「安らぎの 調べのもとは 子守歌 人生ラララ 去りしに想い」
●『CANTO GREGORIANO』_d0053294_01190059.jpg
先日ヘッセの『デミアン』について2日にわたって投稿した。実は「その3」を書こうかと迷いながら止した。シンクレールがデミアンと知り合いになった時、カインとアベルについてデミアンは独自の解釈を言い、シンクレールを驚かせる。デミアンのその意見が小説の後半とどうつながっているかについて筆者は深く考えていない。デミアンとシンクレールをカインとアベルの兄弟になぞらえた設定かと思わないでもないが、デミアンはシンクレールのよき兄という立場で終始導き、ふたりの関係は運命的に強固なものだ。筆者は『聖書』をまともに読んだことがなく、敷居が高いと感じている。そのことが「その3」を書かなかった最大の理由だ。『聖書』の知識なしではヨーロッパのあらゆる芸術の理解は浅いものになる。それで筆者の同小説への感想も中途半端どころか的外れと思う。『聖書』やキリストに対するそれなりの関心は若い頃からある。それで半世紀ほど自己流に学ぶ取っかかりを気にして来たところ、2,3年前にルナンの著作『イエス伝』を買い、目下その3分1ほど読み進み、その読了後に続いて読破すべき本を手元に置いている。そのことは追々ブログに投稿する。筆者はあまりに呑気で、70歳を過ぎて知的好奇心が強くなり、さまざまな本を読む気になっている。長年気になったままでいることを少しずつでも解消して行くことは大げさに言えば生き甲斐になる。もちろん自分で納得すればそれでよく、知ったことで何か特別のことをする目的はない。となれば映画を観て「ああ、楽しかった」とすっきりすることと同じで、まあ単なる娯楽だ。「落伍者の 娯楽人生 気楽なり 落語のごとき うまき落ちなし」つまり、気になっていることを全部解消し終えて死ぬことにはならず、たぶん認知症によって気がかりを認知出来なくなって終わるが、それも仕方がない。さて、『聖書』やキリストに関心がわずかに芽生えたためでもないが、今日はグレゴリオ聖歌を取り上げる。『デミアン』にブクステフーデの教会オルガン音楽について言及があるのでそれでもよかったが、となれば他の宗教音楽でもいいことになり、気分が紛れて決められない。グレゴリオ聖歌のCDは昔買ったのが2枚ある。もっと多くを集めるほどに興味はないと言うより、どの曲もよく似ているのでたくさん聴いても同じかという気がしている。しかし筆者が所有する2枚でも声の質や響きが全然違う。YouTubeではもっと印象の違うものがあって、同じ聖歌でも暗さを感じさせたり、明るかったりする。あたりまえで、2枚聴いて判断すべきではない。ただし2枚で充分と言うことも正しい。
 筆者は宗教音楽のCDはそれなりに持っているが、どれもめったに聴かない。秋たけなわの今時分は毎年シューマンが聴きたくなるが、今年は昼間はシューベルト、夜はグレゴリオ聖歌をかけ、ここ2週間ほど毎日ステレオで鳴らしている。西洋音楽の最初としてグレゴリオ聖歌は位置づけられている。それを省いてもっぱらバッハから教えるのが日本の義務教育で、それは非難されることではない。バッハを聴いて遡ってグレゴリオ聖歌に関心を抱く道はある。バッハの時代に平均律が整えられたのかどうか、詳しいことは知らないが、平均律が生まれてからはさまざまな楽器の合奏が容易になった。同時に複雑な和声の曲が書かれるようにもなった。楽器が進歩したので平均律が必要になったとも言える。これは以前書いたことがあるが、筆者が小学5,6年生の頃、近所の文具店で五線紙のノートを買った。表紙はベートーヴェンの有名な肖像画でそれが暗いセピア色の濃淡で印刷され、首元のタイだけが深紅であった。その表紙の裏側か最初のページに長短のすべての音階と、それがどのように聞こえるかの20字程度の説明があった。それを確認したいと半世紀以上思い続けて来ているが、ノートはもうない。筆者が不思議に思ったのは、長短それぞれ7つの音階がどれも雰囲気が違うとして、それが文字で表現されていたことだ。雰囲気が違うのは当然で、それゆえ長短どちらにも7種の音階がある。ところが長短の違いはそのままとして、7種の音階は移調出来ることが納得行かなかった。同じ曲であるのに移調すれば雰囲気が違うかと言えば、前述の音楽ノートに説明されていたほどの差はない。高い声の出ない人は低めに歌うし、それでも曲の雰囲気は違うと言うほどには変わらない。となれば長短の2種だけあればよく、それぞれになぜ7種が必要なのか。これが長年の謎であった。平均律の調律が主流になった時、7種の音階は移調が簡単に可能となった。つまり平均律が編み出される以前の7種の音階はそれぞれ独自の響きがあって、それこそが前述の音楽ノートに書かれていた説明文が意味するものだ。平均律全盛になって7種の音階は個性が減じたと言い替えてもよい。便利になったが、味気なくなることは何事においても真実だ。だが人間は便利さを手に入れると後戻りしない。しかし平均律以前の調律の音の響きの個性を今も求める演奏家はあるし、もっと遡って1オクターヴの音階をもっと細かく刻もうと考える人もある。調律は無限にあって、また完璧なものはない。したがって最も便利な平均律が幅を利かせて来ている。今後もそうかと言えば、これはわからない。あるいは平均律を採用しながら、音を省く音階はドビュッシーに例があるし、世界各地の民謡も含まれる。ただし平均律とは無関係に伝承されて来た民謡は厳密には長短各7種の音階に含まれない微妙な音を含むだろう。個人で歌い場合も同じだ。
 中学の音楽の教科書だったと思うが、日本の陽旋法と陰旋法の音階の説明があった。五線紙に全音符で書かれていたので平均律のピアノで演奏され得る。つまり民謡のごくわずかな音のずれは平均律に吸収してよいと学者の意見が一致しているのだろう。アメリカ黒人の初期のブルースはおそらく平均律の音階には完全には当てはまらないはずだが、そういう歌い手は平均律が広まっているアメリカ社会では「音が外れている」つまり下手の歌い手とみなされる。だが、たまにごくごくわずかにある音を外した歌い方を聴くととても印象深く、平均律の音階に正確にしたがうことが正しいとは言えないことを思う。バッハやモーツァルト、ベートーヴェンは多くの楽器を用いる楽曲を書いた。そういう曲では各楽器の音の調和が前途となり、平均律はとても便利だ。だが音楽は合奏曲だけではない。グレゴリオ聖歌は合唱中心だが、全員が同じメロディを歌う。ユニゾンとしてのハーモニーはあるが、多声の和音を使わない。また教会音楽はその元はギリシア音階にあって、それは厳密に数学で計算されて不協和音を含まない。ところが音の数は少ない。それでは表現の幅が狭い。3度や5度の和音を持ち込んでオクターヴを作ると、どの音を基本にするかで結局長短の2種しか妥当なものがない。つまりドが基音なら長調、ラなら短調だ。このドとラは1オクターヴ内のどの音にも規定出来るから、それで7種を作り得る。その考えはグレゴリオ聖歌よりももっと後に生まれた。基音がなぜドかラでなければならないのかを疑う人は少ないだろう。レとかファでもオクターヴ音階は作り得る。ただし属和音、下属和音は長短音階と同様には使えない。和音を用いない単旋律ならば可能で、それがグレゴリオ聖歌などの教会音楽で用いられる「教会旋法」の考えとして残った。先にグレゴリオ聖歌はCDごとに音色が著しく違うが、どれか1枚を聴けば充分と書いた。それはどの曲も教会旋法の単旋律を使っていて、同じ旋法であればほとんど同じに聞こえるからだ。ただしそれは熱心に聴き込んでいない筆者の考えに過ぎないだろう。それでも長短の音階に耳慣れた者からすれば、教会旋法はある主音があまりに特徴的で、曲の最初から最後までその音が支配的に響くことに気づく。またその主音は平均律が生まれる以前の音階であるので、厳密には平均律に調律された楽器では完全調和の伴奏出来ないだろう。その意味でも独特な響きに聞こえる。そこで改め思うのは人の声の融通無碍さと最も原始的でありながら最も人の心を打つことだ。楽器の伴奏のない単旋律でも、あるいはそうであるから何か永遠性のようなものが曲に宿る。グレゴリオ聖歌を聴きながら筆者が思うのは母親が子に聴かせる子守歌だ。それは世界各地にあるはずで、西洋でもそれが元になって聖歌が生まれたのではないか。文字どおり聖なる歌として子守歌以上にふさわしいものはない。
 手元の2枚のCDを紹介しておく。1枚はよく売れたと思う。94年のEMI発売で、筆者の所有するのは第2集だ。第1集は同じジャケットながら上下の帯は青ではなく、赤になっている。中のブックレットには同CDのビデオの宣伝チラシが封入されている。「欧米で300万枚」「ビルボード・ヒット・チャート3位」の謳い文句があって、大きく話題になったのでビデオや第2集のCDを作ったのだろう。スペインのシロス修道院合唱団(サント・ドミンゴ・デ・シロス・ベネディクト派修道士合唱団)が歌う。全18曲で長いもので4分、大半は2分台の長さだ。2枚目は録音が1968年10月で、ドイチェ・グラモフォンが96年にCD化した。サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院聖歌隊で、先のEMI盤と同だが、指揮者が違う。それに歌い手は世代交代している。全22曲で1分に満たない曲から5分の曲をふたつ含む。グロリア、キリエ、サンクトゥス、アニュス・デイといった曲名を見ると筆者は吉田秀和によるNHK-FMでのモーツァルトの連続放送で知ったことを思い出す。教会音楽にはこうした一定の決まりの曲がある。どちらのジャケットも頭陀袋を被った修道士が印刷され、どこかおどろおどろしい陰鬱な雰囲気がある。フランスやイタリアなどの他のカトリック圏にも同様の聖歌隊があるはずだが、スペインのものが有名であるのは古風を最もよく伝えているからか。急に思い出した。日本にやって来たフランシスコ・ザビエルはバスク生まれで、スペインのイエズス会の創始者のひとりだが、九州から京都を往復する際、どれほどの人に洗礼を施したのだろう。10数年前、京大の附属図書館で戦前に茨木市内から見つかった「マリア十五玄義図」が展示され、それを見た感想にはザビエルのトライから家康によるキリスト教弾圧までの約70年間に数十万人と書いてある。「マリア十五玄義図」が見つかった民家は富士正晴が住んだ安威からさらに北に2,3キロの山手で、高槻市もそうだが、京阪神はキリスト教が伝播した地域であることがわかる。「マリア十五玄義図」は原画の忠実な模写のようで、その異国情緒豊かな絵画に当時の人は瞠目したことが想像される。またグレゴリオ聖歌も日本に伝わり、それは九州で密かに歌い継がれて来たが、抑揚はそのままで歌詞内容は原型を留めていない。言葉の意味がわからなかったからにはそれは仕方がなく、全体の雰囲気はグレゴリオ聖歌の面影を残しているところが面白い。そのグレゴリオ聖歌の日本化については皆川達夫の研究があって、教会旋法を江戸時代の日本がどのように変容しながら伝達したかについて書かれているのだろう。それはたとえばザッパのギター・ソロを日本人がどのように解釈して演奏するかともどこかで関係していると考えると、現在の問題と言える。
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by uuuzen | 2022-09-30 23:59 | ●思い出の曲、重いでっ♪
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