「
厓ササの 書名のササを 草々と 読めば菩薩と 仙厓うなずき」、「道草を 食み続けての 日暮れかな のんびり野良の 馬の旨味は」、「南天の 細き木を切る 気にならず 難に転じて 何の天下か」、「ヴァージンを 守り続けて 婆の神 童貞爺に 興味は湧かず」

新たな蕾が開花し、今日の写真は今朝撮った。最近ヘッセの『郷愁』を読み終えた。その中に主人公の母親が世話をしている小さな庭の薔薇が毎日咲くという記述がある。筆者はその下りを読んで自分のことを思った。西洋では薔薇は庭の代表的植物だ。ヘッセは家庭の俗っぽさを表現するために母が世話する薔薇についてわずかに書いたのだろう。そのことは『郷愁』にとっては全くの些事で、母親の女性らしさを形容するためについでに書かれたものだ。それはさておき、昨日に続いてキャプテン・ビーフハートのことを書く。YouTubeのコメントにかなりに長文がある。当人は一篇のみ投稿している以外、他にコメントをしていないが、コメントの内容は嘘ではないはずだ。コメントの内容をざっと書くと、1975年にその男性はロサンゼルスの東のランカスターのレストランでコックとして働いていた。ある日ザッパが妻ゲイルとビーフハートと一緒にロースルロイスで来店した。ザッパはステーキを注文し、両面ともきっかり10秒だけ焼くことを命じ、そのとおりに実行されることをカウンター越しに見つめていた。血のしたたるようなレアな肉が好みで、ちょうど10秒だけ焼けと命じるのはいかにも厳格なザッパらしい。コックの男性は縮み上がりながら指示にしたがい、その様子が行間から伝わる。3人での来店は、当時ビーフハートが独身であったからだろう。アルバム『ボンゴ・フューリー』の後かどうか、いずれにしても75年にザッパとビーフハートはそれまでになかったほどに接近し、一緒にツアーをしたのでその前後のことだ。ビーフハートは食に関してはザッパほどに好悪がなかったのではないか。というのはその後のコメントの内容が示唆するからだ。男性は同店を辞めた後、同じランカスターかどうか、デニーズに転職した。同店にビーフハートがやって来て、ハンバーグを注文し、男性がそれを調理している間、ビーフハートはフェルト・ペンで描いていたドローイングをスケッチブックから外し、それを丸めて男性の背中に向けて投げつけた。そのことがきっかけで両者は親しくなった。男性はビーフハートと飲み歩き、いつも男性が奢った。またビーフハートは当時盛んになりつつあったディスコに行きたいとよく言ったそうだが、ランカスターにそういう店はなかった。75年はザッパとビーフハートは35歳で、コックの男性は数歳下であったのだろうか。ビーフハートが一般人と親しくなり、飲み歩くことは意外ではない。ザッパなら絶対にそういうことをしなかった。酒好きでなく、飲んで寛ぐ暇がないほどに音楽に没入したからだ。
ザッパは親友がいなかった。それも意外ではない。親友がたくさんいると言う人の 「親友」はちょっとした飲み友だちに過ぎない。親友の定義の厳密性は人によって大きく違う。ビーフハートはマジック・バンドのメンバーと親しかったかと言うと、75年では新たなメンバーのマジック・バンド結成が画策されていて、『トラウト・マスク・レプリカ』当時のメンバーとは親交は途絶えていた。それに一般人の男性と親しくし、飲み歩くというのはビーフハートらしい。それは孤独であったことの証しになる一方、ザッパのように見知らぬ人を絶対に信用しないという性格とは反対に、人恋しさを示す。ビーフハートがディスコに行きたいと思ったのは流行にそれなりに敏感であったからで、コックの男性がハリウッドまで車を走らせてそういう店にビーフハートを何度も連れて行っておけば、ビーフハートのその後の音楽は違ったものになったかもしれない。その男性との付き合いはさほど長く続かなかったようだが、それはビーフハートが新マジック・バンドと一緒にアルバム制作、そしてツアーに出る日々があったからだろう。それにべたべたした交際ではなく、ビーフハートが暇な時にたまに連絡し合って飲み歩いたのだろう。有名人と一般人の交友とはそのように一時的なものになりやすい。そういう関係すらザッパにはなかったのは、ザッパが孤独に堪えられ、また家族があり、年の半分はツアーに出ていたからで、飲み歩くことは無駄以外の何物でもないと思っていたに違いない。そこからビーフハートとの関係も75年を頂点にして、その後は急速に途絶えたことが理解出来る。ザッパがゲイルを伴ない、そしてビーフハートを便乗させてレストランに訪れたのは誰の発案か。ザッパ夫妻はビーフハートをねぎらうつもりであったのだろう。69年の『トラウト』の制作の際はゲイルがザッパの秘書の女性と一緒に、ビーフハートとマジック・バンドが同アルバムのために練習している一軒家に食料を持って訪れたが、その時ゲイルはビーフハートの話の内容が半ば意味不明であったと回想した。ゲイルは同じ思いを夫婦とビーフハートとでレストランに訪れた時も持ったと想像する。ザッパはステーキをきっかり10秒焼けと命じるのに対し、ビーフハートは適当なハンバーガーを齧ったのではないか。妻がいて食の管理が行き届いていたようなザッパでも50少しで前立腺癌で死に、一方酒好きで食べ物の好き嫌いがなかったかのようなビーフハートが40少々で深刻な病を抱えることになった。コックの男性による半世紀近く前のビーフハートとの思い出からは、ビーフハートの顔を知る者が西海岸の諸都市でもとても少なかったことが伝わる。当時ロックの有名ミュージシャンのうちにビーフハートは入っていたとは言い難い。また収入の乏しかったビーフハートがデニーズで食を満たしていたのは身に応じてことであったのだろう。
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