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●神社の造形―街中のさまざま祠まざまざ
次暮れ 三日月光る 夕焼けに 槌振り歌え 帰れソ連へ」、「祠見て ほっこりするは埃なし 清らかさこそ 神の徴や」、「赤ん坊 かわいらしさに 世話されて 大人も同じ 可愛げ大事」、「邪魔になり さりとて壊す こと出来ず 神なき祠 路傍のオブジェ」



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撮りためた写真を消化するための投稿がしばしばある。今日はその典型だ。写真の枚数に合わせて一段落当たり1200字ないしその倍数を書か必要があるものの、その内容は写真に応じたものにすることにこだわっておらず、さりとて全く無関係では投稿の題名が嘘になってしまうので、ほとんど酒に酔った状態でこれから書く原稿用紙6枚の内容をどうしたものかと考える。筆者が写真を撮るのは対象を気にした証で、そのことは鮮明に覚えている。したがってそれについて書けばよく、今日の短歌は写真から連想されることを詠んだ。何度も書くように、毎日の投稿の冒頭の一字は、以前だぶりのないように毎日適当に選んだ一文字を全文列挙した手元の表にしたがっている、つまり適当に選んだ文字を二度目は厳密に守って毎日使っているのだが、なぜそんなことをしているかと言えば、まず冒頭の一字を毎日違うものにすることで枕の話が毎日変化に富むはずであることと、その一字で投稿が唯一特定すなわち識別される便利さのようなものを考えたからだ。それで目下の二度目の使用は最初と違って意識してのことであり、また絶対的でしかも短歌を作るのであるから、本文以上の時間を費やすことがしばしばだ。だぶりのない冒頭の一字を意識しなければ、筆者好みの文字がしばしば繰り返される。それでは面白くない。家内が数年前にTVを見ながら呟いたが、銃殺された元首相は国会で「まさに」を連発していた。確かにそうで、1分間の間に4,5回連発することもあった。家内はある大学の受付として20年近く勤務し、数百人の非常勤講師や教授を観察したが、そうした先生は自己紹介文で謳っていることとはほとんど正反対の生態を垣間見せたそうだ。その伝で言えば、「まさに」を連発する人物はその正反対で、嘘まみれということだ。本人がそのことを自覚しているので、せめて言葉だけでも「まさに」を使ったのだろう。それはともかく、元首相の好みの言葉に対する家内の指摘以降、筆者は意識してこのブログでも「まさに」には使わなくなった。もっとも、筆者はその言葉をこれまで一度も使った記憶はない。TVに出演する人がその「まさに」を発すると家内と顔を見合わせるが、単語ひとつでその人の本性を表わす場合があり、こうした文章で筆者は毎日大恥をかいていることを自覚せねばならない。よく言われるように行間に書き手の思いが滲み出るから、意図するかしないにかかわらず、高次元の作用を読み手に及ぼす。その行間に思いを込めることの最も純粋な形は詩や短歌、俳句だが、同じ短文でもツイッターの文章が創作であると自負する作家はいるだろうか。
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 ツイッターが登場した時に筆者が思ったのはそのことだ。歌人や俳人ならツイッターも念入りに推敲して投稿すべきだが、そんな自覚のある人は少数派か。だが、ツイッター投稿が文学を意識すべきという考えは狭量で、短歌や俳句のように推敲されていなくても価値を持つ場合がある。ツイッターでも歴史に残るものは残り、文学を強烈に意識して熟考した文章であってもほとんど誰の目にも止まらずに消えて行きもする。そこにアマとプロの差を持ち出しても仕方がない。プロでもつまらない作品を残す人もあれば、アマでもわずかにしろ後に評価される可能性はあるからだ。一方でプロとは何かという定義がネット時代になって変わって来ている。YouTubeでペットの動画を専門に投稿し、それで生計を立てている、あるいはアルバイトの収入よりはるかによいという人はごまんといるだろう。そういう人たちがプロを自認し、売れない詩や小説を書いている人を見下げることはあり得る。より多くの収入を得た者勝ちという価値が大手を振る時代になって、目立たない表現者は負け犬と認知され、ただ消え行く。自分を芸術家と意識したところで、他者には何の関係もない。そういう風潮は今に始まったことではないが、「云々」を「でんでん」と国会で読む首相が国葬にされる国では、教養や知性は嘲笑の的にはなっても尊敬はほとんどされない。それで馬鹿にしか見えない珍獣連中がTVに頻繁に出て数億、数十億の資産を築き、自分を一流と錯覚する。まあそんな時代に表現者は何をすべきかとなれば、自己に沈潜してしたいことをするだけで、思考を停止し、努力を怠る暇はない。さて、即興で書いて来てこの先の文章はいくつかの道がある。そのどれを選んでもこの段落を1200字に収め、また写真に関連づけたことを書く自信のようなものは筆者にあるが、写真の説明をすると、今日の最初の写真は2月13日に四条大宮近くの後院通り沿いで撮った。金網の向こうに小さな祠があり、すぐ際に箒が立ててある。商売繁盛を願っての個人のものだろう。大きな竹箒がとてもよい。毎日掃除することで気持ちが落ち着き、福の神も微笑む。2枚目は2年ほど前から気づいていて、嵯峨のコンビニのすぐ横にある。コンクリートと鉄製で、このように打ち捨てられた祠は珍しい。以前はどこにあったのか知らないが、完全に見捨てられているのではなく、コーヒーカップや皿で供物しているつもりのようだ。世話する人がいなくなり、さりとて壊してしまうのも忍びなく、放置しているという感じだが、その中途半端さが残酷だ。3枚目は7月21日に神戸で見かけた。ビルの前、道路沿いの空き地で、稲荷大明神を祀る。これほど立派に手入れすれば見栄えがよく、ビルに入っている店も繁盛するだろう。小さな祠にプロもアマもないが、見栄えよくきれいにすることは絶対条件だ。そうしなければ神も見向かない。
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by uuuzen | 2022-09-06 23:59 | ●神社の造形
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