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●嵐山の嵯峨亭
と鬱 今日は半ばで そつはなき 平の凡では 祖と疎通なき」、「雨は止み 闇は近づき 月昇り 幟嬉しき 士気に舐め飴」、「ハレルヤを 歌う天気の 予報士は 思い外して 能天気脳」、「まつりごと おままごととは 似たりけり まつられし者 まつりごとする」



●嵐山の嵯峨亭_d0053294_21454495.jpg
10日ほど前、筆者は何とはなしに韓国の清涼飲料水のメッコールを思い出し、それがアマゾンで買えることを知った。80年代、その飲み物を梅津の従姉から何度かもらって飲んだことがある。メッコールが統一教会がらみの製品であることは従姉から聞いていた。従姉の知り会いが統一教会に入信し、メッコールの一箱はその人からもらったものであった。そのことを昨日ネット記事を見て思い出した。ネットのコメントは9割以上がメッコールはまずくて捨てたというものだが、筆者はそうは思わなかった。コーラに似た麦茶を思えばよいが、体にはコーラよりはいいだろう。アマゾンでは30本買えば1本当たり100円少々だが、3本では倍の価格になる。統一教会批判から日本のスーパーで売られる可能性はなくなったであろう。そう思うとまた飲みたい。話題転換。先ほど「風風の湯」の大湯舟で85Mさんと久しぶりにふたりだけになった。訊きたいことを思い出し、湯の中で隣り合った。「秦野章のこと何か覚えていますか」「いや、…」「角栄時代に警視総監やった人です」「覚えてないなあ…」その後しばらく角栄についての話になった。85Mさんは若い頃に角栄と面識があり、大いに世話になったそうで、角栄の義理固さの話は何度か聞いたことがある。だが85Mさんは言う。「角栄も人の子で、潔く財産を国家に寄付すればいいものを…」角栄のロッキード事件を残念がっているのだ。筆者は次の話題を振った。「笹川良一と角栄はつながりがあったんでしょうかね」「まあ、ないことはないだろうけど、笹川は岸信介と関係が深かったね」そこから日本の宗教の話になって、85Mさんはこう言った。「岸から3代続いた勢力が統一教会とつながった理由は、長州が朝鮮に近い地理的な理由も大きいやろね。日本はたとえば岡山は金光教、綾部の大本教、天理や富田林、五条市もそうやけど、新興宗教が発祥した土壌が、歴史的に理由があるんやろね」「京都を取り巻いて関西に多いようですね」「そういう宗教と政治がつながるのは今に始まったことやないから、今回の問題にしてもそう簡単に片づかんやろな」一方、ちょうど同じ頃に家内は女湯で85Mさんの奧さんから訊かれた。「嵯峨亭ってどこにあるの?」統一教会がらみで関心を持ったようだ。85Mさん夫婦が嵐山に引っ越して来た時にはもう嵯峨亭は取り壊されて更地になっていた。家内は答えたらしいが、理解してもらったかどうか怪しい。嵯峨亭が統一教会の所有であることを筆者は20年ほど前に知った。あまり詳しく書くのはまずいかもしれないが、昔のことでもあり、今日はそのことについて書く。
●嵐山の嵯峨亭_d0053294_13175753.jpg 筆者が京都に出て友禅の師に就いて2年学んだ後、師の家からほど近い染色工房に勤め始めた。親会社は呉服の仲間問屋で、社長の母親は先見の明があって、右京区の各地に土地を買っていた。そのひとつに筆者が勤めた染色工房があった。それは本社に勤務する人の寮であったが、空き家になっていたので染色工房の小会社が設立された。それが出来て間もなく、筆者はその工房の中心になって人を雇ってキモノや帯を染めることになった。バブルの陰りが見え、キモノが売れにくくなった頃、親会社からは白生地が出されなくなり、つまり仕事がほとんどなくなったので、筆者は今の家を買ったこともあって会社を辞めた。社長は会社の日本建築の立派な建物を新興宗教に売却した後、娘さんを頼って渡米し、弟の専務は松尾に住んでいたようだ。ある日、筆者は京都駅で専務に偶然会った。二度、いや三度かもしれない。いずれも専務から声をかけられ、しばし立ち話をした。「大山君はどこに住んでるの?」「阪急嵐山駅の近くです」「ああ、そんなら嵯峨亭知ってるか」「知ってますよ」「あそこなあ、わしの嫁さんの所有で、売りたいんやけど、嫁さんは統一教会に入っとるから誰も買いたがらへんのや。それで困ってるんやけど、更地にするにも金かかるからなあ…」専務は松室に広大な庭つきの屋敷を所有していたが、その話の時には大津に住んでいると聞いた。「大山君は何の仕事してるのん?」「まだ染色やってます」「そうか、わしは京都の寺に小さな焼却炉を売り歩いてるんや。落ち葉を焼くのに便利やしな。寺やったらいくらでもそんな場所はあるからな」育ちがよく、遊びなら何でも来いの大柄で温和な専務なら、坊主も安心して話を聞くだろう。以上の一部は昔ブログに書いた。何が言いたいかと言えば、大きな呉服問屋はそのまま新興宗教の施設に転用され、呉服問屋の息子が寺を相手に商売していることだ。つまり宗教は生活に案外入り込んでいる。それゆえ政治家とつながることも不思議ではない。嵯峨亭はわが家と同じ自治会に所属し、筆者が嵐山に住んだ頃にはもう旅館として営業を終えていた。統一教会が買い取った時期は知らないが、ある夏の日、嵯峨亭の敷地内でフリーマーケットが開かれ、それを見に行ったことがある。20歳そこそこの女性が3,4人、それと男前な青年がひとりいた。筆者は彼女らと言葉を交わしながら結局何も買わなかったが、場違いな彼らの姿は強く印象に残った。全員モデル並みの美貌であるのに、とても静かであったからだ。言い換えれば笑みがなかった。その後彼らは建物の窓を開け、内部を掃除しているようであったのが、いつの間にかその姿は消えた。今日の最初の写真は2009年12月撮影のストリート・ヴューだ。その翌年の2月10日、筆者は家内と嵯峨亭真横の坂道を山に入って苔寺まで歩いた。その時に撮った写真に嵯峨亭が少し写っている。
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by uuuzen | 2022-07-18 23:59 | ●新・嵐山だより
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