「
吝(しわ)いこと 薦める国は 清貧か 持続可能は 流行りの言葉」、「十字路に 十字信号 取りつけて 飛び出し童 減らずば笑え」、「ここで待て 妻に命じて 先急ぎ 戻りの道は デートの気分」、「信号を 無視して歩む 夜更けには 満月光り 注意促す」
今日は七夕。44年前に家内と駆け落ちした記念日だ。さて、5月28日の昼過ぎ、家内と茨木市内を歩き、そのことを先月半ばに数回に分けて投稿した。新たに歩いた西国街道は1.5キロほどで、その行程の紹介はさらに続く。茨木川左岸と西国街道との交点の耳原公園前から歩き始め、500メートルほど東の十字路で家内を待たせ、そこから去年歩いた西国街道の起点までひとりで踏破したことは
「西国街道、その17」に書いた。今日の写真の信号機は耳原公園前から家内を待たせた場所までの間で見かけた記憶があるが、グーグルのストリート・ヴューに見当たらない。最新のグーグル・マップは今年の2022年だ。その地図上に記される信号に該当するものがない事実は、設置されてまだ数か月であることを意味する。このことはあたりまえのことながら、ネット情報は最新がすぐに反映されないことを意味する。筆者のカメラの記憶媒体に今日の写真がどの写真の前後に収まっているかを確認すれば、撮影場所がかなり限定されるのに、投稿用に加工した後、すぐに消去し、西国街道で撮った以外のことはわからない。電線の交差状態から推定するに、この十字信号機は家内を待たせた特徴のある角石の上空以外にない。記憶をたどると、信号を見上げて撮影した直後、筆者はその四辻の北西角の置石を指し、ここで待つようにと言った気がする。もちろん家内はその目立つ石の上に腰をかけて待ったのではなく、北側の道に入ったところでぶらぶらしていた。筆者の帰りが遅く、空腹も手伝って、筆者がどこまで行って何をしているのかと立腹ないし心配していたが、炎天下をさらに歩かされるよりはましだろう。だが以前に書いたように、待たせる場所はもう200メートルほど東であるべきで、筆者はよけいに歩く羽目になった。筆者がひとりで歩いた距離は往復で1,5キロほどで、家内が待ったのは30分程度だ。ふたりともそれなりに気がかりで、デートの待ち合わせ気分でもあった。時間が正確にわからないのはふたりともスマホも時計も持たないからだ。筆者はいくつか時計を持っているのに電池を入れるのが面倒で、また入れても持たないことに慣れてしまった。何でもなければないで済ませられる。それはともかく、この十字信号は「飛び出しボーヤ」だけでは交通事故が生じやすいとの配慮から設置されたはずだ。家内を待たせた角石も京都によくある車避けで、西国街道も車の往来がそれなりに激しいことを伝える。そのことは「その17」の写真が示すように、道端が歩道として確保され、緑に塗られていることからもわかる。それはもちろんすぐ近くに小学校があるからだ。
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