「
慕いたい 人はおらずに 死にたいと 痛いこと言い 遺体を思い」、「気がかりを ひとつふたつと 消す後に 三つ四つと 増すことを知り」、「ミニマルの 言葉つないで 詠む歌に 身になることも 実入りもなきに」、「小さくも いつか大きく なる蘇鉄 ミニの鉢植え 買うて世話する」

19日に家内と神戸方面に出かけた。写真をたくさん撮ったので順に投稿している。今日はその5日目で、4日前に書いたことの続きから始める。阪神の香櫨園駅前の道は地図に西国街道と記される。オアシスロードについてネットで調べていると、夙川右岸の延命地蔵のすぐ際の細い道がもっと古い西国街道という記述がある。香櫨園前は中世は浜辺であったかもしれず、その記述は正しいかもしれない。筆者は西国街道を京都側から順に歩くことにしているが、西宮や神戸辺りはまだまだ先のことで、また最終点は神戸でいいかと思っている。その気になれば数日で残り全部を踏破出来るが、何でも少しずつというのがよい。それでは人生にやり残しが生じる可能性は大だが、それはそれで仕方がない。焦って、慌てて、一気呵成にやることがよい結果をもたらすとは限らない。話を戻して、阪急夙川駅前で買った夙川パン他2個をどこで食べようかと考える一方、香櫨園駅前の小さなたこ焼き店で昼食代わりに腹を少々満たすのもいいかと思っていた。ところが店には別の看板が上がり、食べ物屋ではなくなった。それで大谷記念美術館に直行し、展覧会を見た後、香櫨園駅に戻り、岩屋駅に出た。同駅前で食べようかと思って店を探すが以前入った店を敬遠すると、テイクアウト専門や弁当屋などで店は見つからない。それでまた仕方なしに兵庫県立美術館に向かった。とはいえ空腹を抱えてもうひとつ展覧会を見る気力があるだろうか。国道2号線を南にわたり、かつてお菓子をトラックで販売していたOさんがいた場所を過ぎ、道路際に緑と赤で彩った怪獣と植物を合成したような立体作品まで来た時、その左手に広がるマンション内の広場に目が行った。そこに面してスーパーがあることは昔から知っている。Oさんは路上販売しながら尿意を催せばそのスーパー内のトイレを使っていた。筆者と家内はその店内を見ることにした。初めてのことだ。人はすぐそばに何かがあっても用がなければ長年それと関係しようとしない。人も場所もそうだ。人間は世間を広く生きると自負する場合でも、それは極少の点に過ぎない。また、その点をひとつやふたつ増やしたところで全く別の新鮮さがもたらされることはない。スーパーは外国も含めてどこでもだいたい同じで、その伝で言えば場所も人間もそうである割合が絶大であるからだ。新鮮さと書いたが、新鮮でなくても長年記憶に残ることはあって、人間は自分が思うほど自分の心を制御出来るものではない。その最大のことが空腹だ。人間は食べる存在だ。

予想どおり、入ったスーパーは特別珍しい品揃えがあるはずはなく、2,3割り引きで売られていた菓子パンを買った。5,6個入って百円ほどだ。マンションの広場すなわちスーパーの前はコンクリートとタイル敷きで、ところどころに立方体のひとり座り用の石のベンチがある。近くで児童が数人遊び、赤ん坊を連れて遊んでいる若い母親もいる。家内はペット・ボトルに茶を入れて来たので、飲み物はそれでよく、買った菓子パンの半分と、夙川駅前で買ったパンのうち2個をふたりで食べた。家内はまさかこんな羽目になるとはといつもどおり不満を言うが、空腹を我慢するよりかはましだ。少しは腹が満たされると家内に笑顔が戻った。筆者はベンチに座って緑と赤の彫刻をぼんやり眺めていると、その前に川が流れている錯覚に陥った。そのことを家内に言うと不思議そうな顔をした。歩道の向こうは車道に決まっているからだ。その歩道から長年筆者は筆者らが座っているマンションに囲まれた空間やそこに点在する立方体のベンチを見て来た。それが今はそのベンチに座って2,30メートル先に歩道を眺めている。それと同じことは生活の中で何度も経験することで不思議でも何でもないが、筆者が想像していたとおりの眺めでもありながら、想像しなかったことを経験した。それが川があるという感覚だ。歩道を歩いている時はそんなことは一度も思わなかった。この経験から筆者が新たに気づいたことをこじつけて何か言いたいことはないが、経験してみなければわからないことは確かにある気はする。それは自分でも予想がつかない。そのことは面白いとは限らない。もうひとつベンチに座ってパンを食べている時に思ったことがある。それは筆者が客席にいて、眼前に広がる歩道とその向こうの眺めが舞台に思えたことだ。ちょうどそのように見えるように視界が限られていたからだ。パンを食べ終わった筆者はまたその舞台である歩道に戻り、そこを歩いてすぐ近くの美術館を目指す。そのことが舞台上の劇であるとまでは思わなかったが、人生劇場という言葉があるように、人生は劇の連続かもしれない。さて、兵庫県立美術館での展覧会については昨日書いた。今からその後のことについて書く。展覧会後に三宮に出ていつも利用する中華料理店に入った。もうほとんど夕食に近い。家内は料理人が変わったはずで、いつもの味と違うと言う。そうかもしれないが、筆者にはわからない。食べた後、もうひとつ予定していた、最近出来た博物館に行くことにした。午後8時まで開館しているので、最後に訪れることにしたのだ。それで三宮駅前から神戸市立博物館の前の京町筋に出てそれを南下した。今日はその道のりで見かけた蘇鉄の写真を紹介する。最初の写真は上下とも車道際の歩道上のカフェだ。京町筋に入るまでの東西の道、地図を調べると西国街道と表示があるではないか。

神戸市立博物館に行く際、京町筋はいつも西側の歩道を歩くのに、当日は信号の関係で東側を浜に向かって下った。今日の2枚目の写真はオリエンタル・ホテルの玄関両脇だ。先日書いたように蘇鉄が植えられている。写真を見ると当初よりかなり弱った。特に向かって左は葉が黄ばんで枯れの寸前に見える。手入れがよくないというより、植え込みの立方体の囲いが狭く、土が少ないからではないか。この調子ではいずれすべて枯れるかもっと貧弱になる。そうなれば新たに買えばいいとの考えだろう。そうしたところで誰も気づかず、気づいても文句を言うはずがない。道路の向こうを見つめて写真を撮った後、先に進んでいる家内を追うと、すぐにまた今度は眼前に3枚目の蘇鉄が現われた。堂々たる成長ぶりで、道路を挟んで博物館の前なのに今まで気づかなかった。そこで今グーグルのストリート・ヴューを確認すると、2009年8月から2013年9月の間に植えられている。最初から現在とほとんど姿は同じで、別の場所から移植されたものだ。オリエンタル・ホテルの場合とは違って周囲の空間に余裕があり、地植えでもあって悠々と育つには好条件だ。たまにこういう立派な蘇鉄を見ると気分は雄大になるが、一般家庭の小さなものでもそれはそれで楽しい。話を戻して、もうひとつ見たかった博物館は確か平日は午後8時までであるはずなのに、海辺の大きな階段を上ったところにあるドアは閉まっていた。このことについては明日書くとして、仕方がないので筆者はここ2,3年気になっていた施設の写真を撮りに行くことにした。方向音痴の筆者であるので、その初めて歩く道を先日地図でどの方向にどの程度歩けばいいかを確認しておいた。家内の文句はいつものごとくだが、中華料理で満腹になったので、しぶしぶながらも歩く体力はある。家内のリュウマチの症状はほとんどが両手に出る。足はたまに腫れるが、2時間ほどスーパーの買い物で歩くと却って腫れが引き、肺活量も増す。それでなるべく歩くことにしている。ただし当日は住友と三菱の表示が目立つ倉庫街を歩き、その殺風景さに家内は不満を言い続けた。港に近い場所であるから、幅広い車道と倉庫は当然としても、京都市内ではまず見かけない超大型のトレーラーがすぐそばを走ると、家内にすればよくもまあこんな場所を歩かせるなという気持ちになるのは当然か。「韓国ドラマなんかで、こんな倉庫でやくざが主人公と格闘する場面があるけど、わたしらも誰かに襲われたらどうすんの。日が沈んだ時間のこんな場所で」との家内の文句を聞きながら、筆者は韓国でも港には倉庫街があって、そこではどんな企業名が書かれているのだろうと思った。そしてついに目指す施設のすぐ近くに着いた時、今日の4枚目の写真の蘇鉄を見つけた。バーと思うが、洒落た店の玄関前だ。蘇鉄は和にも洋にも似合う。

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