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●『京の大家と知られざる大坂画壇 サロン! 雅と俗』
揚を 応用しての 嫌味かな 否応なしに 見透かされしや」、「サロンにて 喫茶論じる パトロンは パンタロン履き 珈琲は可否かと」、「はきはきと 答える童 気を吐きて 曲がりなりとも 曲がる子の友」、「真っすぐな 道は退屈 先見えて 間借りしながら 持ち家夢想」



●『京の大家と知られざる大坂画壇 サロン! 雅と俗』_d0053294_02042544.jpg
6日の外出の最大の目的は京都国立近代美術館で企画展を見ることであった。コロナ禍のために展覧会は入場をネット予約することが普通になっている。本展はそうではなかった。コロナ感染を心配するほどの客の入りを期待していないからだろう。それだけ渋い内容で、実際とても空いていた。筆者と家内が見ている間にたぶん20名はいなかった。その日は岡崎の疏水沿いの桜が満開で、本展を見た後、平安神宮の神苑に行こうかと思ったが家内は拒否した。またその日は北野白梅町のスーパー内で昼を食べた後、堂本印象美術館に行きたかったのに、それも家内は嫌がった。平安神宮の神苑では小説『細雪』に書かれる桜が満開になっているはずで、その写真を撮りたかったのに、もう遅い。来年にすればいいが、来年は別の場所で桜を見るだろう。堂本印象美術館は家内とたぶん10回は訪れている。家内がもういいと言うのは無理もない。それはともかく、市バスで百万遍に行き、そこから信号を二度わたって祇園行きのバスに乗り換えた。そうそう百万遍で筆者の直前に下車した若い女性はファッション・センスのよい中肉中背で、サングラスをかけ、マスクをしていたが、美人であることはわかる。後ろ姿の長髪の金髪が挑発的に魅力的で、たぶんアメリカ人と思うが、颯爽と京大の中に入って行った。留学生だろう。すっかり忘れていたのに、こうして書いていると鮮明な映像を見るがごとく、彼女の後ろ姿を目で追っていたことが思い出される。どうでもいい話のついでに書くと、東山二条でバスを降りて東に向かうと5分で府立図書館脇の小さな公園に着く。好天なのでいつも以上に親子連れが遊んでいて、空いたベンチがない。図書館の正面前のいくつかのベンチはみな空いていて、そこに座った。そばに立つ新緑の木を家内に示しながら、「何の木か知ってるか」と訊くと、知らないと言う。「桂」と教えたが興味はなさそうで、すぐに忘れるだろう。ともかくそのベンチでようやく北野白梅町で買った缶ビールを取り出して飲み始めた。すっかり温くなっている。家内は家に持ち帰って冷やして飲めばいいのにと言ったが、手提げ袋は早く軽くしたい。全部飲むとわずかに酔った気分になった。その勢いで図書館の南隣りの近代美術館に向かった。そして展覧会を見た後、京セラ美術館の中の無料コーナーをざっと歩き、三条大宮で買い物をして帰った。もちろん平野神社の夜桜を観に行く気力と体力がない。帰宅すれば6時半過ぎで、「風風の湯」に行く準備に忙しかった。以上日記風に余談をまとめる。
 本展は前期と後期で展示作品が変わる。正確に言えば前期は前後に分けられ、つごう3期の展示で、それらをすべて見ないことには全貌はわからない。だがそれには1200円を三度使う必要がある。筆者らは前期の後期を見たが、いかに桜満開の頃とはいえ、客の入りの少なさは酷く、税金の無駄遣いをするなと言う人がいるであろうことを思う。展覧会はTVで宣伝されると観客の動員は多くなるが、本展のような地味な内容では新聞社は後援しない。本展は真に見たい人だけが見ればいい内容で、そういう人たちにとっては贅沢な展示だ。筆者はビールのほろ酔いも手伝って、館内で1点ずつ目の前にしてとても気分がよかった。描かれた風景の中に遊べることと、描いた画家の人格を想像出来るからだが、それが本展の副題にある「雅」ということだ。だが各画家と対話している自分を想うと、その話題は「雅」ではなく、打ち解けて世間話をする「俗」の親しみで、雅俗が一体になっている。またこの場合の俗は下品や無知を含まない。それらは論外で、下品や無知な人は本展を知らないし、見ても楽しめない。意味がわからないものを否定する人はいつの時代でもいるが、そういう人は放っておいて相手にしないことだ。さて本展は江戸時代京都の大家の作品と、あまり知られず、評価もさほど高くない大坂画壇を紹介する。題名の「知られざる大坂画壇」というのが京都と大坂の文化度の差を象徴している。江戸時代から現在に至るまでそれは変わっておらず、それどころか大坂は下品な笑いを売りにし、それが国際的に通ずる文化とまで言う元市長がいる。無知の代表が政治をすると国や文化はどうなるか。ヒトラーは退廃芸術の烙印を押した画家の大展覧会を開催し、没収された多くの作品は焼かれるなりしてどこに消えたかわからない。そして戦後は退廃芸術とされた画家たちが時代を代表するとみなされるに至ったが、画家を目指し、それなりに写実的な絵がうまかったヒトラーでも真に価値ある絵画がわからなかったのであって、ましてや芸術に無理解な者が政治をすると、お笑い芸人ばかりが議員になって、笑うに笑えない議会を開く。大阪はそうなる可能性を持っている。去年か2年前に筆者が大阪に未練はないと書いたのはそういうことを思うからだ。無知ならば黙っておればいいものを、人気者である自覚から何に対しても意見し、自分が正しいと勘違いして無知ぶりを世間に晒す。徹底的に俗に与して雅を知らず、その価値がわかるほどの知能もない。大阪の漫才は昔は俗に染まり切らなかった。それを知らない酷い連中ばかりが跋扈し、TVに朝から晩まで出ている。彼らやその仲間は大阪では騙せても日本中となればそう簡単ではない。それほどにまだ日本には芸術愛好家がいる。それゆえに本展も開催される。ところが会期中の入場者数は数千に留まるのではないか。
 本展の感想から脱線しているようだが、そうではない。それでもう少し本展と直接関係のないことを書く。目下チェーホフを読んでいて、『六号室』という中編の苦さはかなり応える。5人収容する精神病室の患者を診る医者がやがて患者のひとりに関心を持ち、会話を好むようになる。その患者は大変な読書家だが世間に馴染めず、やがて精神異常とみなされて病院に収容される。医者は何年もの間、毎日無学な患者を診察し、仕事に意義を見出せなくなり、読書の楽しみにのめり込む。そういう患者と医者の話の内容は哲学的なことだが、患者は医者を敵視しているので心を通わせることはない。やがて医者が患者と話し込んでいる姿が病院の同僚に見つかり、医者は患者と同じ病棟に収容される。この隔離は知識人が傲慢になって俗人と交わることを否定したための必然であろう。ところが病院に入れられた医者はどこに住んでも同じと思う。それほどに本を読まず、思索を楽しみにしない人を嫌悪していたので、彼が患者服を着せられ、病院で死ぬことは、その他大勢の一般人からすれば危険人物がひとり消えた、始末出来たということで、安心こそすれ、誰も悲しまない。この小説の暗喩は、大変な読書家になると厭世主義になり、俗を嫌悪するに至ることだろう。精神病院送りにして、そこで死なせることはどの国でも行なわれているが、読書と思索を好む知識人も自らを孤独な世界に隔離しているとチェーホフは言いたかったのか。この小説の患者と医者はそれぞれチェーホフの分身と捉えていいと思うが、そういうチェーホフが次々とページを繰ることを急かせる小説を書いたことは、『六号室』の患者である若者と医者とは違って大いに人生に意味があった。日本で知識人とはどういう人が代表的かと言えば、TVによく出る大学の先生であろうか。いや、彼らは金目当てのタレントだ。本物の知識人はほとんど世間に顔を晒さず、一般人には知られない。そしてそういう人を一般人は「変わり者」という言葉でひとまとめにする。小説の『六号室』と同じだ。この小説では医者の友人として郵便局長が登場する。彼と一緒にモスクワやポーランドまでふたりは旅行するが、医者は次第に局長のおしゃべりを嫌悪し、医者はホテルに籠って外出しなくなる。医者にすれば局長はきわめてお人よしで優しくはあっても、あまりに俗物で退屈なのだ。筆者は話題が全く合わない人とでも話すことが出来る。ただしそれはやはりさして面白くない。それで好きなCDを聴いたり、本を読んだり、展覧会に行く。それらは自分だけの楽しみで、こうして書く文章も反応は期待していない。反応があってもなくても同じと思っているからだ。それで筆者は「変わり者」とされ、いずれ精神病院に入れられるか。それはないが、あったところで筆者はいずれ死ぬし、その直前の思いは『六号室』の主人公の医者と同じかもしれない。
 本展で取り上げられる絵画の大部分は文人画と称されるものだ。それは漢詩や和歌のたしなみがある知識人が描く絵画で、中国に倣ったものだが、日本では江戸時代の京都で流行した。筆者はその文人画に大いに関心がある。当時の知識人は全部ではないが、学問と文化に通じていた。絵画は知識がなくても描ける。子どもや精神病者の絵画はそれなりに評価される。思い出したので書いておく。去年か一昨年か、京都市内の画廊でほぼ無名の人の個展を見た。目を引いたのは文人画が描く山水を独自の語法で模写的に描いた掛軸の水墨画群だ。筆者は醜いものを見た気がした。当の画家は山下清のように知恵遅れの高齢者で、顔写真を見ると山下清のように優しく、人に危害を絶対に加えない人柄であることはわかる。それはそれとして、彼の山水画は美術館に所蔵される価値が認められている山水画とは全然別もので、絵の中を逍遥出来る味わいは絶無であった。悪い冗談と言ってよい。画面上部には漢詩が書かれていたが、どれも適当な漢字を並べて意味をなさない。それは文人による山水画の冒涜に思えた。それほどに文人画は香りが高くて雅なものだ。詩の知識や才能もだが、何より人柄が大切で、一幅の掛軸にその人のすべてが滲み出る。学を重視しない人にはわからない絵で、また境地だ。そういう絵画が江戸時代から明治に盛んに描かれ、文人画家は絵によって心を通わせることが出来た。そういうことを何も知らない人が山水画の上っ面を模写で学んでどういう心の境地が描けるというのか。だがそういう文人画の伝統は途絶えた。あるいはすっかり形を変えた。それで今では見栄えが奇抜ならどんな絵でも人気を得る。ましてや漢詩や和歌を詠む才能どころか、詩でさえも重視されない。あるいはお笑い芸人のように、馬鹿面で笑っていれば人気者になる。だが、それは江戸時代でも同じであったはずだ。文人画家はお互いに遠く離れていても名声によって、つまり作品によって人柄が伝わり、実際に会ってサロンを形成した。現代は文人画家がいなくなったので、そういう知識人のサロンは蛸壺状の狭い知識人同士の交流に変わったであろう。以前少し書いたが、大学に勤務する数学者と少し談話した時、彼が若冲の名を知らないことに筆者は驚いた。ましてや文人画家に関心があるはずはなく、数学を数学の範囲内だけで研究しているのだろう。それで大発見はあり得ないと思う。雅に徹すると俗を嫌悪しがちで、大学の先生は無学な一般人を内心嘲笑するだろうが、それが俗ではないか。筆者が文人画から感じることは、どの画家も俗をよく知っていることだ。そうであるから雅の世界を求めるし、雅を表現し得る。何度も言うようだが、TVではほとんど雅を感じさせる人物は登場しない。俗の最たる者ばかりが名を売り、挙句は政治家になろうとする。そして芸術に現を抜かす者たちを無駄な存在で精神病者と言うだろう。
 本展の出品作は半分ほどが個人蔵だ。画商か趣味人が持っているのだろうが、それほどに江戸時代の絵画はまだまだ評価が定まり切らず、一般に漂流し続けている。したがって誰でも比較的安価で手に入る。本展では関西大学が所蔵する作品が目立つ。これは書いていいのかどうか、筆者の知り合いの古文書商が崇拝する先生が積極的に収集したものだ。ところがなかなか同大学以外の場所での展示の機会がない。今回はそのわずかな機会の一例で、10年に一度は本展のような内容の展覧会が関西のどこかの美術館で企画される。先に文人画と書いたが、「京の大家」の筆頭格の応挙は文人画家ではない。若冲もそうだ。ところが本展の前期の前期に展示された、そして本展の全作品の最初が、蕪村の国宝「夜色楼台図」だ。蕪村は大雅とともに二大文人画家としてよく、やはり本展は文人画が中心になっている。出品作の画家名を列挙してもいいが、多過ぎる。それでセクションの名称を書くと、1「京の大家と弟子たち―継承か断絶か?」、2「京坂のサロン文化―越境するネットワーク」、3「町人たちのアートワールド―大阪画壇の可能性」で、1,2,3の順に作品数が多く、3では昭和の画家まで含み、また日本画に限らない。ということは、本展は大阪中之島美術館で開催すべきもので、同館を使えば3期に分ける必要はなかったかもしれない。ただし長く展示出来ない掛軸が多く、前後期と二分する必要はあろう。本展で目立った画家は松本奉時や耳鳥斎だが、彼らの作品はここ10数年で人気が高まり、他の美術館で見る機会があった。「サロン」と題するからには蒹葭堂が外せないのは当然として、そうなれば蒹葭堂と親しかった上田秋成の作も出さねばならず、今回は秋成が詩文を刻んだ煎茶用の涼炉が展示された。これは素焼きの白っぽい肌色だが、赤泥とのことだ。煎茶つながりで若冲が描く売茶翁像もあったが、売茶翁の墨蹟は省かれた。「京の大家」でも大坂画壇でもないからか。そう言えば蕭白の絵もなかった。彼は京都に留まらず、三重や播州に滞在したことが多かったからか。また若冲のように蒹葭堂と交流せず、大阪につながりもなく、「サロン」に属さなかった。珍しいところではたとえば墨江武禅だが、彼の絵も本展と同じく数点が数年前に展示されたことがある。泉必東や葛蛇玉といったやはり珍しい画家の作品を含むのも当然で、本展の題名は正直だ。ただしいつまで「知られざる」の形容をつけるのか。おそらく百年後も同じであるはずで、関係者は懸命に大坂画壇が存在し、それが京都画壇とそれなりにつながりがあったことを紹介しているが、大阪人は高尚な古い文化は京都に任せておけばよいとの考えが支配的なようで、なかなか絵画ファンなら誰もが知ることにはならない。これは展覧会を毎年でも開く必要があり、その役割を中之島美術館は担うべきだ。
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by uuuzen | 2022-04-15 23:59 | ●展覧会SOON評SO ON
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