「
茄子の花 千にひとつも 仇なしも 万にひとつは 母も誤り」、「解雇され 蚕を飼いて 回顧する 変われぬ身は 買われはなきと」、「露国人 国連無視が 露わなり 涙の露を 露と知らぬか」、「貧しき日 ラジオの電波 届きたり 世界の動き 耳で齧りて」

ザッパ/マザーズの2枚目のアルバム『アブソルートリー・フリー』はA面とB面がそれぞれ組曲形式として曲が並べられている。1枚のLPに10数曲を起承転結を意図して並べる手法はビートルズの『サージェント・ペパー』が圧倒的に有名だが、同作のいくつかの曲は他の場所に移動可能で、寄せ集め感が残っている。これはビートルズ全員が作曲出来たからで、4人の力関係が一作のアルバムでせめぎ合い、ザッパよりもアルバムの構成は厳密にはなりにくくかった。それで『サージェント・ペパー』の構成はポールが主導したが、そのことにジョンは内心面白くなく、ジョージはふたりとは全然違うインド音楽にのめり込んだ曲を提供した。そのまとまりのなさを筆者は同作が発売されてすぐ、中学生の時に思った。その8年後にザッパのアルバムを買い込んで真っ先に感じたことは、アルバムごとに全然違う特長があることだ。それもまとまりのなさだが、それはビートルズのような個性の異なる4人が主張し合うことによる必然性ではなく、ザッパが中心となってバンドを統率し、自分の望む音楽を作り出すことの意欲の途方のなさによる。それを知ってザッパの音楽にますますのめり込んだ。『200MOTELS』ではオーケストラの楽譜までザッパが書いていることを知り、ビートルズとは全然違う音楽基盤を持つことにさらに途方のなさを感じたが、ザッパの音楽を深く知ることは現代音楽など他の音楽に関心を寄せることにつながる。元来さまざまな音楽を聴く好みがあった筆者にとってザッパは格好の注目の的になった。話を戻して、オラトリオはオペラから視覚的要素を除いたものと思ってよい。ザッパはオペラに関心があって、それはひとまず映画の『200MOTELES』で実現したが、少人数のロック・バンドのツアーではオラトリオとするのがせいぜいで、また歌手はひとりでは足りない。それで最初のマザーズを解散してヴォーカル担当のレイ・コリンズと縁が切れた後、ザッパは新たに歌手を雇う必要が生じた。そうしてタートルズの解散後にハワード・ケイランとマーク・ヴォルマン通称フロ・アンド・エディがザッパと指揮者ズビン・メータ/ロス・フィルとの共演を客席で見た直後、ザッパのバンドへの参加が決まり、ザッパはオラトリオをさらに作曲する機会を得た。それはフロ・アンド・エディにすればレイ・コリンズやビーフハートの役割をこなすことでもあり、マザーズに新たに参加するメンバーは習得すべきザッパ曲が常に増加した。それは本作に反映している。ザッパは旧曲を常に幾分か含みつつ新曲を披露し、最新アルバムは新曲を収める考えが基本になった。

たとえば『フィルモア・イースト71』のLPでは旧曲をいくつか含む。ところがそれらは以前のアルバム時とは全く装いを新たにし、一度聴いただけでは同じ曲と思えない場合もある。ザッパは完成度のより高い曲は何年にもわたって演奏し続けたが、たとえば昨日書いたように本作の「ウィリー・ザ・ピンプ」はフロ・アンド・エディのヴォーカルを含み、9分という長さも理由だろうが、ザッパはそれを採用せず、ギター・ソロのみのヴァージョンをLPに収めた。それはビーフハートが歌うヴァージョンがより優れているとの思いとして、その理由はフロ・アンド・エディの歌の能力はブルースよりも語り口調のもっと複雑なものに発揮されるべきとザッパが考えたからだろう。つまりロック・オラトリオ向きだ。筆者はフロ・アンド・エディの独自のLPを少ししか所有せず、またほとんど聴かないのでわからないが、ふたりの才能を最もよく引き出したのはザッパでしかも71年であろう。本作の魅力の半分は彼らの歌唱にあり、もう半分は楽器担当の他のメンバーの演奏だ。これが過不足なく補い合い、また息が見事に合っている。『アブソルートリー』のオラトリオとしての組曲の手法はフロ・アンド・エディを迎えて多様化した。その代表はロック・ミュージシャンにつきまとう若い女性のグルーピーだ。一部の女性にとってはロック・ミュージシャンの男は格好よく見える。それで接近して肉体を捧げる。そのことの発端はプレスリー辺りにあったのだろう。ルックスの恵まれないマザーズではグルーピーが接近しなかったと言えば、そうではない。60年代のザッパには妻となるゲイル以外に数人の親しかった女性がいる。ザッパはグルーピーの生態をロックで開花した特殊な文化と認識し、早速そのことを曲にした。「グルーピー・オラトリオ」と題していいもので、これはレイ・コリンズが在籍した時代では演奏が無理だ。フロ・アンド・エディが対等に漫才的に掛け合っているからで、また彼らの語り歌いからは実際のグルーピーとのやり取りが目に浮かぶようだ。それは時にかなり卑猥だが、単語を二重の意味で使うザッパの手法で、たとえば「さあ、しゃがんでこのほとばしりを受け止めろ! オレの弾をぶっ放すぜ!」とまるでフェラツィオ後の射精を想像させながら、次に演奏されるのが「ハッピー・トゥゲザー」で、このタートルズの名曲はザッパのオラトリオの新たな文脈に置かれて、新しい命を得ている。ザッパはフロ・アンド・エディの才能の限界に見合う曲を書き、71年のライヴは他にもいくつかの新しいオラトリオ的な演奏を含む。『200MOTELS』のアルバムに収録されたグルーピーが化粧することなどについて歌った一連の曲や30分に及ぶ「ビリー・ザ・マウンテン」、そのほかにもフロ・アンド・エディいてこその曲がある。

ただしそれらのヴォーカル曲はジョンとヨーコの『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』における反戦や女性解放の曲と比べると過激さは感じられず、むしろ喜劇的と捉えられる。そのことをザッパは承知していたので、『200MOTELS』ではメンバーのその意見をセリフとして採用した。ザッパには音楽に政治は持ち込まないという思いがあったかと言えば、そうではない。政治は政治家が専門にやるもので、他の人は外野として文句を言う立場にある。音楽は音楽家がやるもので、やはり他の人はそれに対してあれこれ言う立場にある。ザッパは音楽家を自覚し、政治を優先しなかったが、それは政治に無関心ということではない。ザッパが自作曲でアメリカの大統領を風刺したことはよく知られる。ジョンとヨーコもそうであったし、もっと直截的であったが、政治の世界は常に単純化出来るとは限らない。罠に嵌められて逮捕された経験を持つザッパは権力の怖さを熟知していたし、そうであるあらメンバーが麻薬を使用することは許さなかった。権力に隙を与えたくなかったからだ。後ろ指を差されるようなことは最初からしないに限る。それは臆病ではなく、正直で、自作に真面目に取り組んだからだ。メンバーの麻薬問題でステージに穴が開けば責任を取るのはザッパだ。女性の権利問題についてはザッパはイタリア系でもあって保守的であった。だが才能のある女性はそれを存分に発揮すべきとは思っていたろう。さて本作ではフィルモア・イーストでのステージは6月5日と6日のそれぞれ2回分計4回が収められ、ごく一部にマイクのスイッチが入っていなかったか、録音機材の一時的な故障か、声がほとんど聞こえないことが何度かある。またごくわずかにザッパのギターの入る箇所が伴奏に対して不意を突き、本来の流れに乗るのに10秒近く要する部分を含む曲がある。これは聴き方によればミスではなく、逆にとてもスリリングなことをあえてザッパが行なっているのだが、アルバムで初収録する曲の場合、そういういわば凝ったヴァージョンは採用しないほうがよい。結局ザッパは4回分のステージからどの曲も平等に扱えず、よりましな曲を選んだ。ただしその「よりまし」は聴き手には「最適」と捉えるしかなく、本作が発表されるまではそのように『フィルモア・イースト』のLPを聴いて来た。ところが本作によってザッパが採用しなかったヴァージョン、またカットした部分を知ると、それはそれでザッパの多くの思いがあってのこととわかり、改めてLP時代のザッパはLPに収まり切らないライヴを本意とするミュージシャンであったことがわかる。それはビートルズとは全然違い、筆者はビートルズやそのメンバーの50周年記念盤は買うつもりは全くない。同じ曲の別ヴァージョンを大量に収めるが、ザッパとは別ヴァージョンの意味があまりに違う。ザッパは別曲と言ってよい場合が多々ある。

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