「
篩にて 分けられしこと 幾重にも 個性含めて 型で語られ」、「古いこと 知ろうとしない 素人も いずれ古びて 忘れ去られり」、「生温き 暮らしに飽きて 試みる バンジージャンプの スリルは温き」、「ロシアでは 弾入り銃の ルーレット 運の遊びの 命軽んじ」

この番外編は充実期を終え、衰退期に入った。つまり京都市営の嵐山駐車場の入口脇にある係員詰め所の空調設備室外機の木製覆い上の小さな人形の列は、新たに増える気配はなく、逆に風雨で失われるものが出て来た。増えないのは新たに接着するにふさわしい場所がないからとも言えるし、係員が関心を失ったためでもあるだろう。そうなると現状は劣化するのみで、今日の最初の写真の上下に示すように、前回の投稿で紹介した1月18日の様子と今月12日に撮った写真を見比べると、左端の小物や仮面ライダーが失われていることがわかる。またパックツアーの商標である「旅物語」の楕円形シールも剥がれている。その代わりにと言えるかもしれないが、この木製の棚に並べるにはふさわしくない大型の飾り物がすぐ際の地面に挿し込まれている。それは
前回の投稿の2枚目の写真でも紹介した白薔薇の造花だ。今日の2枚目の写真の上は先月25日に改めてそれのみを撮った。また下の写真の梅の造花も同じ日に撮っていたが、今月12日撮影のものが鮮明なのでそれを使う。これら樹脂製の小物は室外機上の小さな人形とは異質で、別の場所に「展示」されるのは止むを得ない。そのことは限られた舞台だけが着目される一方、予想のつかないところで新たな動きがあることを再認識させる。注目していた特定の場面の外側で密かに別のことが進行しているとの暗喩で、健康を謳歌しているのに、気づけば深刻な病が頭をもたげていたということにたとえられもする。ともかくこの投稿で言うのであれば、この市営駐車場の造花の「展示」は番外の番外編で、本来の「切り株の履歴」とは何ら関係がない。それゆえこの番外編の投稿もそろそろ終わりに近づいたのかと思う。話題若干転換。今日の最初の写真の上は、左端上が黒い。これは詰め所の扉が開け放たれているからだ。下は扉が閉じられているので向こうの駐車場の地面が覗き、しかも雨が降った後なので水溜まりの筋が2,3本見えている。京都市の財政は極端に悪化していて、この駐車場料金も来年度からまた値上げされるが、渡月橋にもっと近い民間の駐車場では1000円のままで、京都市は営業努力をしていないと言われても仕方がない。この駐車場には多い時で4,5人の係員がいるようで、彼らの給料との関係で値上げせざるを得ないのかもしれない。全員最低時間給のアルバイトに代えれば1000円の料金で運営出来るかもしれないが、削減すべきは議員数との意見が多い。それは国会にも言えるだろう。国が貧しくなれば議員がより幅を利かせ、貧富の差が拡大するのはロシアでも同じではないか。

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