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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●「蕗の薹 とうが立ち過ぎ 摘まれずに 次は若葉を しばし待とうと」
判虫 飛んで火に入り 非難され 避難の人の 悲願を無視し」、「気になりつ 手遅れになり 次こそと 思い新たに 余命少なし」、「爆弾の 大花散れば 地雷の芽 銃と砲から 実の弾放つ」、「爆発が 芸術ならば 戦争も 屠殺祭りだ 肉花散らせ」



●「蕗の薹 とうが立ち過ぎ 摘まれずに 次は若葉を しばし待とうと」_d0053294_18061280.jpg隣家の裏庭に毎年蕗の薹がたくさん出て来る。その明るい黄緑色を見るのは楽しい。ビールの原料のホップはもっと鮮やかな黄緑色で、時々その色を目の当たりにしたいと思う。蕗の薹はてんぷらにするとおいしいと聞くが、わが家では刻んで味噌汁に入れる。その苦さはニガヨモギのそれとどう違うのか気になるところだが、大差はないだろう。今年も蕗の薹の摘み頃かと思いながら12日に確かめると、今日の写真のように数日遅かった。毎年4,50個ほど出て来て、その半数ほどを摘むのに、今年はその機会がない。蕗の薹にすれば間引かれずに胸を撫で下ろしている。それでも子どもの掌サイズの若葉も食用になり、同じ苦みがある。1週間か10日ほどすればそれを採ればよいと思い直す。蕗の薹のような苦味のある植物を食べ過ぎるのはよくないだろう。餅に使う蓬はそうでもないが、ニガヨモギは幻覚作用があるされ、苦い植物は人間に特別の作用を及ぼすと考えるべきか。筆者は小学生低学年の頃に母に蓬を教えられてよく摘んだ。どのようにして食べていたのか記憶にないが、当時はどこにでもあった餅屋に持参して蓬餅にしてもらっていたのだろう。昭和30年代初頭は大阪市内でもまだ田畑が残っていて、畦道や路傍で蓬をよく見かけた。蕗の薹を知ったのは京都に住んでからで、それが隣家の裏庭にたくさん生えるようになったのは、隣家を購入して以降のことと思う。以前からあったものが生育範囲を広げる一方、新たに種子が飛んで来たかもしれない。それを言えばいつの間にか庭の端に高さ2メートルを超えている楓の木がある。移動出来ないような植物でも割合自由に移動して子孫を増やす。動物ならもっとで、人間は時に戦争によって種族を増やす。戦争がなくても政治その他の仕組みによって他国に別の民族が移住し、混血もあたりまえに生じる。戦争はそのことを爆発のように瞬時に起こさせる行為と見なせる。「煉瓦を体の上に載せるよりは男のほうがよい」という言葉を何の映画で聞いたか記憶にないが、戦争で建物が爆破されて瓦礫の下敷きになって死ぬよりかは、相手国の兵士に凌辱されながらも生き残るほうがよいと考える女の逞しさも、動物的真実だ。女のそんな身の処し方を富士正晴は従軍した経験から小説にしたが、いつまで戦争のことを書いているのかと批判された。その後日本は高度成長期を迎え、「戦争を知らない子どもたち」が文化を謳歌し続けているが、日本が戦争すれば、富士の書いたことが思い出されるかもしれない。とはいえ富士が中国で見聞した兵士の行状は今でも同じような振る舞いをする若者はいる。戦争で人間性がより過激になるだけのことだ。
●「蕗の薹 とうが立ち過ぎ 摘まれずに 次は若葉を しばし待とうと」_d0053294_18063596.jpg それゆえTVなどでもてはやされる無責任発言に終始する人物を注視しておくのがよい。威勢のいいことを言うほどに人気を得やすい。そして人は有頂天になって欲を募らせ、変節もする。そういう人物は反論に遭うと相手を敵とみなして暴言紛いの言葉でねじ伏せようとする。おおげさに言えばその果てに戦争がある。そう言えば4,5年前、地元に代々住む自治会住民の70代の主婦は真顔で日本の経済的疲弊を打破するには戦争があればよいと言った。それが自分の家は焼かれず、死ぬこともないと考えているいわゆる平和ボケとしても、そのあまりの単純な考えに返す言葉がなかった。だいたいどの町の有力者と言われる人でもその程度の頭だろう。彼らが日本の政治を支えて来たし、そのおかげで高度成長があって平和を長年享受して来られたという自負が先の主婦にもあり、どこか近隣諸国で戦争があれば、日本は特需に沸いて経済が復活するという希望的観測だ。これは「他人の不幸は蜜の味」という、日本の芸能人が言い始めた考えそのものだが、その芸能人にすれば誰でも本心はそうであって間違ったことを言っていないと開き直るだろう。「他人の不幸は蜜の味」を地で行くのがたとえばプーチン大統領かとなれば、嘘か本当か蓄財が20兆円と聞くと、殺し屋を雇ってそのわずかでも分捕ることが正義と思う人がいるはずで、「プーチンさん、あまりに無茶苦茶な強欲ですぜ」と言いたくもなる。20兆円も密かに貯め込んだことが本当であれば、やはり人間はさらに何かが欲しがるということだ。人命を何とも思わない人間はいつの時代にもいる。富士の本に中国の古代のこととして、攻め込まれて主が殺された後、幼ない子どもたちがひょっとすれば命を奪われずに済むかと思いながら、それは甘いと悟った瞬間、やはり殺されてしまうことが書かれる。殺すほうは容赦がなく、慈悲は毛頭ない。プーチンは戦いが劣勢になったと自覚する時に核を使うかどうかが当の問題の核となっているが、広島長崎の原爆に倣ってウクライナのどこかに核爆弾を落としても、それはアメリカと対等になるだけのことと思っているだろうか。アメリカと遠く離れた島国日本との対比はロシアと陸続きのウクライナとではかなり違うが、核爆撃をチェルノブイリの原発事故と同じ程度に思っているのかもしれない。ロシアが核を使えばNATOはやはり納得せずに核で応ずるだろうし、それを想像するプーチンは核を使わないだろう。とはいえ広島原爆に比べてどの程度の規模かわからないが、小型の核爆弾があってそれを使う可能性が心配される。春は植物の蕾が次々に開いて目を楽しませる。爆弾の破裂に人々が逃げ惑い、さらには核使用の恐怖まであるのに、日本では「お花畑」の桜の開花が間近い。蕗の薹は苦みが持ち味だ。それをわざわざ楽しむのは、甘いばかりでは面白くないからだ。それで双方に被害のある戦いが絶えないのか。
●「蕗の薹 とうが立ち過ぎ 摘まれずに 次は若葉を しばし待とうと」_d0053294_18070162.jpg

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by uuuzen | 2022-03-15 23:59 | ●新・嵐山だより
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