「
到りたき イタリアの地は いと遠し 愛おしき風 田舎の春に」、「いい仲は 持ちつ持たれつ 支え合い 引っ張り餅は 伸ばし過ぎるな」、「いい最中 餡はびっしり 皮はさくさく 思案尽くして 結果は易し」、「爆弾の 破裂のような 蘇鉄かな 一鉢抱え 丸善に置き」

先月28日に得た話題を今日と明日で終える。萱島神社を後にし、寝屋川の分水路に沿って南下すると、
左手に南北に細長い墓地があった。民家に囲まれた生活道路沿いの墓地はきわめて珍しい。道路を挟んで西側が寺であれば話は別だが、寺はもっと離れたところにある。このことは寺が境内を切り売りし、民家が建て込んだことを意味するかもしれない。墓地はだいたいさびしいが、その道路沿いは駅を利用する人が頻繁に往来し、その明るい印象に葬られている死者はさびしくなくていいだろう。駅から墓地に至る間に今日の最初の写真の蘇鉄があった。かなり立派で、個人宅でこれほどの規模のものは珍しい。よく手入れされ、タイル張りの壁からも裕福さは伝わる。写真は撮らなかったが、当日はその後用事の場所に向かう際と、用事を済ました後、門真守口線の道路に出るまでの間に、同じようによく育って赤い花をたくさん咲かせるアロエの株の群れを見かけた。手入れされているようには見えなかったが、陽当たりたりがとてもよく、そのことが植物の元気さの何よりの条件であることをつくづく思わせた。人間も同じとして、日照が何を指すかは人によって考えが違うが、陽射しを心に思い描くのがよい。今日の2枚目の蘇鉄は堤根神社を後にし、さらに東北のスーパーに向かう途中で見つけた。周辺はいかにも大阪の下町らしい商店や銭湯が点在し、スーパー内の客もいかにも地域にふさわしい雰囲気だ。店内の放送で、同店のカードに1万円のチャージをすると200円分のポイントをつけると男性が繰り返し放送していた。筆者が同店を訪れたのは京都の嵯峨店にたまに行き、カードを作っているからだ。数人が並んでいるところに並び、すぐに筆者の番になったが、カードを3回挿入してようやくカードの裏表と方向が違うことがわかった。振り返ると7,8人並んでいた。庶民は200円のポイントでも得と考える慎ましさだ。店内を20分ほどうろつき、持参した大きな白いビニール袋いっぱいに2500円程度の買い物をした。嵯峨店より安いかと思ったのにむしろ高めであった。チェーン店であるので、商品は基本的にみな同じと考えてよい。ただし店内は嵯峨店より広く、天井も高い。トレイに載せたたこ焼きが目についたが、同じ商品は嵯峨店にもある。握り寿司の詰め合わせは嵯峨店では500円で売られるが、あまり大差ないものが700円台であった。投稿のために蘇鉄がもう一か所あればいいのにと思いながら大和田駅に向かった。後日ネットでほんの少し先の願得寺の本堂前に優に樹齢100年以上はある蘇鉄の群れがあることを知った。

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