「
棗の名 茶器に使われ 首かしげ 棗の実とは どこが似るやら」、「雲行きで 見え方違う 月の相 日は雲作り 自ら隠れ」、「満月を たまには見たき 違う地で それで決めるや 遠出の予定」、「月の出を 気づかぬわけに ビル林 代わりに灯り 無数にきらめき」

TVで何度か大阪中之島美術館開館のニュースを見て、先月末頃にパソコンで入場券を家内とふたり分申し込もうとしたが、スマホを所持せず、要領がよくわからないので一旦やめた。そして今月2日の開館初日に改めて申し込むことにし、観覧日を満月である今日の午後1時から2時までの間に予約した。ひとり1500円でクレジット決済のみ、画面に表示されたQRコードが中央に大きく表示される画面を印刷した。スマホがあればその画面を提示して入場出来るが、たぶん紙に印刷しても大丈夫だろう。念のために美術館にその件についてメールを送ると数日後に返事があってそれを持参すればいいことがわかった。同館と同展での感想は別の機会に書く。今夜は満月だ。冒頭の歌のように大阪で満月を撮りたかった。ところがすっかりそのことを忘れた。また帰りの電車に乗ったのは午後7時前で、満月はビルより高く昇らない。それに天神橋筋商店街を歩くと昼か夜かもわかりにくい。いつものようにスーパー玉出で買い物をし、天六から阪急に乗った。上新庄で快速特急に乗り換えた頃、満月の夜であることを思い出した。両手は重い買い物袋で塞がり、また満員電車で座ることは出来ず、窓から満月が見えても撮影は無理だ。満月の昇る方向はわかっている。京都に向かって右側の窓の前方だ。そこを凝視していると暗くて赤っぽい曇り空で、小雪混じりの雨が降っている。見えないかと思っていると、念が通じたのか、見つめているまさにその箇所にオレンジ色の巨大な満月が数秒顔を覗かせ、黒っぽい雲でまた見えなくなった。相変らず見続けたが、もう駄目だ。桂駅に着く頃は満月の位置が前方から後方になるので、今度は振り返り気味になると、またわずかな瞬間見えた。大阪で撮影したかったのに、これでは嵐山でも無理かと思って嵐山線に乗り換えた。寒さは一段と厳しくなり、相変らず小雪がわずかに舞っている。電車は上桂を過ぎると空くので、座席を移ってカメラを取り出し、満月があるはずの方向を見ていると、松尾駅を出た頃に今日の写真のように窓ガラスの枠内ギリギリに浮かんだ。2枚目は窓枠から外れて行ってもう駄目かと思う瞬間で、帰宅して確認するとうまく写っていた。先日から電池切れ寸前の状態で、今日は撮影しない間は単3を4本外してポケットの中で握り続けて温めた。それで今日は大阪で多くの写真を撮り、満月もどうにか揺れる電車内で撮れた。改札を出るととても寒く、いつものように家から出て空を見上げて満月を撮影する気分になれなかったが、夜9時頃に3階の窓を開けると空はほとんど晴れていて、満月はくっきりと見えたはずだ。

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