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●「親ガチャと 言われて返す 『ボケ!子ガチャ 子ども育てて もう一度言え』」
かせると 灰撒き爺が 示すのは 死は生のため 自然の摂理」、「ガラクタも 燃やせば灰に なりはすれ 時に猛毒 ついでに撒かれ」、「親のせい 子どものせいと なすり合い それで気晴らし 他人冷ややか」、「メンタルを ドキッとさせる 現実を 画面で知るや ドキュメンタリー」



●「親ガチャと 言われて返す 『ボケ!子ガチャ 子ども育てて もう一度言え』」_d0053294_00593159.jpg去年12月から正月にかけていくつかの印象深いドキュメンタリーをTVで見た。それらについて書こうと思いながら考えがまとまらない。重い事実の前に言葉を失うからだ。番組の制限時間内に映像をまとめるので、事実の密度は凝縮し、そのことによるわかりやすさで視聴者に有無を言わせぬ迫力を持つ。ドキュメンタリーでもわずかなやらせやそれに似たことは混じる場合があろうが、そういうことを差し引いても映像の力は言葉とは比較にならないほどに圧倒的だ。出演者はみな素人で、映像が嘘をつけないからだ。そういうドキュメンタリーの製作者が視聴者に何を伝えたいのかと言えば、一種教訓めいたことのように割合それが明らかな場合もあるが、どうしようもない、つまり正しい答えが見つからないことのほうが多いだろう。ブリスベンだったと思うが、奧さんが白人で主人が中国系の夫婦の生活を描いた作品は「断捨離」についてで、これは身に染みた。筆者もガラクタや貴重品が多いからだ。後者について息子はさっぱり価値を知らないので、筆者が生きている間に行先をどうにかせねばならない。また筆者の作品のキモノや屏風をどうするかも問題で、きれいに保存しているものがたとえば転々とした挙句、天神さんや弘法さんのガラクタ市に半ば破損して売られることを想像するといたたまれない。キモノは女性に着てもらうのが一番だが、譲りたい人物はいない。それはさておき、同番組では夫婦の間に子はおらず、都会の大きな一軒家に住んでいたのが、妻が亡くなり、夫は妻が大切にしていた妻の両親や親類から遺産として引き取った骨董品を泣く泣く処分するという結末だ。妻は家柄を誇りに思い、親類の写真や家財まで引き取り続け、それが膨大な量になって貸し倉庫に保管し続けた。その費用が毎月50万円ほどで、その支払いに夫婦は働いていたようなものだ。家はかなり立派な木造の2階建てだが、数十年の間にそこだけが昔のままに取り残され、両側の家や近隣はみな背の高いにビルになった。妻は落ち着けばふたりで海外旅行するのが夢と言っていたのに、それがかなわぬままに病死した。残された夫はついに妻がため込み続けた家具調度を始めとする品物を売ることにし、試しに価値のありそうな食器類を骨董店に持ち込むと、昔と違って今は買い手が少なく、わずかな額にしかならないと言われる。それでも夫は売ることにする。妻が大事に保存し続けた思い出の詰まった品物だが、夫にとっては妻の両親や親類が使っていたものは関心がさほどないだろう。何よりも大切なものは妻の思い出だ。処分を決めた夫は晴れ晴れとしていた。
 これもNHKで見たもので、『空蝉の家』という題名であった。横須賀で割合大きな一軒家に息子ふたりを持つ夫婦が住んでいた。夫は真面目なサラリーマンで、読書をよくし、油彩画を描く趣味があった。番組ではその夫が描いた家族の肖像画が何度もクローズアップで映し出された。写真を見て描いたようで、素人であるのでさほどうまくはないが、素人ならではの、またよく知る家族ならではの独特の味のある絵であった。もっと砕いて言えば、全員印影に乏しく、平板な顔をしていて、見方によれば何とも不気味でもあった。ただしそれは同番組の暗い内容を知ってのこととも言えるかもしれない。この平凡な、また割合経済的には恵まれた4人家族は妻が精神を病むことから崩壊し始める。その過程を夫はつぶさに日記に書き残した。日記の冒頭には読書を大切にし、正しく明るく暮らすといった家族訓が書かれていて、それは夫の世代としては異様なことではなく、ごく普通の理想を目指したものだ。ただし生真面目過ぎるという意見のほうが今は圧倒的に多いことは想像出来る。妻が精神を病んだ理由はわからない。夫の真面目さに嫌気が差したと皮肉っぽく思う人が多いだろうが、そのことについては番組で描かれなかった。夫は長男に妻の世話を任せて仕事に出るが、そのうち長男もおかしくなる。アメリカ人の多い横須賀であるので、英語を学んで将来役立てようとするのだが、大学受験に三度失敗して家に引きこもる。弟は普通に育ってやがて両親が亡くなった後、独立して家を出るが、長男は実家に住み続け、50歳少々で餓死する。区役所の職員が何度か面会に訪れ、その時に撮影された長男の姿が映った。髭が伸び放題で食事はパンのみ、電気ガスは停められ、ゴミ屋敷の中で暮らしていた。それでも役所の職員に対する応対は育ちのよさが露わで、その控えめなところが自らを餓死させた。弟が訪れた時、ゴミの中から兄の腕が突き出ていたそうだ。また叔父に電話をかけ、生活保護受給の申請を手伝ってほしいとの言葉を伝えるための予行演習のメモ書きが見つかったが、残念なことに電話が鳴った時に叔父は不在であった。それにNHKのラジオ英会話のテキストがあり、英語の夢を捨て去っていなかったことがわかった。長男で父の期待が重荷であったのだろうか。父が寿司を買って来て食べさせようとしても、長男は自分にはその資格がないとばかりに遠慮して食パンしか食べなかったそうだ。世間に出ぬままに引きこもり、父の年金が切れた時に家の中にいてホームレス生活になった。近隣の住民がどうにか出来なかったのかと思う。そういう時の民生委員ではないか。両親はふたりの男子を育て、幸福な生活を味わっていたはずなのに、何かが狂い始めた。それは親のせいか、子どものせいか。同じような家族はおそらく日本中で増えているのではないか。
 次に見たドキュメンタリーは東京千代田区の70代半ば過ぎの男性を扱い、数年ごとに追跡取材している。彼も両親が残した家に住み、やはり働いたことがなく、ゴミに囲まれてひとり暮らしをしている。TVでは番組を半ばシリーズ化するために2,3年ごとにその男性を訪問しているようで、5年ほど前に家の中のゴミをトラック2台で回収した。その金額30数万円をTV局が持つということで男性の理解が得られたのだが、しばらくはすっきりした家の内部であったのに、最近またゴミは増え始めている。玄米食でおかずは玉ねぎを刻んで入れた納豆と、にんにくの醤油漬けのみだ。歩くのは好きで、人恋しさもあって片道10キロほどは日課にしている。その散歩が縁でTV局員から声をかけられ、取材が始まった。最近は庭に出て日光浴をしているのでかなり肌が黒くなり、風邪を引かずに健康という。やはり大学受験に失敗し、それもあってか硬派な本をたくさん書架に並べているが、もちろん本人が言うようにそれはポーズで、読書はしないようだ。筆者はその男性への同じ取材番組を去年か2年前に見たことがある。玄関脇の小さな庭は竹が密生し、また電線を超える高さに落葉樹が生い茂り、近所からTV局に苦情があったのかどうか、男性の許可を取って樹木を電線から下の高さに切っていた。もう100万円ほどかけるか、あるいはTVを見たボランティアに頼めば、家の壊れた箇所を修繕し、もっと快適に住めるはずだが、TV局は次の取材のために何か案を考えているだろう。その老人も育ちのよさが話しぶりから滲み出ていて、見方によれば仙人や禅僧のようだが、近隣からは近寄りたくない変わり者との評判が立っているのだろう。親がその家を残さねば、今頃彼はどの暮していたのか。「男やもめに蛆がわく」の言葉そのもので、他人に迷惑はかけてはいないというつもりなのだろうが、前述のようにその家のみが樹木伸び邦題では東京電力も困るし、また悪い奴が夜の闇に乗じて鍵をかけない、あるいはゴミが溢れてあけられないその家に火のついたたばこでも放り込めば火事になる惧れがあり、見栄えだけは近隣に合わせる心遣いは必要だろう。とはいえ、ゴミ屋敷は珍しくない時代で、その老人は人がよさそうな分、まだかなりましと言うべきだろう。生きているだけで社会に何の貢献もしていないと言っていいが、そういう人でも生きる権利はある。また気分よく生きていることが番組から伝わって来るので、健康を保って少しでも長生きしてほしい。先の50いくつで餓死した男性と比べると、人に危害を加えることを毛頭思わないという点で共通し、また役立たずを自覚しながら申し訳なさそうに生きて餓死したことに対し、その老人は番組スタッフに対する態度はよい。つまり「空蝉の家」に住んでおらず、番組によって日本中に知られる存在になった「蝉の家」と言ってよい。
 同じ番組で次に紹介されたのは北海道の旭川在住の71歳の女性だ。彼女の母は、姉が妊娠中に姉の夫が孕ませた妹で、その出自が彼女のその後の人生に対する考えを決定づけたところがあるだろう。現在旭川の1万5000円ほどの小さなアパートで車椅子生活を送っている。車の運転中に追突され、腰を傷めたようだ。彼女は結婚の経験があるが、子が生まれないままに若くして離婚した。そしてトラック運転手となって鮭を旭川から東京の築地まで運ぶ仕事に従事した。往復6日を要する仕事で、男並みに働き続けたのだが、そのこともあってか、紹介された彼女の当時の写真はパンチパーマにサングラスという強面の男のようであった。だが元々美人の顔立ちで、また意思の強さが露わだ。離婚後、彼女は会社の同僚の男性か、5人目の子どもが生まれたが施設に出すということを聞き、自分の養子にする。子どもを産めない女性が養子を取ることは珍しいことではないが、彼女は長距離トラックの運転手だ。小さな子をどのように育てるのか。彼女曰く、一緒にトラックに乗り、経費を始末するために旅館に泊まらずにトラックの座席で親子で寝たという。3日かかって北海道から東京まで行くのであるから、往復で1週間に4回はトラックで寝たことがあるのだろう。だがそれは子どもにとってずっと母と一緒にいることで、楽しい思い出であるに違いない。彼女はその息子を医者にすることにした。そのためには2500万円必要だ。彼女はそれをトラックの運転で稼ぎ、息子は現在東京で医者になっている。彼女は息子がいたために頑張って来られたと語った。何と素晴らしい女性だろう。先に紹介したふたりの男性は自分ひとりを御して行くことさえもままならない。ところが女性は男勝りに働いて息子を医者にする。美輪明宏の「ヨイトマケの唄」そのままの人生だ。彼女の部屋にはジェームス・ディーンのイラストつきの鏡やイ・ビョンホンの大きなポスターが貼ってあった。ぺ・ヨンジュンは嫌いとも言っていたが、男らしい、それでいて美形が好きなのだ。そこがトラック運転手らしいと言えば偏見になるが、部屋に好きな男優のポスターを貼るところに乙女らしい心があることが伝わって微笑ましい。血のつながらない子を医者にすべく、2500万円を捻出することは大変であったろう。それで彼女は安アパート住まいだ。夫がいないので一軒家やいくつも部屋は必要ないと言えばそれまでだが、自分のものを削って息子の人生に費やしたことは女性、あるいは人間として最も崇高な愛情だ。TVでめったにいい番組に出会わないが、その女性のドキュメンタリーには感動した。去年は「親ガチャ」という言葉が流行った。彼女もそう思ったかもしれないのに、それを跳ね返すように養子を見事に育て上げた。生まれ落ちた境遇は誰しも仕方がない。それに悩まず、そこから前向きになって何をどうするかだ。
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by uuuzen | 2022-01-08 23:59 | ●新・嵐山だより
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