「
委ねられ 任せておけと 大舟で 航海はして 後悔はせず」、「伊勢海老の 威勢のよさを 見習えと 腰の使いを 説かれし夫」、「ありがたみ 労に比例を 知りつつも 手軽気軽を 選ぶ人情」、「二見岩 大が夫と 限らぬや 妻の稼ぎが 多きことあり」

今日も正月らしい神社の写真を使う。去年3月21日に家内と祇園の八坂神社に花見に出かけた時に撮った八坂の「お伊勢さん」だ。伊勢詣りは筆者の世代であれば小学校の修学旅行で出かけたが、家内も大阪市内に住んでいたのに伊勢に行かなかった。学校ごとに行先は任されていたのだろう。共産党が強い地域は橿原神宮など戦争の匂いがまとわりつく神社に遠足や修学旅行で行くことは反対が多かったであろう。息子も伊勢には行かず、広島の平和公園に行った。京都から伊勢は割合近く、いつでも親と一緒に行く機会があると学校が判断したかもしれない。小学校の修学旅行以降、伊勢には四半世紀前に行った切りで、しかも二見ヶ浦は見たが内宮と下宮に訪れなかった。家内の姉や兄は毎年小学には伊勢詣りをしていると聞いたが、高齢になって近年はそうではないと思う。筆者は2年前に平安神宮の講社の役員になり、去年届いた告知によれば、今年正月の伊勢詣りはコロナで去年同様に中止するとあった。もっともその伊勢旅行は希望者だけのはずで、筆者は出かけるつもりはない。伊勢神宮に関心がないことはないが、行ったことのない出雲大社や熊野三山が先という気がしている。昨日の昼過ぎ、TVでたまたま1967年の映画『007は二度死ぬ』を途中から見た。浜美枝が出て来るのがいつかと首を長くして待っていると、山奧の高台での合同結婚式の場面でジェームズ・ボンドの結婚相手として登場した。その神社がどこかと調べると熊野三山のひとつの熊野那智大社であった。今で言うインバウンドを期待して、日本のよきところを目いっぱい紹介しようとした映画で、東京の街並みはその後激変し、また若い女性が数人がかりで裸の男をマッサージする場面は当時「トルコ風呂」と言われるサーヴィスが、後進国性を露わにしているところが何とも物悲しい。「トルコ風呂」はトルコの抗議から名称を改めたが、内容は同じで、女目当ての金持ちのインバウンドは今後もなくならない。忍者の登場は近年のインバウンドが求めることの先駆で、この映画が果たした役割は大きい。話を戻して、八坂神社に熊野三山のミニがないのは残念の声が聞こえそうだが、八坂神社を南北で挟む形で立派な新熊野神社が今熊野にあり、丸太町東大路には熊野神社がある。八坂神社の「大神宮社」はそれらに比べるととてもこじんまりして模型と言ってよいほどだ。左右に並ぶ外宮と内宮の祠前の間に「二見岩」があるとされるが、撮影時に気づかなかった。電車で京都からなら日帰り出来る伊勢神宮で、松阪にある本居宣長の家を見るついでに出かけようかと思いつつ、それでは日帰りは無理かもしれない。

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