「
蜚語を聞き 語気を強めて 嫌う振り 飛んだゴキブリ ブリキでゴンと」、「季語のなき 句を作るのも 自然なり 暑さ寒さを 統べる部屋では」、「滑る句を 詠んで笑われ 役果たす 売れて極楽 芸人気楽」、「掘り進め 輝石当てても 顧みず 瓦礫の山の 大きさ誇れ」

先月下旬、「風風の湯」のフロントの女性といつものように家内が出て来るのを待つ間に談笑すると、嫁いで来て二度しか見事な嵐山の紅葉を見なかったという以前の言葉を上書きするように、「この間、嵐山の奧に行ったんですけど、見事な紅葉でしたよ」という言葉を聞いた。それで筆者は長年渡月橋上流の右岸の道を遡っていないことを思い出し、家内と出かけることにした。それが今月2日の昼頃だ。今年の紅葉は12月5、6日まで楽しめると以前TVで聞いていたので、まだ間に合うと思ったからでもあるが、結論を先に書いておくと、紅葉はすっかり終わっていた。自転車に幼ない息子を乗せてその道の小さな滝がある箇所までしばしば訪れたものだ。真夏はかなり涼しく、家でごろごろしているよりは気晴らしになった。紅葉の季節も同様に息子と訪れ、もっと奥の大悲閣の麓まで行ったこともよくある。そこに昔から木造の2階建ての古い宿があったのが、今はオーナーが代わって一泊10数万円から30万円はするホテルになっていて、TVで何度も紹介されている。その最高級の部屋からの眺めは、無料で同じものはすぐ近くで堪能出来るから、宿泊したい人は大金を出したという満足感がほしいのだろう。人生で最も思い出となるのは、めったに会えない、そして会いたい人としばし談笑する一時ではないか。そんな機会は一期一会で、またそうであるからいつまでも記憶に深く残る。話を戻して、家内と出かけた渡月橋上流右岸で撮った写真はまだ整理しておらず、今日はその序として
また中ノ島公園の茶店の写真を使う。最初は先月22日、2枚目は今月2日だ。後者は左端にスーパーへ買い物に出かける姿の家内がたまたま写り込んだ。奥に無地のキモノ姿の若い女性が4,5人歩いていて、観光客だろうが、ひらひらした花のように一種異様に目立った。彼女たちが造花の美しさとは言わないが、女はみな造花みたいなところがあり、その作り上げた様子を男は愛でる。以前書いたことがあるが、筆者は割合完璧に化粧した女性が好きだ。とはいえもともとの美人がそうであればの話で、あちこち整形したり薬品を注入したりする芸能人の化け物は論の外だ。2枚の写真とも筆者が撮りたかったのは、相変らず飾られているもみじの造花だ。すでに背後の楓の紅葉が終わった後、これがやけに目にく。そう言えば
渡月橋北詰めの定点カメラもカメラのすぐ近くに同様の造花を飾り、YouTubeでは画面右下にそれが収まっている。紅葉の季節が終わったも同然であるから、それをいつ撤去するのかと思うが、10日から始まる花灯路が終わるまではそのままではないか。

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