「
斜めから 見る席もある 舞台芸 どんなことにも 意見さまざま」、「頼まれて 役に立てばと 骨を折る 金を思うな ボランティア」、「襟合わせ ハートに見える 服の胸 つけたバッジの 顔にハートを」、「干し柿を 今年は作る 寒さ来て 雀膨らみ 吾も重ね着」
先月上旬、TVで放送され始めたことをたまたま知って慌てて録画した映画を今日は取り上げる。去年のザッパロウィンであったか、レザニモヲのさあやさんと映画の話になり、好きな映画を訊ねられて『無法松の一生』を挙げ、その結末を手短に伝えた。ブログにこの映画について幾度か触れたことがあるが、
初めて見たのは京都会館での映画祭での特別編集だ。本作の撮影は戦時中の1943年で、何度かの検閲でいくつかの場面が削除されたので、稲垣浩監督は別の場面を撮影して補った。戦後本作のカメラマンであったかどうか忘れたが、検閲で切り取られたある場面のフィルムを発見し、それを本来の箇所に挿入したヴァージョンが前述の映画祭で初公開された。音声はなく、場面の大部分は夜の提灯行列で、5分ほどであったと記憶するが、その映画祭のみの特別の上映であった。先月TVで放送されたものは4Kの技術でデジタル修復したもので、その発見された場面を含まない。検閲で切り取られたために半ば意味不明となった1,2秒の場面があり、それを削ればいいものを、後述するように、そうしない理由はそれなりにわかる。稲垣監督は同じ脚本で15年後の1958年に三船敏郎を主演に映画化し、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得した。それを見ればカットされた箇所がどうであったかがわかるが、WIKIPEDIAに書かれている削除場面を読めば充分な気がしているので、急いで見る気はない。本作は明治30年から40年頃までを描き、その時代により近い43年版のほうが脚本の空気感を反映するのに有利とも思うからだ。それに松五郎を演じた坂東妻三郎の演技は本人が命を懸けたと言うほどのものであるからだ。筆者は今も本作を最高の映画と思っているが、女性はどう思うだろう。そのことを知ると女心の理解に役立つかもしれない。男の好む映画はおそらく女性よりもっとさまざまだろう。本作を最高の作品と思う男性が多いのか少数派なのかわからないが、誰しもある映画の男の主人公の生き方に惚れることはままある。そこから本人の性格がある程度は推察出来るのではないだろうか。つまり筆者で言えば、本作から筆者が重視している思いが自覚出来るが、それは筆者が必ずしも松五郎と似ていることを意味しない。それどころか、共通点は乏しい。任侠映画を見た後、客がその主役になりたいと思うのと同様、憧れのようなものがある。映画は作りもので、俳優の実像は演技する役柄と全く違う場合は多々あろうが、作品に真実が宿る場合はあり、そのことに人は大いに感化される。
本作は車引きの松五郎が客から棒で頭を殴られ、大けがをして街を出ていたのに戻って来たという場面から始まる。松五郎が殴られたのは、夕暮れ時の辺鄙な場所で客から声をかけられ、50銭を40銭にまけろと言われ、それを拒んで言い争いになり、一発相手を殴ったはいいが、相手は警察の関係者で、松五郎を長い棒で一撃したからだ。仕事を終えて小倉に帰る頃、遠回りをする一仕事を頼まれたのだが、日暮れで人力車が見つからない場所であれば、客は言い値を飲めばいいものを、車に押さえつけながら命令口調で譲らなかった。ここで蛇足ながら先日のニュースについて触れておく。新宿でタクシーに乗った若い女性が評価カードを手にし、運転手はカードが投函されれば会社で不利になるので、タクシー代は無料にするのでカードを返してくれと懇願し続け、彼女を車から降ろさなかった。彼女はスマホで撮った映像をSNSに投稿し、筆者はそれをTVで見ただけで一部始終は知らないが、マスク姿のその女性に嫌なものを感じた。彼女はごく近いところ行ってほしいと頼んだそうだが、運転手が返事せずにため口であったと言う。そのことがタクシー会社に告げるほどのことか。日本はサーヴィスを過剰に求め過ぎる。苦情報告のカードは運転手にとって大きなストレスになっているだろう。電車の中で若い女性が男性を痴漢呼ばわりする事件があれば、タクシーを利用する女性がどの運転手にも立場を悪化させることをカードに書くこともあるだろう。3日前の投稿に筆者が知る若い女性が深夜にタクシーに乗った運転手から言われたことを書いた。女性は真面目で美人であったので、高齢の運転手の自分が襲われるかもという言葉の裏に彼女と関係を持てるならば持ちたいという欲望も感じたのかもしれないが、暗がりを走る車内で彼女の心を和らげる心遣いが勝っていたと想像する。往々にして客は運転手を見下す。それは松五郎の時代から現在まで変わっておらず、むしろ今の運転手は管理されていて、立場は客が上になっている。タクシーの乗車拒否は客を無視して走り去ればいいが、対面の必要がある人力車は悶着が起こりやすい。「乗せてやっている」と「乗ってやる」ではなく、「乗っていただく」と「乗らせていただく」であるべきが、金を出すほうは上から目線になりやすい。深夜はタクシーの儲け時で、近場に走れとなれば、運転手に笑顔とていねいな言葉を期待するほうが横柄ではないか。警察で剣道を教える身分が松五郎の頭を割る筋立てにはいささか権力風刺があるが、明治の警官は軍刀を携え、自分が立派な人物と思っても仕方なきところがあった。客への無愛想とため口は松五郎も同じだが、後述するように相手がどのような偉い人であっても松五郎はそうした。それは偉いと言われる人がふんぞり返っていることに対するせめてもの抵抗だ。真に偉い人は肉体労働者を見下げない。
夫人と松五郎の出会いを書いておく。天気のいい日に松五郎が客を乗せない人力車を引いていると背後で竹馬で遊んでいた子どもたちが騒ぐ。松五郎は駆け寄り、ひとりの男児を溝から引き上げる。足を怪我していて、名前を訊くと吉岡敏夫と言う。松五郎は抱いて家に送って行くと、吉岡夫人は驚き、医者を呼んで来てほしいと松五郎に伝え、敏雄は医院に運ばれる。帰宅後、夫人は松五郎に謝礼金をわたそうとするが、松五郎は「わしのようなつまらない者でも人の役に立てるのは嬉しいこと」と言い、金を受け取らずに走り去る。夫人は松五郎の名前をやがて知り、その一件を演習から帰宅した大尉の夫に伝えると、夫は大笑いしながら、松五郎は偉い軍人でもお前呼ばわりするほどの変わった奴で、有名だと妻に言う。そしてお礼を兼ねて家に呼んで一緒に酒を飲み、小太郎は悪寒を感じて松五郎の前で横になる。そして発熱から呆気なく死ぬ。小太郎の最期の言葉は松五郎のことを「大いに気に入った」であった。その言葉を夫人は耳にし、同感であったろう。軍人の妻として夫が急死した後、夫人は幼ない息子を立派に育て上げることを義務と考え、そのことを生き甲斐とする。大きな家に住み、経済的に問題はなくても、ひ弱な敏雄を女手ひとつで育てることに限界はあり、夫人は松五郎に息子が逞しく育つように見守ってほしいと言う。そこには夫が松五郎を気に入ったと言ったことも影響したであろう。松五郎の職業は卑しいかもしれないが、人品はそうではないと信じたのだ。夫を亡くした夫人を哀れに思う松五郎であれば、また優しい夫人のためになるならば、願いを聞き入れないはずがない。かくて松五郎は折りに触れて敏雄と遊び、父親代わりをし、敏雄は懐く。それは松五郎のような身分の者にとってはわが子のようにかわいがることの出来た幸福な時間で、松五郎にひとつの生き甲斐が出来た。本作の大部分は松五郎と成長して行く敏雄との関係を描き、その間に松五郎が夫人をどう思っていたかについては最後までわからないが、夫人の松五郎への思いがわかるようなセリフがひとつある。それは敏雄が運動会の一般人による徒競走に松五郎が参加して優勝した後、家での場面だ。襖の効果音が被さって夫人を演じる園井恵子のセリフがよく聞き取れないが、敏雄に「あの人が車引きになっているのは運が悪いからなの」といったことを言い聞かせる。人間を職業で見ていない思いで、本作の重要な主題だ。無法松と渾名される喧嘩好きな荒くれ男だが、優しさもあれば一途な純粋さも持ち合わせている。それはあり得ないことか。知識や金よりも大事なことがある。男の格好よさとは何事かのために我慢を重ね続けることだ。我慢は苦しさだが、喜びでもある。松五郎は過酷な仕事に従事しつつ、そして夫人への思いに悶々としながら、夫人と敏雄のために生きた。
本作が検閲によってカットされたことを惜しんで監督はリメイクし、世界的に有名な映画賞をもらったが、欧米の映画通はオリジナルの本作とリメイク版を見比べてどう思っているのだろう。リメイク版を見ていない筆者には言う資格はないが、封切りされたオリジナルつまり検閲でカットされた本作で充分という気がしている。カットされた場面のひとつに、何年ぶりかで松五郎が飲み屋でコップ酒を飲み、その店を後にする時に店に飾ってあったビールか酒の美人画のポスターを剥がしてもらって帰るエピソードがある。そのポスターが松五郎の人力車の店の壁に飾られている様子が一瞬だけ本作に映る。仕事のない時、松五郎はそのポスターを見て吉岡夫人の面影を思っていたのだろう。お上はそのような想像をさせることがけしからんと考え、松五郎がポスターを酒場からもらって帰る場面のカットを命じたが、松五郎の夫人への思慕をより純粋なものと観客に思わせるには、ポスターを剥がす場面はないほうがよい。映画のほとんど最後、松五郎は夫人に思いの丈を告げようとして家に訪れながら、「わしの心は穢れている」と言って帰る場面もカットされたが、それもないほうがよい。その場面の後に松五郎は何年も断っていた酒をまた飲み始め、酒場でコップ酒を飲んでほろ酔いになりながら、旧知の男性相手にいつか父のように酒が原因で心臓麻痺になって死ぬだろうと語る。その後場面は走馬灯のように松五郎の思い出となり、その最後に雪の中で松五郎が倒れて死んでいる場面があるはずだが、先月のTV放送ではなかった。そうかと思わせる小さな黒いものが雪景色の遠くにあったが、繰り返し見ても松五郎の死体とは思えない。その場面を検閲でカットする必要はないので、本作にはいくつかのヴァージョンがあるのかもしれない。坂東妻三郎はその死ぬ場面では体調を悪くして代役が演技したが、倒れ込む場面も倒れている様子のアップもなく、代役の意味はない。また行き倒れになる場面はなくても充分話は通じ、放送ヴァージョンのように雪景色を数秒映すだけでよい。映画の随所に月日の経過を表わすために人力車の車輪が回転する様子が何度も映し出されるが、雪の中で倒れ死んだ時、遂にその車輪は止まり、松五郎の死が誰にもわかる。本作は暗示が重視されていて、その意味からは、松五郎が「わしの心は穢れている」というセリフも不要だ。音のない演技や映像でも物語の進展はよくわかる。検閲によって場面が削がれたことが却って松五郎の純粋性を伝えることになった。封切りを映画館で見た園井恵子は妻三郎が気の毒だと思ったそうだが、永遠に失われてしまったその当初のヴァージョンがなくても、結果的に検閲ヴァージョンで本作の評価ははるかに高まった。おそらく欧米の日本映画通も同じ考えのはずで、三船の名声が妻三郎以上に轟いていても、オリジナル版に軍配を上げるだろう。
本作は松五郎の忍ぶ愛を主題にするが、吉岡夫人の松五郎に対する思いはどうであったかということに誰しも思いを馳せるだろう。夫人に対峙する松五郎のスチール写真がある。ふたりとも上半身が写り、夜だ。その場面は映画にはないが、夫人を訪れて思いの丈を告げようとしながら、「わしは穢れている」と言い切った直後の場面ではないか。松五郎は夫人から顔を背け、苦み走った表情をしている。夫人は横顔で、松五郎に目を合さずに下向きで、表情は読み取れない。それはそうだろう。何の用事で来たのかわからない松五郎がいきなり「わしは穢れている」と言って走り去るのであるから、夫人が考え事に浸るのは松五郎が去った後だ。その場面がわずかでもあったのかどうかだが、あれば園井の重要な心理の演技を記録した。それで吉岡夫人の松五郎に対する思いは、最後の悲しみに沈む無言の数秒以外にはない。検閲でカットされなかったとしてもたぶんそうだろう。それは主役が松五郎で、彼の夫人への一途な思いが主題であるからとも言えるが、検閲官が難色を示したのは車引きの肉体労働者が軍人の未亡人を恋慕する点で、松五郎の夫人への色目のような言葉や演技は許可出来ず、その素振りさえもけしからんという時代であった。ならば夫人が松五郎の恋心を知ってはならず、知っていてもその雰囲気を微塵も見せないことが良識とされた。実際夫人は一線を越えることはあり得ないと自覚したはずだ。これが仮に夫人が一度でも松五郎をまじまじと見つめることがあれば、それこそ穢れているのは夫人もということになって、映画は成立しない。夫人は松五郎にとって聖母のごとき存在だ。そのことは松五郎は継母に育てられ、しかもいじめられて5里の田舎道を飯場にいる父に会いに行くという、検閲でカットされたために新たに撮影された回想場面と照らせばよい。夫人が聖母であれば、敏雄は幼ないキリストになる。松五郎はその聖母子と出会ったことで人生の意味を見出し、生きる楽しみを与えられた。そう思えば悲劇ではなく、大の幸福者であった。悲劇であるのは残された夫人かもしれない。松五郎がいたことで逞しい青年に育った敏雄だが、敏雄も軍人になり、戦争で死んだ可能性が大きい。キリストと死ぬ理由は異なる、いやかなり似ていると言えばいいか、キリストのように若死にするだろう。そのことに想像が及ぶ点で本作は反戦映画にもなる。検閲が公開を認めたのは、男子を逞しく育てるという主題が軍国主義にかなっていたからだ。男臭い松五郎はひ弱な敏雄を鍛え上げた。その点からすれば松五郎の夫人への恋慕はいくつもカットせざるを得ない場面があったにせよ、大筋は認めると検閲官は判断した。筆者が本作を高く買うのは、筆者もひ弱で育ったからかもしれない。そして筆者には松五郎のような大人はいなかったが、代わりに近所のお兄さんたちからは大事にされた。
先に述べた半ば意味不明の1,2秒について述べる。松五郎が吉岡家の玄関や庭先に入ることはあっても、部屋に夫人とふたり切りになることはあり得ないことであった。それは今でも言える。本作では居間で夫人が松五郎に食事を出す場面がある。小太郎が松五郎を呼んだ時以来のことだ。夫人の肩に敏雄がまとわりついているので、夫人とふたり切りではなく、夫人はいわば堂々と松五郎をねぎらった。松五郎が敏雄を海水浴などに連れ出し、敏雄が普通の子どもらしく活発になって行く様子が夫人にわかったからで、一度くらいは家に招いて不思議ではない。意味不明の1,2秒は、食事が終わり、松五郎と夫人が横並びになって立ち上がって誰かに挨拶している場面だ。その相手が敏雄とすれば松五郎は改まり過ぎる。お手伝いさんがいるとして、彼女に主人に対するような改まった挨拶はふさわしくない。そこで足元しか映らない、ふたりに挨拶される人物はやはり敏雄と考えるしかないが、そうとすれば松五郎も夫人も敏雄を一家の主として見ていたことになる。その直後の場面では敏雄は中学4年生であることがわかり、それを別の人物が演じるので、松五郎が夫人の料理で食事する場面の敏雄は15歳以前でひとまず元服前と考えてよい。だが、夫人は敏雄が見違えて快活になり、元服祝いで松五郎を招いたのだろう。それは松五郎にとっても大いに喜ばしいことで、小太郎の後を継いで父親役を立派に果たしたことになる。夫が死んだ後、夫人から敏雄を育てる手助けをしてほしいと言われた松五郎は、無学であるので何の役にも立てないが、出来る限りのことはしようと言う。その言葉どおり、夫人では無理なことを買って出た。男は決して泣くな。喧嘩をする時はしなければならない。泳ぎその他肉体を鍛える。といったことを敏雄は身を持って覚えて行く。松五郎の最も晴れやかな姿は本作のほとんど最後に見られる。高校生になった敏雄は先生を連れて熊本から夏休みに帰省する。小倉の祇園祭りの最中で、松五郎はふたりと祭りの山車見物に繰り出す。山車に載せられる大きな太鼓の打ち手が手に豆をつくって迫力のない叩き方をしている。もう昔の派手な叩き具合をする者がいない時代になっているのだ。敏雄も先生もがっかりしていると、真似事だと言いながら松五郎は山車に乗り、太鼓をたたき始める。その美しい場面が本作のクライマックスだ。山車を取り巻く人物、囃し手はみな松五郎に注目し、街の古老も驚いて「これが本物の祇園太鼓じゃ、よおく聴いておけ」と周囲の者に言う。松五郎は敏雄と先生に勇壮な姿を披露出来た。その後に松五郎は夫人の家を訪れて思いを告げる場面があった。敏雄から松五郎の祇園太鼓のことを聞いていたはずの夫人は、松五郎をまた自宅に招く思いがあったろう。ところがそうはならず、松五郎は夫人を避け、酒に溺れてやがて死ぬ。
松五郎は10年少々夫人を慕い続けた。最後の場面で松五郎をよく知るふたりの男が夫人を目の前にして、松五郎が500円あまりの貯金を夫人の息子名義で貯金していたこと、そして夫人から受け取った金封を一切手をつけずに宝物のように大事にしていたことを話す。夫人は悲しみに暮れる表情をするが、その悲しみにどんな感情が重なっていたかを本作は描かない。夫人は松五郎の恋心に気づいていたはずだが、世間は大尉の未亡人と車夫とでは身分が違い過ぎると見た時代だ。それに敏雄のことを考えれば、母親は他の男と妙な関係を持つことは許されず、また夫人はそんなことを考えもしなかったであろう。そのことを松五郎は知るだけに、夫人に思いを伝えることが出来なかった。その暗黙の了解が悲しく、美しい。夫人は松五郎の心を残された通帳と金封から充分に感じ取った。それほどに素晴らしい、男気のある松五郎と偶然知り合ったことで、夫亡き後の夫人も幸福であった。夫人は夫とは別の立派な男を松五郎によって知り得た。夫人が松五郎の思慕に反応すれば、本作は「穢れたもの」になる。ポルノ全盛の現在、プラトニックな愛はあり得ない物語として嘲笑する人が多いかもしれない。あるいは恋愛が出来にくい世の中で、松五郎の思いはよくわかるという若者は増えているかもしれない。レザニモヲのさあやさんに本作のことを簡単に話したのは、松五郎の純粋で一途な思いを伝えたかったからだ。人物でなくても、芸術においてもそういう精神は何よりも大切だ。本作では歌舞伎役者らしい過剰な身振りの演技が妻三郎に時に見えるが、他の出演者にもそれはある。松五郎が幼ない敏雄を凧の絡まった糸をほぐす場面では、客は待たされ続けて人力車から降りてチャップリンを真似した憤慨の仕草をする。そこにかなりおおげさな、場違いな演技を感じるが、結末の松五郎の死の悲しみの色合いに染まり過ぎては物語が却って嘘っぽくなるとの監督の判断だろう。筆者は男の格好よさとは何かを本作から考える。妻三郎は男前で、また命を賭けた演技をしただけになおさら真に迫り、これが現実の物語であれば、吉岡夫人は夫とは対照的でありながら、別の格好よい男ぶりに惚れ続けたであろう。そのことは松五郎の言うように「穢れ」であろうか。先日99歳で亡くなった瀬戸内寂聴なら、世間では姦通はあたりまえに誰でもしていて、吉岡夫人と松五郎が現実にいたとしてふたりは何度も寝たに違いないと言い切ったかもしれない。肉体関係がなければつまらないと思う女が大多数として、それゆえに男が松五郎のようにけじめを大切にし、女性を神々しい存在に祀り上げておかねばならない。松五郎が女を買ったことがあるかどうかは描かれないが、売春婦を穢れあるものとして思えばこそ、吉岡夫人からの金封を保存し、500円もの大金を貯め得た。好きな酒を控え続けたのも敏雄を思ってことだ。
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