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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●「草を食み 歩む羅馬の 道傍には コスモス揺らぎ カンナ整列」
聴きて 意味わからねど かしこまり 詩かみだきて 畏き気持ち」、「会いたいと 思う間が 楽しさと 務めて醒めて 齢重ねて」、「輝きは 花の盛りに 限らぬと 派手な服着て 造花の紅葉」、「好きな花 赤白青と 育て来て さらに愛しき 生のはかなさ」



●「草を食み 歩む羅馬の 道傍には コスモス揺らぎ カンナ整列」_d0053294_18192825.jpg
今日は今月3日に散歩した自転車道路で撮った写真の残りを使う。陽射しと気温は相変わらず夏のようで、「風風の湯」の85Mさんは季節が1か月遅れていると言う。地球規模で環境がおかしくなって来ていることの一端かどうか、たぶんそうなのだろう。ここ数日地震が多いのも不気味で、次は京都かと思いながら寝入るが、阪神大震災では就寝中に亡くなった人が多く、大地震が深夜に来ないことを祈る。それでも明るいうちの大きな揺れに慄くより、ぐっすり眠っている間に家具で圧死するほうがいいかもしれない。宇宙は強固に同じ形で留まっているのではなく、絶えず動いて変化している。そう思えば、風に揺らぐコスモスの花がそのように名づけられたことの意味がわかる気もする。とはいえそれは筆者の想像で、絶えず揺らいでいるのであれば、コスモの花は混沌の「カオス」と命名すべきだが、花弁が円形に秩序正しく並ぶので、宇宙を意味するコスモスの名が与えられた。これは宇宙を秩序があると人間が考えるからだ。どの花でも花弁は秩序正しいと言ってよく、特にコスモスが属するキク科はそうだ。梅や桜のバラ科もそうだが、薔薇の花はどれも同じようでいてどれも違って見え、コスモスとは名づけにくい。とはいえどの植物あるいは動物でも秩序で構成され、あらゆる動植物が常に動いていることにも何らかの秩序はあるだろう。ロジェ・カイヨワはそれを信じてその法則を見極めようとした。ところが物事の見方は人によってさまざまだ。広大な宇宙から地球に至るまで、秩序がありそうでそうではなく、混沌と捉える人もあるだろう。秩序の中に混沌が生じ、混沌の中から秩序が生まれるというのが妥当かもしれず、筆者は自分の行為にそのことを当てはめてみる。筆者は好きな時刻に寝て好きなだけ寝るので、サラリーマンと比べると箍が外れたような生活だが、たとえばこのブログは自分で決めた形式に即して書いているので、秩序にしたがっている。何度も書くようだが、冒頭の一字は何を使うかが決まっていて、一段落の字数は1150から1200字までだ。そしてこの半年近くは冒頭に短歌をいくつか載せているが、必ず本文を書く前にそれらを考える。こうした形式は読者にはどうでもいいことだが、生活が自堕落である筆者は最低限の取り決めに沿った行為を毎日しなければ考えもこの文章もなおさらしまりのないものになるという懸念がある。人間は誰しもそういう束縛がわずかでも必要ではないか。大金持ちになって何もすることがなくなれば、生きる意味を失って認知症が早まるだろう。それで地位の高い人ほど社会的束縛が多く、その代表が日本では天皇だ。
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 今日の最初の写真は地元の小学校近くの自転車道路沿いで、ある民家の前庭だが、とても広く、そして草花が隙間なしに植えられている。一昨年は鶏冠鶏頭が一花だけ咲いていて、その写真を撮ったがブログには使わなかった。鶏頭の茎が45度に傾き、それはそれで面白く、また珍しい形で、いずれ投稿するかもしれないが、傾けばもう地面に寝転ぶのを待つだけの姿は絵にはなりにくい。今年はその写真を撮った場所に鶏頭はなく、また別の場所でも見かけなかったが、去年あったカンナはまだ咲いていた。今年は6月に「あ、カンナ」の題名で投稿したきりだ。自転車で向日市に行く用事も春頃から急激に減り、カンナを見かけなくなったからだ。そう言えば前述の投稿の阪急上桂駅近くの花屋に売られていた黄色のカンナはその後売れたのか処分されたのか、2か月後にはもうなかった。カンナの花はコスモスと違って大きく、そして複雑で、カオス状態に見える。それでもすぐにカンナとわかるのは他に似た花がないからで、カオスはカオスで特徴を持っていることになりそうだ。コスモスの花弁が規則正しく蕊の周りを囲みながら、その花は風に常に揺られているのと対照的に、カンナは花の形がいっこうに覚えられない混沌状態であるのに、太い茎は天に向かって直立し、そのてっぺんに咲く花は風に動じない。つまり、コスモスもカンナもコスモスとカオスが同居しているように見えるが、植物学者は花そのものの形を重視し、そこに秩序がより明確に把握出来るかどうかで、コスモスをそう呼ぶようにした。だが花は花そのものの形で特徴づけられるものではない。生態も含めて名前を吟味すべきでないか。整った顔の女性とそうではない女性がいて、前者が必ず規則正しい生活を送っているとは限らない。美女ほど性病の心配があると言われるが、美形であれば男は放っておかず、男関係が激しくなりがちであるからだ。つまり美女は形はより秩序正しいが、生態は混沌で、一方カンナのような一見妖艶に見える花のような女性はその花のだらりとした形状に似合わず、生活ぶりは凛としているかもしれない。とかなんとか、出任せに書いている筆者は秩序正しい外見を具え、生活ぶりも秩序正しいことを求めているのに、この文章が示すようにカオスから逃れられず、今ふとポール・マッカートニーの2005年のアルバム『CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARD』を思い出した。その日本盤のボーナス曲「SHE IS SO BEAUTIFUL」が大好きで、今頃の日差しによく似合う。『裏庭の混沌と創造』というアルバム名は筆者の思いと同じで、雑然とした裏庭の植生から秩序のある作品の着想が生まれる。あるいはそのことを常に期待し、今年も鶏冠鶏頭を植えたが、思いどおりに育ってくれない。「とても美しい彼女」は想念だけのもので、それで筆者は想像を交えて創造するつもりでいる。
●「草を食み 歩む羅馬の 道傍には コスモス揺らぎ カンナ整列」_d0053294_18195463.jpg

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by uuuzen | 2021-10-12 23:59 | ●新・嵐山だより
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