ここ数日夢をよく見る。3日前にも目覚めてからずっと鮮明に記憶していて、ここに書こうかとも考えたが、昔よく知っていた人物がたくさん登場することもあってまずい気がした。それに夢の出所がほとんどわかるので神秘性に欠ける。なるべくここに取り上げるのは普段の意識の反映からは遠い夢だけにしたい。だが、まだ記憶しているので要点をごく簡単に書いておく。
昔筆者が働いていた染色工房の部屋に立っている。眼前左手に髭面のO先生が昔と同じ顔でこちらを向いて座っている。O先生は「FもHもいるで」と言うので、あたりを見回すと、当時一緒に働いていたFが右手の白い壁に映し出された大きな画面に真正面に笑顔を見せて映っている。画面は部屋の白い壁をスクリーン代わりに8ミリの映像を映写した感じだが、よく見るとTV電話の大型画面であるらしい。画面下段右には小さなモニター画面が映り込み、そこにはFが見ている筆者の顔が映っている。Fはすぐに工房に行ってまた筆者と一緒に仕事出来ると愛想よく言う。Fはとんでもないルーズな男で、二度と顔も見たくないとずっと思って来たのに、また一緒に仕事する羽目になるとは何と不幸なことかと内心とても落胆している。ふと目をその画面の右手の暗がりに移動させると、もうひとりHが同じように別の画面に顔を見せて筆者に話しかける。これでかつての主要メンバーが揃うという感じなのだが、筆者はとにかく納得が行かずに不満だ。場面が変わって、筆者は街中のとある黒い箱型の小さなビルを訪れている。1階のくぼんだ奥に出入口があるが、通りから見えるビルの内側の石壁一部の目地から水が垂れている。それが真新しい建物の欠点になっている。店の奥の正面にかつて染色工房で働いていた時に出入りしていた本屋の主人Yが陣取っていて、とても愛想がよい。昔と同じよく通る声で話しかけて来る。ところがその本屋が本屋に似つかわしくない立派な建物になったのが不思議だ。すると主人自ら説明をする。本を売るだけでは生活が出来ず、少しずつ京都に因んだ、つまり呉服に手を伸ばし、今では豪華な帯やキモノを扱うようになっていると言う。店の奥に入って主人と対峙していたが、目をぐるりと辺りに向けると、確かにきらびやかな帯やキモノが箱に入ったり、また畳のうえに広げられている。しばらく世間話をして店を出ると、店の奥で今度は主は寿司を握り始めたようだ。本と呉服を売るだけではなしに、元来グルメでもあった主は店を寿司屋にも活用出来るように内部をしつらえていたのだ。※
O先生は最近家の前を通ると建て変わって別の表札が上がっていた。そのあたりはもう昔の面影がない。引っ越しをしたとも考えられるが、その可能性は少ないだろう。そう言えばO先生に最後に会ってから20年以上にはなる。亡くなっていても不思議ではない。本屋は今でも中京区にあるが、主人Yはもういないと思う。いたとしても90近い年齢になっているだろう。いかにも京都の商売人らしい人であったが、今は息子さんが継いでいる。本屋は黒い箱型のビルではない。これは今はなくなってしまったある寿司屋の建物によく似ているが、兵庫県立美術館を通常の町家程度の大きさに縮小した感じと思えばよい。この20年ですっかり筆者の周りの人も街も変わってしまったことをよく実感するが、そんな思いが反映した夢だ。それでも昔に戻りたいとは思わない。今がよい。今朝の夢は5時間眠って朝7時に起きた時によく覚えていた。すぐにメモした。それだけでは内容不足で、もうひとつ夢を見てやろうと思ってまた寝入ったが、9時半に目覚めた時、確かに見たはずの夢は全然思い出せなかった。話は変わるが、さきほど急に空が暗くなって、嵐のような雨が降り続き、雷も盛んに鳴った。その途中で裏の畑に咲く白梅の木立の写真を撮った。もうかなり花が散り始めている。雷雨は小1時間ほどするとすっかりやみ、また昼の明るさが戻った。あの嵐は何であったのだろうとまるで夢を見ていたような気分だ。夢も変だが、現実も変と言えば変なことがよくあるものだ。
ある講義室のような部屋で映画を見ている。天井は高くない。デコラ張りの横長のテーブルがいくつも並べられ、まるで試験を受けるような感じでたくさんの人がそこに着き、奥のスクリーンを眺めている。部屋は階段状に奥が下がっていないので、筆者が座る後方からは画面の下半分が前に座る人々の頭や背に隠れてよく見えない。映画はモノクロで、英語を喋っているのでイギリス映画のようだ。筆者は最も後方に近いところの中央付近に座っているが、映画に集中出来ないでいる。いや、気がつけばもうほとんど終わっていたという状態で、どんな内容の映画か思い出せない。長い映画であったことは確かで、あまりに退屈であるのでようやく終わったとほっとしている。これでこの部屋からも開放されると喜んでいると、司会の男が部屋を明るくさせないままマイクを持ってこう言う。「えー、みなさん。今日は映画鑑賞いかがでしたでしょうか。締め括りといたしまして、挨拶の言葉を女優のAさんからいただきたいと思います」。映画の間もずっとAはスクリーンのすぐ手前、右端に座っていたようだ。こちらを向きながら発言し始める。挨拶は予定にあったのではない。司会がAを見つけたので勝手に挨拶を無理強いしたのだ。Aは少しも動じることなく、笑顔で話し始める。「みなさまはすでにこの3時間にも及ぶ長い映画をご覧になられて、とても疲れていらっしゃるはずですので、わたしの言葉も出来るだけ短くしたいと思います。今日のこの映画はロンドンが舞台になっていましたね。ロンドンの昔のある家族の物語がとてもよく表現されていたと思います。そういうことでこれで終わりとさせていただきます…」と、何だか全く的を射ない話ぶりだ。だが、みんな疲れてもいるし、早く帰宅したいので文句は言わず、話し終わるや否や大拍手で、それにつられて筆者も手を叩く。それにしても部屋にはせいぜい数十人しかいないはずなのに、拍手の音量はまるで球場のそれだ。スピーカーから聴くところによると、実際の講義室の人々の叩く音に大会場での拍手音の録音をうまく合成して流したものだ。それはさびしい拍手でAを失望させてはならないという関係者の配慮からだ。大御所のAならばそれは当然の措置かもしれないが、イカサマまでして恥ずかしくないのかと筆者は内心不満になる。そしてAはもう亡くなったはずではなかったか思っていると、急にAではなく、ひょっとすればMだったかもしれないと思う。どっちにしろ、Mももう女優の活動をやめているので、役者としては死んだも同然かなと思う。
Aの挨拶が終わった後すぐに筆者は席から立ち上がる。すると、2、3ほど前列のテーブル左端にはアメリカ人らしき映像技師がいて、さきほどの映画の見え方の状態を反省している。ベージュ色のシャツにズボンだ。技師のテーブルのうえに液晶画面がある。そこには真っ暗な中にオレンジや赤の小さな光の集合が見えていて、それが上空1キロ近いところから夜の地上を映したものであることがわかる。画面まで1、2メートルほどのところで筆者は見るが、地上の小さな明かりの集合が、大きなWというアルファベット型に並んでいることを知る。夜間に上空から見下ろしたアメリカ国防総省のペンタゴンの一部のように見えるが、そう思い始めると確かにそう思えて来る。そして画面の傍らに立つ技師も軍事秘密に携わる人にも思える。もう一度画面を見ると、Wはきほどとは少し角度が変化していて、飛行機が移動しながら撮影しているようであることがわかる。さきほど見た映画とは何の関係もない映像なのでおかしいなと感ずるが、あるいは映画が始まる前の映画会社のロゴマークを映し出したものかもしれないと思い直す。画面の近くにDVDの空ケースが1個あることに気づく。手に取る。プラスティックのケースの中にカラー印刷された表紙が入っている。最上段の横幅いっぱいに細い書体のサンセリフの白抜き書体で、「KLEOPCOPE」と見える。どういう意味かと思って今度はケース裏に目を移すと、そこにもどうやら同じ文字が印刷されている。今度は全部が見えない。「KLEIDO…」までが判読出来る。それは映画のタイトルのようなのに、それが正しくわからないでは後で調べようがないのでもどかしい。ケースはどちらから開かれてもいいように両面が表紙としてデザインされ、違うイラストが使用されている。いかにもアメリカのイラストといった感じで、マックスフィールド・パリッシュの描くものを連想させる。COLUMBIA映画のロゴになっているあの女性立像の横向きの印象も強い。
やがて技師がひとりで呟く。「映画の画像が悪かったのは、あえてそのようにしてコピーを防止したためだな。映像の複製を阻止するためにはあらゆる手段を取るというわけか。会場で撮影する者もいるからな。しかしこんな質の悪い画像を提供して映画鑑賞会を開催するとは…」。映画が長くて退屈であったのは画質が悪かったためもあるのかと納得しながら、もう部屋から出ようと思って部屋の後方を見ると、そこは教室の黒板サイズのガラス窓があって建物の下方のみが覗き込めるようになっている。部屋はずっとうす暗かったが、その窓から見える眼下の光景は曇天の朝だ。ちらほらと通勤人がバスを待っているという雰囲気で立ち、何人かがその傍らを通り過ぎている。場所はロンドンのどこかだ。信号柱の下方が見えてもいる。みなコート姿でカラフルな服装の者は誰もいない。まるで白黒映画の一場面のようだ。またロンドンとはいえ、それを確実に示す標識は見えない。路面と人が中心の光景だ。だが、部屋の外に出るとロンドンだと知って筆者は内心不安になる。いったいどこへ帰ろうというのか。周りには知っている人物はひとりもいない。ロンドンの全く知らない街角に出てどこへ行けばゆっくりとくつろげるだろうか。そんな心細さを胸にしながらもとにかく部屋から出る。すると暗い廊下で、映画を見た人が足早に奥に進む。筆者もその流れに混じる。廊下は平らではなく、ところどころ少し隆起している。建物の構造上、そのような不細工な造りになってしまったことを悟る。すぐ左手にトイレを発見する。女性トイレの向こうに男子トイレがある。尿意を覚えた筆者はそこにすぐさま入る。中は暗い。そして混んでいる。もっとも近い右端の便器に向かう。小便し始める。白い便器の下方にステンレス製の直径20センチほどの円盤が取りつけてある。どうやらその中心に尿を当てるといいらしいのでそうすると、円盤の二重構造になっている中心部の直径5センチほどが回転する。そして尿の当たり具合によってパカッとふたつに開き、真っ黒な穴を見せる。そこに尿を入れるのが正しい放尿の仕方であることを知り、そのように長い放尿をしていると、左に立つかつての友人Jが筆者の尿加減を覗き込みながらうらやましそうに言う。「勢いがいいなー」。見知らぬ人ばかりで不安であったのが、知り合いを見つけて少しほっとし、そしてこう答える。「あたりまえや、便器から2メートル離れてもこの的の中に小便を入れられるで」。今度は背後に中学生の同窓生のYが立っていて、こう言う。「小回りの利く奴は大物にはなられへんと言うけど、まんまか?」「そらそうや、ちょこまか動いてばかりやったら大きなことはでけへんしな」。そう言いながら筆者は自分の発言を何となく恥じ、そこで目が覚めた。※
単に尿意を催しただけの夢であるだろう。実際起きてすぐにトイレに立った。勢いよく、しかも長く出続けた。朝7時の空は夢の中のロンドンの街角のように曇天であった。テーブル上の液晶画面のオレンジ色に点灯するWの文字はひょっとすればWCの暗示かもしれない。アホらしい夢で書くのも馬鹿らしい気がするのに書いてしまった。