●『マルチュク青春通り』
11日に祇園会館で『恋する神父』との2本立てで見た。『恋する神父』は去年ビデオで見ていたので、上映中に少し眠ってしまった。以前にブログに書いたこととは違う印象を抱いたが、この点はまたの機会に書く。



d0053294_0234673.jpg『マルチュク…』は去年夏にヤフーのトップ画面でも広告が載っていたし、前評判はよく知っていた。『ヒトラー~最期の12日間~』の試写会に行った時にチラシを1枚もらって来て今手元にあるが、チラシだけで想像していたのとはかなり違ってもっとよかった。韓国では2004年1月に公開され、原題を直訳すると『マルチュク通り残酷史』になる。主演のクォン・サンウは自分の代表作と言ったそうだが、それはよくわかる。後半は特に痛快で胸が躍った。そういう経験をあまり映画ではしたことがない。それは普段虐げられている者がある時反撃を決心して密かに力をつけ始め、やがて一気に反撃に出るという過程が、人間にとって普遍的な感情であるからだろう。ずるい奴や権力を傘に着て偉そうにする奴を片っ端から打ちのめす筋立てのドラマは、昔も今も変わらぬ人気がある。そこに誰でも経験がありそうな高校生のほのかな恋心を絡ませて格好よいアクションをふんだんに盛り込めば、なおのことリアルな迫力を持つ。こう書けばこの映画が昔からよくあるような懲悪勧善の単純な娯楽映画に受け取られるかもしれない。確かにその面は大きいが、スカッとさせられて後に何も残らないのではない。この映画でユ・ハ監督が風刺する韓国の1970年代末期は遠い過去ではない。それを思うと監督の勇気を讃えたくなる。政治が異なることもあるため、日本では同様の映画は絶対に作り得ないが、改めて韓国映画の面白さは他国にはない独自のものだということがわかる。だが、日本の観客の多くはそういうことには無頓着で単にクォン・サンウの格好よさに惚れ惚れとするのではないだろうか。祇園会館にはよく訪れているが、この映画を見に行った時ほど大勢の客が入っていたことはなかった。別の日に訪れた従姉に聞くと、同じく超満員で、韓国映画の人気の裾野を実感したそうだ。確かに中年女性客が目立つが、若い人や男性も少なくない。ネットで調べると、この映画について書いているブログにコメントやトラックバック数が30を越えているものがあった。それらは去年夏に封切られてすぐの反応だが、半年経って2番館の祇園会館での上映でも満員であるということは、ネットには無縁であるような中年以上の人々にも韓国映画人気が広まっていることを証明する。
 映画の舞台は1978年のソウルの江南地区だ。主人公のヒョンスは高校2年生で、やがて地価が上がると踏んだ親の目論見にしたがって同地区に移住し、マルチュク通りにある男子生徒だけのチョンムン高校に通うことになる。この高校は柄の悪さで定評がある。江南は今は韓国で最高級のマンションが建つ金持ちの住む場所になっているが、1980年代半ばまではまだ畑が多くて郊外であった。映画の1978年という設定は、日本ではある程度の前知識を必要とする。当時はまだ朴正煕大統領政権であったが、次の全斗煥大統領の時代にかけての時代背景を持つ韓国の映画やTVドラマは少なくないだろう。筆者の見た限りでは『風の息子』がそうだ。日本では他国のことであるので、当時の韓国のことなどどうでもよいと思いがちだが、金大中事件からもわかるように、両国はそれなりに政治的に関係が深い。また、韓国の民衆や学生が70年代末期から80年代初頭にかけて盛んに政府に対して抗議運動を行なったことについても、日本ではもっと昔に安保反対のデモがあったことと比べるなりして、ある意味では韓国は遅れていると冷めた目で見てしまう。「韓国はまだ学生運動をやっているの?」というわけだが、これは韓国の学生が遅れているのではなく、日本の学生が骨抜きの羊みたいになったわけで、それだけ政治家がうまく国民を操っているとも言える。それを世間では「平和」と呼ぶが、その気になれば改善すべき国家的問題など無数にあり、「平和」はただそう思わせられているに過ぎないと考えた方がよい。それが「勝ち組と負け組」という言葉で最近はぐらついて来ているようであるから、いずれまた学生が騒ぐことにならないとも限らない。そう言えば昨夜のTVニュースでフランスでは学生が就職難に陥ってしきりに暴れていると報じていた。それはさておき、この映画によって朴正煕とそれに続く軍事政権の全斗煥時代における軍隊が、学校を監視する体制を敷いていたその実情を知って少々驚いた。
 戦争が終わって朝鮮半島が南北に分断され、北の脅威もあって韓国にはアメリカ軍が駐留し続け、それに対して迎合一辺倒の朴正煕の軍事政権は傀儡であると学生たちから呼ばれた。傀儡はつまり操り人形のことだ。アメリカの言いなりであるという学生の批判は、当時のまだ貧しい韓国を考えれば無茶な言い方な面もあるが、学校の規律を生徒たちに守らせるために教師だけではなく、迷彩服を来たヴェトナム戦争帰りの軍人たちが鞭や棒を持って高圧的に管理を続けるとなると、血気盛んな学生の不満がいやでも高まって軍人をからかいたくなのも無理もない。それにそうした軍人が立派な人格者ではなく、むしろ自分の上司の息子には贔屓をするというのであればなおさらだ。映画に描かれるそうした小さなエピソードはみな監督がかつて実際に経験したか、あるいは身近に知っていたことで、そうした小さな話題の積み重ねがこの映画をとてもリアルなものにしている。それは小説でもよく使用される手で、ひとつひとつのエピソードはいかにも本当らしく見えているが、それらが多く合わさるとやはり虚構となる。その点がこの映画に別に存在する多大な娯楽面と合わさって、見る者に単純な痛快劇と思わせる。しかし、映画とはそのようなものであり、娯楽でありながら、何かこつんとしたものを再認識させる作品が名作と呼ばれる。その意味でこの映画は正に名作だ。かつての自国の軍事政権を一種の笑いものにしてしまえるほど今の韓国は豊かにもなり、またこの30数年で大躍進を遂げたという自信がこのような映画を作らせているのだが、いつか軍事クーデターが起こって韓国政治が逆戻りしたような状態にならないとも限らない。そうなった時にこの映画は上映禁止処分を受けるはずだが、そこに監督の勇気を感ずると言えば的外れだろうか。だが、それは過酷な時代があったからこそ今このような映画が作られるわけで、「現状を喜ぶべし」といった政治家が言いそうな作品にも受け取られかねないから、この映画での描写はまだ生温いとしてさらに過激な挑発の意味を込めた作品を撮ろうと考えている監督があるのではないかと深読みもしてしまう。いや、これはきっとそうではないか。その意味でこの映画はまだ笑いとアクションのあくまでも娯楽としてうまくカモフラージュした、限界の見える軍事政権風刺にとどまっていると言えるが、今後の同様のテーマへの展開を期待させるところにおいて秀逸な作品であるとも思える。
 高校生の恋を描く学園ものとなると、大体どのような内容になるかは誰にでも想像が出来る。だが、この作品では目立った女性はふたりしか登場せず、しかもあまり重要とは思えない。女性を全く登場させなくてもこの映画はあり得た気がする。女性との交際が最大のテーマにはなっておらず、前述したように、あくまでも見所は高校における厳しい規律とその矛盾に対する反抗にある。韓国の儒教社会では年下が年配者を敬うのは常識とされる。学校の登校時間が迫ると、先生や軍人たちは門で待機していて、時間どおりに門を閉め始めるが、ここだけを取り出せば日本でも同様で、先生が鉄の門を一気に閉めて生徒の頭を割って殺してしまうという事件が昔あった。映画ではきっと韓国でも似た事件があったと思わせるような門限重視の態度で、それを破れば体罰が待っている。そして何かと言えば「忠誠」という言葉を強制される。韓国の高校生の詰め襟の黒い学生服は日本のそれと同じだが、これは日本の植民地下に輸入されたもののはずだ。そのため、この映画は日本と共通する文化がある点で違和感がない。むしろ違和感を覚えたとすれば、生徒たちがみな詰め襟のホックをしっかりと止めて帽子も被っていることだ。日本では今ではすっかり詰め襟の「詰め」の忘れ去られ、たとえばNHKでインタヴューを受ける高校生でも平気で襟のホックをだらしなく外している。それを親も先生もまた年長者も誰も注意しない。もはや完全に意味のなくなった詰め襟の学生服で、一方で女子高校生は夜の女でも恥ずかしがるような超ミニ・スカートで、目はパンダのように真っ黒にマスカラを塗りたくって学校に通う。軍人がのさばって学校内にまで進出して偉そうにする世界はまっぴら御免だが、規律も忠誠も完全に死語になって何でもありの状態をただ「今風」であるとの一言で見逃す状態もまた異常に思える。詰め襟は軍服の変形したものだが、用を成していない日本のそれは即座に撤廃する方がよい。
 この映画で興味深かった点は多々ある。そのひとつは規律の厳しい社会でもエロ雑誌が高校生に浸透し、それなりに日本やアメリカの最先端文化が伝わっていたことだ。あたりまえと言えばそうなのだが、70年代の韓国にどのような状態で日米の文化の情報が伝わっていたかのちょっとした関心を惹起させてくれて面白い。韓国旅行する日本人は今はあらゆる世代に及ぶが、ちょうどこの映画が描く70年代末期は日本人男性が大挙してキーセン旅行をしていた。それはすぐにフィリピンや東南アジアにも広がるが、露骨な買春旅行はやがてマスコミが盛んに取り上げて下火になって行った。ただし、これは表面的な話であって、もっと純粋に観光を楽しむ女性たちが増えたので目立たなくなっているだけかもしれない。あるいは日本でいくらでも外国人女性が安価で買える世の中になったので、外国まで行く必要がなくなっただけか。それはいいとして、軍事政権下であっても日本人が韓国を訪れていたとなれば自然と日本文化は入って行く。たとえば韓国の空港で没収されたエロ本があるルートで民間に流れることはいくらでもあったろうし、そうしたものを高校生が入手することも充分あり得たはずだ。そしてそのようにしてあらゆる外国文化が韓国に同時代的に入り込み、流行に敏感な高校生がそれらを飢えたように求めるのもよくわかる。この映画で重要な要素となっているのはブルース・リーの少林寺拳法だが、韓国でもそれは衝撃的であったらしく、70年代末期になってもまだ高校生の間に人気を保っていた。気が弱くて喧嘩もしないヒョンスがついてに「切れて」決心をし、肉体改造を続けて筋肉隆々の体を得るシーンがある。そこはこの映画の最も感動的な部分で、ようやく「権力」にひとりで立ち向かうヒーローの姿をクォン・サンウは見事に演じている。彼の魅力に気づかない人もこの映画ではすっかり納得するだろう。
 素晴らしい肉体美を見せるクォン・サンウが映画のほとんど最後近くなって登場するからには、その肉体を駆使して「悪い奴ら」を徹底的にやっつけてくれる必要がある。そして期待どおりにその場面は訪れる。だが、そんなヒョンスも恋する女性には振り向いてもらえない。この設定がまたよい。青春とはそのようなものだ。可憐な女子高校生を演ずるのはハン・ガインで、映画では実際の描写はないが、駆け落ちをするなどかなり大胆な行動を取る。そして本物の男を見抜く目は持っていない。だが、女とはもともとそんなもので、特に美人はそうだ。であるからこそ人間界に残酷なドラマが生まれる。そのため、この映画でのハン・ガインの役割はとても筆者にはリアルに見えた。さきほどこの映画に女性は不要と書いたが、あまり重要とは思えないハン・ガインも、結局はリモート・コントロールで高校生男子を狂わせていたわけで、男は女に振り回される存在でしかない真実を見事に描いていて、これは高校生でなくても男には身に染みる。もうひとつ面白い点をあげれば、学校の先生たちがみなユニークなことだ。英語の先生は文法を覚えてもらうためにいつもスケベエな語呂合わせを言っては男子生徒を笑わせるが、こうした直接映画のストーリーに関係のない事柄も監督の経験に負っているのだろう。先生がユニークであれば生徒もそうだが、実際この映画ではハンバーガーと呼ばれるエロ本を貸して小遣い稼ぎをしている者や、ボールペンを気に食わない奴の頭に突き刺す者、風紀委員であることをいいことに弱い者いじめをする人物など、まるでヤクザ映画そのもののような悪役が勢ぞろいしている。こうした人物が学校で大喧嘩する場面は日本ではそこまではまずやらないほどのハードさで、迫力は半端なものではない。つまり、カンフー映画をそのまま70年代末期の韓国の閉塞感いっぱいの高校生たちの学園社会に移した時にどうなるかを考えた作品で、最大の見所はアクションにある。そんな見事なアクションは日本ではどの時代を捉えた映画に内蔵させ得るだろうか。韓国映画の面白さはまだまだ開発され続けられる予感がある。
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by uuuzen | 2006-03-27 23:58 | ●鑑賞した韓国ドラマ、映画 | Comments(0)


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