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●大阪市環境事業局舞洲工場
大阪の海遊館から対岸を臨むと遠くに金色に輝く丸い玉をつけた青い塔や派手な色合いの建物が見える。舞洲(まいしま)という埋め立ての人工島に建つゴミ焼却場で、その建築デザインをフンデルトヴァッサーがしたことは有名だ。



1997年から着工され2001年に完成した。舞洲は今はスポーツ施設が多いが、これは大阪にオリンピックを誘致しようとした計画の産物だ。2008年に開催される次のオリンピックは北京に決まったが、その発表の直前まで大阪の地下鉄や図書館などのポスターには、居酒屋の品書きを並べたそのひとつに「オリンピック」と書き、「おっちゃん、オリンピックちょうだい」というキャッチ・コピーが目立つように配置されていた。そんな大阪らしいジョークは通用せず、結局夢に終わった。舞洲工場が出来るまで、大阪市内にはそれまで9つの焼却場があった。舞洲工場は10の焼却場では規模が最大で、毎日2基の焼却炉を24時間稼働させて450トンのゴミを焼く。当然、建設が始まる前に設計が完了している必要があるから、フンデルトヴァッサーがデザインを依頼されたのは遅くとも90年代半ばであろう。その頃に大阪はオリンピック招致を考えていたのかもしれない。舞洲に新しいゴミ焼却場を作るとして、その舞洲を中心にオリンピック施設を充実させるのであれば、橋をわたってすぐに見えるゴミ焼却場が殺風景な巨大な鉄筋コンクリートの箱ではなく、芸術的なデザインである方がよいのは言うまでもない。世界に向けて大阪をアピールする時にそれは格好の素材になると、当時の市長らが考えたのかどうか知らないが、フンデルトヴァッサーのデザインした建物が残っただけでも美術ファンにとっては嬉しい。フンデルトヴァッサーは2000年に亡くなったので舞洲工場の完成を見ていないが、精巧な模型があるし、以前に生まれ故郷のウィーンに同じくゴミ焼却場をデザインしてその完成は見ているので、容易に完成した様子は想像出来たであろう。1年ほど前、舞洲工場に行きたいと真剣に思うようになった。ネットで調べると10人以上の団体のみ受けつけるとあった。小人数でぱらぱらと来られたのでは案内にも困るであろうし、また筆者の周りにわざわざ1日を費やしてゴミ焼却場に行きたいと思う連中はいないので、見学は諦めていた。先日またネットで調べると事情が変わって、ひとりからでも見学が可能になっていた。ただし、訪れる日の最低10日前に予約を入れ、しかも申し込み用紙を送ったりする必要はある。平日のみ、午前1回、午後2回の見学時間が設けられていて、午後1時半の部を申し込んだ。もちろん無料だ。
 それで15日に梅田でパウル・クレー展を見た後にJRに乗って桜島まで行った。そこからバスに乗り代えて10分ほどだ。好天に恵まれてよかった。桜島は環状線の西九条駅から出ている線で3つ目の最終駅だ。ユニヴァーサル・スタジオ・ジャパンがすぐ近くにある。桜島には初めて下り立った。そう言えば今月25日まで有効のユニヴァーサル・スタジオの割引き券が手元にあるが、それは使うことがない。ディズニーにしろ、こうした大型テーマ・パークはそれなりに面白いであろうが、いつでも行けるというのでなかなか腰が上がらない。また正直なところ、筆者はあまり遊園地は好まない。これはかつて書いたことがあるが、筆者が小学3、4年生の頃、奈良にドリームランドが出来た。母親は近くの市場で買物をするともらえるクーポン券をたくさん集めて、それを市場での買物には使用せずに、団体バスをチャーターしてドリームランドに訪れる秋の日帰り旅行を選んだ。母と筆者と上の妹の3人が参加した。ところが入場料は不要だが、乗り物代は別だった。そしてそれは母にとっては目をむくような高額であった。結局園内をぐるぐる歩いて時間を潰し、何も乗らずに帰って来たが、筆者も妹も母の顔色をうかがって乗り物を利用したいとは全く思わなかった。「夢の国」と命名されたそのような遊園地のその「夢」とは「お金」の言い換えであって、お金がないことには何も楽しめないことくらいは筆者は充分にわかっていた。であるので、母がドリームランドへ連れて行ってやろうと言った時は嬉しい気持ちも湧かず、むしろお金のかかることで母を苦しめたくないと思っていた。せっかくのドリームランド行きは母を落胆させただけで、そのことがあって以来、筆者は遊園地を嫌うよりになった。息子が生まれてもほとんどそういう場所には連れて行ったことはない。遊園地は子どもが喜ぶというより、大人が子どもによくしてあげていると思って満足する施設だ。もちろん今では素直に遊園地を楽しめるが、それでも乗り物の利用が高価なことを思うと、生活保護にかかっているような貧しい子どもたちに全部無料で開放するような日が毎月あっていいと思う。ドリームランドはもっと豪華なテーマパークが登場したことによって何年か前に閉鎖になったが、それでよかったと思う。
●大阪市環境事業局舞洲工場_d0053294_11085465.jpg
 桜島で下りた若者たちはみなユニヴァーサル・スタジオに行ったはずだが、筆者と家内は駅のすぐ前の通りをわたってバス停で20分に1本のバスを待った。あたりには食堂1軒見当たらない。海がすぐに迫っていて、対岸に海遊館や大観覧車が間近に見えた。海がなければ徒歩で5分ほどの距離だ。たくさんの人が見学に訪れると予想していたのに、バス停では他に2、3人がいるだけであった。時刻表どおりにバスは来た。バスが此花大橋をわたる時、前方の左右にフンデルトヴァッサーのデザインの建物が視界に入って来て、少し興奮した。間近で見るのが初めてであったからだ。ちょうど1時に、つまり見学開始から30分前に到着した。バス停のすぐ近くに見学者入口の背の低い門がある。周りにはコンビニひとつなく、時間を潰せそうな場所もない。適当に写真を撮ろうとしていると、男性ふたりが建物から出て来た。予定より早いが今すぐ見学出来ると言われた。たったふたりだけのために、通常と同じように説明やビデオ鑑賞など、たっぷり2時間を費やして見学させてもらった。普段は小学生の団体の見学が多く、また海外から視察に来る人もあって、ふたりだけの案内は珍しいそうだ。工場は2交代制で108名が働いている。大きな施設であるのでこの人数では少ない気がするが、焼却など大半は自動化されているので、計器類を操作する人だけがあればいいのかもしれない。だが、2基ある焼却炉はたまには点検や部品交換をする必要があるから、無人化は出来ない。フンデルトヴァッサーのデザイン料は6600万円で、建設費は609億円との説明であった。デザイン料が安いのか高いのかわからないが、これで大阪の宣伝になるのであれば安い。驚いたのは、建物に使用する石材やタイルはみなイタリアやドイツで焼いた特注品であることだ。実際に訪れないことにはわからないが、床の石材は多種類のものをうまく組み合わせていて、中にはきらきらと光沢のあるものも混じっている。また煙突や柱、建物の窓に使用されているセラミックはみな形や色が違っていて、つまり規格品は一切使用していない。こうした芸術に属する建築部分の費用が全体の何パーセントを占めるのかは知らないが、世界にウィーンとここだけしかないフンデルトヴァッサーが設計した大がかりな建築デザインと思えば安い。建設したのは大成建設と銭高組の共同企業体で、内部の焼却炉などの設備は日立造船が請け負った。
●大阪市環境事業局舞洲工場_d0053294_1426713.jpg 大阪湾の埋め立て地に異様に出現している、一見ラヴ・ホテルのような形と色合いの建物ではあるが、フンデルトヴァッサーは樹木を建物内部や周辺にたくさん植えることを指示していて、それらは順調に育っている。実のなる木も含めて100種類ほどあるとのことで、今後はもっと森のように繁茂するであろうし、そうなれば重厚さが増して、市民にもっと愛される建物になるであろう。フンデルトヴァッサーのデザインは主に外観だけと言ってよいが、内部のエレヴェーター・ホール、廊下、屋根やそれに隣接する庭園部分もデザインもしている。庭までは予約せずとも訪れることが出来るが、庭の通路が蛇のようにくねくねと折れ曲がっているなど、子どもが喜びそうな遊園地っぽい趣は一見の価値が。ある。夜間は時間に応じて照明を変化させているが、これはもっと市内の真ん中にあっての効果で、車の通りが少ない舞洲では意味がほとんどない。同じことは煙突塔にも言える。ウィーンのシュピテラウ地区に建った焼却場にも同様の煙突があるが、そこには地上100メートルほどの高さに展望レストランが設けられている。もちろんエレヴェータを利用するが、ウィーンではこの施設は観光名所として有名なものになっている。大阪もそれを見込みたかったが、オリッピックの夢が消え去り、一応スポーツ施設などがあれこれはあるものの、展望レストランで食事する客の期待か出来ないため、当初の設計とは違ってレストランやエレヴェータは省いて建てた。しかし、これは将来的にはわからない。舞洲へのアクセスがもっと便利になり、若者に歓迎される施設が揃うとレストランも必要になる。だが、ゴミ焼却場の煙突に取りつけられたレストランでの食事となると、イメージが悪いこともあるので敬遠する人もあるだろう。フンデルトヴァッサーをそこを考えてこそこういう建物をデザインしたのだが、現在の焼却施設はダイオキシンを発生させず、また臭気も全部取り除き、焼却の段階で発生する余熱や蒸気を利用した発電によって、焼却施設のすべての電力を賄ってさらに余剰分は関西電力に売ってもいるので、完全に公害対策がなされた焼却発電施設となっている。
●大阪市環境事業局舞洲工場_d0053294_11091820.jpg
 見学は建物の5階にまず上がって説明を受けるが、広い廊下の片隅にシュピテラウ地区の焼却場の模型と舞洲工場の模型が並べて展示されていた。また団体が説明を受ける部屋では当初の煙突塔の青い模型も置かれている。それにフンデルトヴァッサーの版画もたくさんある。子どもが楽しめるような説明設備があちこちにあるのもよい。またゴミ収集車が入って来てゴミをピットに放出するところ、そのゴミを巨大クレーンがつかんで焼却炉に放り込むところなど、全部ガラス越しに見物出来る。建物内部の特に焼却炉間近の部屋に立つと、独特の臭気が鼻をつくが、これは仕方がない。そうした中で誰かがこれらの都市ゴミを焼却する役割を担当する必要がある。廊下の壁に大阪市内のゴミ収集とその処理の歴史を説明する写真が何枚もあったが、昭和30年代までは人海戦術に頼るもっとひどいものであった。ただし、当時はゴミの量は今よりはるかに少なく、また有機ゴミは農家に売られてもいたので、それこそフンデルトヴァッサーが理想とする自然との融和の中での生活がまだ辛うじて保たれていたと言ってよいかもしれない。展覧会図録の年譜によると、彼は1979年に「糞の文化-聖なる糞」を宣言し、換気口のない腐植土式くみ取り便所と植物による水の浄化を実験している。環境問題に関しては先駆的な発言と実行をしていたことがあってのこの舞洲工場のデザイン設計であり、生涯最後の大規模な作品と言ってよい。来月11日から京都国立近代美術館で没後初の大規模なフンデルトヴァッサー展がある。舞洲工場からは模型が出品されるが、それをきっかけに舞洲工場を訪れる人が増えればいいと思う。それは彼の芸術を鑑賞することよりも、むしろゴミをどのように集め、それをどう処理しているかの現実を知ること、さらには可能な限りゴミは出さない生活を心がけるという生き方の問題に目を向けるきっかけを促すことになる。フンデルトヴァッサーはいかに人間が自然を破壊しているかを見つめ続け、その中でどういう解決法があるかを実験、実践した。
by uuuzen | 2006-03-21 00:31 | ●展覧会SOON評SO ON
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