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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●「モクレンに 黙して見よと 諭されし 雲なき空に 白き花満つ」
延(はびこ)りを 懲りて忘れる 物臭の 腐す蔓草 萌える新緑」、「鶴の首 蔓に見立てる 若冲画」、「枯れ蔓を 束ねた紐で 柴揃え」、「枯れ枝を 積んで放置の 庭の隅」



●「モクレンに 黙して見よと 諭されし 雲なき空に 白き花満つ」_d0053294_00574519.jpg
春の花は桜が一番有名だが、筆者は桜よりかなり早く咲く梅が好きで、遅く咲く白木蓮も気になる。あまりに大きくなるので植えたことがないが、購入した隣家の裏庭に辛夷の木があって、毎年わずかに開花する。すぐ隣りにネコヤナギもあるが、去年虫が発生してかなり枝を払った。それでもまた伸びて来るだろう。もう数日で白の牡丹が開花しそうで、毎年のことだが、その蕾は10ほどある。ほとんど放ったらかしにしているが、数年前に買った10キロの鶏糞を忘れた頃、つまり年に一度は与えている。それが最近なくなったので、また買いに走るつもりでいる。木蓮は本格的な大きな作品として染めたことはないが、木蓮のみの画題では面白くならない気がしているので、添える画題、つまり一昨日言及した踏切の一部の黄色と黒の斜め縞模様のようなものが必要だ。それが思いつかないのは木蓮は桜ほどに見る機会がないからで、また見かけても木蓮にふさわしい別の何かがそばにあることはないだろう。それほどに木蓮はそれだけで完結している。ただし筆者がそう思う木蓮は白のみで、紫木蓮はあまり好まないが、紫木蓮もさまざまだ。花弁の裏側が白のものが多いが、裏表とも赤紫色の品種があって、これは印章が強烈で好きだ。紫木蓮は白木蓮と違って、小さな葉が出て来ると同時に開花し、その黄緑色と花の赤紫が好対照を成してよい。白木蓮の紫木蓮より早く開花し、また花が散ってから葉は出て来るので、絵にする場合、色合いは無彩色となる。意匠化するにも葉がまだないので素っ気ない印象になるが、そのことが却って紫木蓮のような華やかさではない、どこか宗教じみた敬虔な雰囲気を発散する。それで白木蓮を画題にすると清廉な雰囲気を感じさせるものになるが、もちろんそれは作者の内面、つまりどういう思いを真摯に込めたいかということによる。こんなことを書いていると急に作品を作る気分が湧いて来る。そういう一瞬の思いはとても大事だ。筆者は40年ほど前に木蓮を盛んに写生し、いつでもそのスケッチを元に友禅の技法で作品を作る自信はあるが、何らかの契機、それも一瞬で充分なのだが、それがあれば後は自ずとその思いが拡大し、やがて実制作に取りかかれる。そうなれば後はひたすら作るだけで、1年ほどかかる場合もあるが、一瞬の思いが1年も要して見える作品になるというのはあまりにも効率がよくない。それに作品が売れることを考えずに作るのは骨折り損で狂気と言ってよいが、侠気があってのこととの思いがあり、ひとりで狂喜出来ればそれでよい。こうして書きながら、作品の色合いが脳裏に浮かび、何となく驚喜している。
●「モクレンに 黙して見よと 諭されし 雲なき空に 白き花満つ」_d0053294_00580793.jpg
 以上のことは何年か前に違う形で書いた気がする。そのついでにまた繰り返しておくと、筆者が盛んに写生した木蓮は梅津の従姉の近くの民家にあるもので、毎年その木が大きくなって花の数を増やす様子が楽しかった。ところが筆者が嵐山に転居して数年経った頃、庭の大部分を占めて家屋に日陰部分が多くなったためか、かなりの枝が伐採され、高さも低くなった。当然花の数はうんと減り、筆者の興味も失せた。やはり家の前庭に植えるのは京都市内では無理な植物で、大きな木はよほど広い場所が必要だ。ところがそういう木蓮にほとんど出会ったことがない。また他の木と同じく、開花し始めて木蓮と気づき、またこの花は桜よりも寿命が短く、最盛期はほとんど1,2日だ。そして散り際はかなり酷く、花弁はだらりと垂れて茶色になる。辛夷は木蓮よりも小型の花で、また咲いた時は木蓮と違って花弁がある意味、だらしない形で大きくねじれて広がり、描きたい気にはなれない。それで隣家に毎年咲いても筆者は割合冷淡で、撮影もしない。それに木蓮と同じく、開花すればすぐに散るはずで、描く気があれば蕾の頃から心づもりしなければならない。木蓮の写生も同じで、また厄介なことは見上げる高さに開花して間近で花が観察しにくいことだ。脚立に乗って描くには自宅に植える必要はあるから、題材的にやはり縁遠くなりがちだ。さてここから写真の説明をする。最初の写真は3月17日、渡月橋から東100メートルほどにある市営駐車場の南端で撮った。満開になったばかりで、3日後には無残な姿になっていた。右下に見える屋根はトイレのもので、そのトイレを除けばまだまだ大きくなれる土地の余裕はある。この写真を見ていると、あるいは現場で実際に咲いている様子を見ると、どのように屏風に表現すればいいかとやはり戸惑う。つけ足すものが何もないからだ。一部分を描くか、花の数を思い切り省略すれば、それなりに面白い構図は出来そうだが、そういういわば斜めから攻める方法は面白くない。正面から挑めば写真のような月並みで面白くない作品になり、一部を描くと逃げた気持ちになることを筆者は40年前から思っているので、どうにも歯が立たないのだが、今日の最初の写真を改めて見ながらわずかに光が差し込んでいる。この最初の写真を撮ったのは、家内と自転車を連ねて三条大宮まで買い物に行く際だ。またその帰り、太秦で大型スーパーに立ち寄った際、その広い自転車置き場から2枚目の写真の眺めに遭遇した。50メートルほど先に大きな木蓮の木が3、4本見え、しかも満開になっているではないか。そのような光景は生まれて初めだ。ただし撮影はしなかった。それが気になり3日後の20日にまた家内と自転車で同じスーパーに出かけ、そして2、3、4枚目の写真を撮ったが、木蓮は川沿いにほかにも並木のように10本近くあった。
●「モクレンに 黙して見よと 諭されし 雲なき空に 白き花満つ」_d0053294_00582797.jpg
 これらの木はとても背が高く、筆者が見た木蓮では最大のものだが、花が小型で、辛夷かもしれない。4枚目の写真を見るとたぶんそうだろう。辛夷は山間によくあって、遠目には古武士の集団に見えるというので辛夷という名前がついたと聞く。山間にあれば高さ10メートル以上になっておかしくなく、またそれほどの大木でなければ遠目には目立たない。去年3月7日、筆者は家内とともにこれらの木蓮ないし辛夷の並木のすぐ近くを歩いた。そのことは「コロナ混論時の右京オレオレ歩き―またまた道に迷った」と題して投稿したが、「オレオレ歩き」は四つ辻ごとに同じ方角に折れ曲がって歩くことで、同日載せた地図では右手の3つの黒丸のうち、中央のそれがある辺りがこれらの木蓮並木だ。去年3月7日ではまだ蕾で、筆者は気づかなかった。今年は買い物を済ませた家内を自転車置き場に待たせて2枚目を撮った後、筆者ひとりが自転車に乗って眼前の並奥へと走ってって3、4枚目を撮ったが、撮影直前に並木際にパトカーが停まっていて、それが去るまで少々待った。不審者と思われないとは思うが、誰も気に留めない並木を見上げてカメラをかまえる姿を見れば目には留まるだろう。今日の投稿では書かないが、筆者には別に撮りたいものが視界に入っていて、3、4枚目を撮った後、一旦家内の待つ駐輪場に戻りながらまた引き返して自転車を下り、しばしうろうろついた。そしてひとりしか通れない狭い通路を歩いたが、それは去年3月7日に家内と「オレオレ歩き」をした道で、まさかその道をまた歩くことになるとは夢にも思わなかったので変な気持ちがした。その思いは目指すものに辿り着けなかったことで倍化した。その目指すものは遠目に見て撮影しただけで、もう一度筆者は現場を歩いてどうしても確認せねばならない気がかりがある。来月下旬以降にはそのことについて書く準備が整うだろう。話を戻す。2、3,4枚目の写真は京都市内とは思えない眺めで、木蓮ないし辛夷が植物園以外でここまでまとまった形で雄大な姿を見せる場所はないだろう。4枚目は間近では写真に収め切れない高さだ。こうなればもうそのままを描くことは無理だ。桜であればその意匠化された五弁花を、判を捺すように繰り返して描くことが日本画や友禅では馴染みの手法だが、木蓮や辛夷はその六弁の花を桜のように意匠化して表現して来た歴史がない。そのことも手伝って新たに試みても木蓮や辛夷には見えない。そこにこの植物の捉えにくさがある。今日の最初の写真のような開花し切らない状態でしかも真横から見た様子ならば最も認識されやすいが、それでは平凡な作品になりがちで、わざわざ描かなくても写真で充分ではないかと思われてしまう。「名作を 求めて多き 迷い作」、「モクレンの 白さに応ず 紙と髪」、「モクレンを 黙して想う 闇の月」
●「モクレンに 黙して見よと 諭されし 雲なき空に 白き花満つ」_d0053294_00584482.jpg

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by uuuzen | 2021-04-09 23:59 | ●新・嵐山だより
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