「
票稼ぎ 金も稼いで 勘違い」、「自惚れて 面の皮張る 若作り」、「どうにでも 変えては自慢 顔と意思」、「悪党が 右翼気取って 神穢し」、「さようかと 左翼うなづく 他人事」、「ありのまま 有馬温泉 鹿も入り」、「仕方なし 泥舟沈み また造り」、「切りがなし 話題転換 気分変え」

最初の数句は目下ネットで話題の愛知の件。例の金満家が出るTVのCMを見ると筆者はしばらく気分が悪い。脱税で20億円ほど追徴課税されたそうで、さすが「貧乏たらっしい」ことを嫌って公言するだけはあるが、卑しい貧乏根性が骨の髄までしみ込んでいるので、巨額を脱税するのではないか。遠くから目立つには、昔は新聞やラジオ、戦後はTV、そしてネットを媒介するように変化して来た。それに伴ない、目立ちたがり屋の見苦しさが目立って来た。特に晩節を穢す連中がそうだ。これは男女差がなく、古希を迎えてもまだ総理大臣を夢想する野心家がいる。「狐かな たぬきだろうよ 緑のな」、「即席の 麺類に似た 足跡や」、「またずれた 元に戻して さあGO TO」 で、今日は先日投稿した×印に交わる渡月橋近くの松の彼方に見える京都タワーだ。これは建設される話が持ち上がった時、反対意見もあったが、東本願寺の燈明のようだと好意的に受け取る思いもあって、池田遙邨は画題にした。そこからは新しい日本画は新しい建築物も描くという思いが伝わった。それはともかく、渡月橋からも京都タワーは見える。沈む夕日に照らされて光っている時は特に目立ち、その時間帯に嵯峨のスーパーに行くようになってからは意識して見る。渡月橋背後の亀山公園の高台からは確認していないが、ほとんど遮るものがない状態で見える限界は、京都盆地の西北端の渡月橋としてよい。地図で距離を測ると7.4キロで、直線道路があれば徒歩2時間だ。そのマッチ棒のような京都タワーを見ながら、鳥なら一直線にもっと短時間で飛んで行くことを思い、渡り鳥が外国から飛来することは、徒歩による四国八十八か所やサンチアゴ・デ・コンポステラの聖地巡礼に比べると割合簡単であろうと想像する。京都タワーはおそらく市内のどの高層マンションの高い階でもほとんど見えるので、北斎の『富嶽三十六景』に倣って、遠くの京都タワーを収めた各地の写真を撮るか、あるいは描くかという思いを筆者はすぐに消し去る。池田遙邨もそう思ったのか、京都タワーのみをごく間近で見上げて描いた。それは『富嶽三十六景』的ではなく、京の新たなシンボルとしての塔を、シンボルそのもののように捉え、京都の街が京都タワーと同じ鉄筋コンクリート製が幅を利かせるようになったことを暗に示している。それはさておき、京都タワーが市内のどの範囲の道路上から見えるかについて筆者はそれなりに関心があるが、建物が邪魔をして、烏丸通り以外からはほとんど見えないだろう。それでなおさら渡月橋の上か、そのすぐ近くの桂川左岸から見える様子が面白い。

遮るものがないのは桂川があるからで、松尾橋や上桂の上野橋からでは方向が違って見えない。桂川沿いの自転車道路を走ると、その眺めの角度が変化して行く様子がよくわかる。さて、ここからが本題。渡月橋付近から京都タワーを眺めると、すぐ右側に高さ半分ほどの塔がある。気になりながら、鳥であればすぐにわかるのにと、調べなかった。自転車で走ればわかるだろうが、地図でどうにかなるはずと考え、今日の最初の写真の撮影場所と京都タワーを地図上で直線で結んだ。その直線上からわずかに南にその塔はある。そこでグーグル・アースで京都盆地を斜め上から見ればよいと考えたが、以前は見ることが出来たそのグーグル・アースの鳥観図としての航空写真は、グーグル・アースをダウンロードし直しても見られない。VISTAからWIN 10にアップした際、パソコンの機能が追い着かなくなったのだ。同様に一部の機能が使えなくなったソフトがある。次に、ストリート・ヴューの航空写真を確認した。これは地図と同じく真上からの撮影で、塔であってもその高さは認識出来ない。それでもとにかく渡月橋と京都タワーを結ぶ直線上を鳥の気分で何度か往復した。すると、航空写真は太陽がかなり傾いている時の撮影で、塔とわかる建築物の長い影を見つけた。五条七本松に昔からある球体のガス・タンクふたつの間に位置する。このガス・タンクの周辺に筆者は現在も使用している友禅の道具についての昔の思い出がある。それを譲ってもらった女性は借金に追われ、身を持ち崩して消息はわからない。ストリート・ヴューによってその塔の周辺各地の道路から眺めると、近過ぎて家屋が邪魔をして塔は見えない。ようやく塔から400メートルほど西から見えることを確認したのが、今日の2枚目の写真で、ストリート・ヴューから取った。3枚目の地図は、赤線が京都タワー、黒線がガス・タンクの塔を結ぶ。ごくわずかに黒線は赤線より下方で、そのずれの分量が今日の最初の写真に表われている。またこのずれは、筆者が嵯峨のスーパーに向かうために桂川左岸を東に歩いて行くと、たとえば渡月橋から100メートル東の市営駐車場ではもっと広がる。あたりまえのことで、逆に反時計回りに進めば、京都タワーの白い胴体にガス・タンクの塔がすっぽり収まるはずだ。だが、撮影出来るそういう場所があるかどうか。それはまたの話題として、嵐山から臨む京都タワーは、天気が悪ければよく見えず、日没前の太陽に照らされているわずかな時間が最適だ。夜はライトアップされてはっきりと見えるが、ガス・タンクの塔が見えない。その塔や京都タワーや間近では却って見えず、充分に見通しの利く場所が必要で、見えやすい時間帯がある。「陽が沈み 光当てらる 遠き塔」、「遠くから 仰ぐ小さな 塔光り」、 「確実に 向こうに見える 高き塔」 人間も同じであってほしい。目立ちたがっても、目立たせるのは他人だ。

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