擦り音はレコードやテープではあたりまえにあった。筆者は古い世代であるので、そうした雑音は気にならない。むしろたまにレコードやカセットテープを聴くと、そのアナログの音にとても満足し、たっぷりと聴いた気になる。

同じ音楽をパソコンのYouTubeで聴くとまるで時間の流れ具合が違い、音楽の本質ではなく、限りなくその周辺のカスに触れている感じがする。実際は同じだけの時間を費やしているので、損したという思いが強まる。何が言いたいかと言えば、アナログ時代でも音楽愛好家は充分に堪能していたということだ。それはさておき、今日はサンタナの曲を取り上げる。今月1日から数日にわたってアレックス・ウィンターの企画への支援者に提供された
ザッパの未発表音源について書いた。その関連を思ってのことだが、このカテゴリーを始めた頃からサンタナについてはいずれ取り上げるつもりでいた。とはいえ、筆者はサンタナのアルバムは持っていない。あるいは確認していないが、持っていても1、2枚だろう。そして確実に持っていると自覚しているのは『ムーン・フラワー』のカセットだ。そこに今日取り上げる曲「哀愁のヨーロッパ」の大ヒット曲が含まれる。この中古カセットは、20年ほど前、ガラクタ市のような場所で入手したと思う。両面で90分で、とても音はよく、大きな音量で聴くと高音の伸びがとてもよく、それはCD以上だと想像する。同じことはザッパの『シーク・ヤブーティ』の「ヨー・ママ」をLPとCDで聴き比べるとよくわかる。LPの伸びやかな音をCDは再現し切れていない。アナログ録音をデジタル化する場合、必ずそうなるのかどうか知らないが、同じステレオ装置で聴き比べると双方の録音が全然別物であることはわかる。カセットとレコードとなると、おそらく後者の音が総体的にいいはずだが、『ムーン・フラワー』のLPを筆者は所有せず、比較出来ない。またその必要がないほどにカセットの音がよくて満足している。それにLPでは2枚組で、全部聴くには4回針を落とす必要があるが、カセットではその手間は不要だ。それで思うのだが、なぜこういう小型で扱いやすいものが廃れたのか。CDに慣れるとカセットが曲の頭出しに不便なことに苛立つが、カセットのA面、B面を最初から最後までじっくりと聴くという気持ちになればいい話で、また音楽を聴くとはそういう気分の余裕がなければ本質はわからないだろう。デジタル時代になってアナログは全部古臭くて使いたくないというのは行き過ぎだ。カルロス・サンタナはアナログ時代にデビューし、30代半ば過ぎでデジタル録音を知った。それは音楽家としての完成はアナログ時代にあったことであり、デジタル臭のある加工音を好まないのではないか。もっとも、筆者は80年代以降のサンタナにあまり関心がなく、サンタナがテクノ・サウンド的なアレンジを好んだかどうか知らない。
サンタナはザッパより7歳下だ。そのサンタナを同じギタリストのザッパがどれほど意識したかは、インタヴューが残っているのかどうか知らないが、筆者は1981年の通販アルバム『黙ってギターを弾きな』の2枚目冒頭に「カルロス・サンタナの秘密コード進行による変奏曲」と題する曲があることに驚いたものだ。同曲はサンタナ風の乗りのよさはあるものの、具体的にザッパのソロのどこがサンタナの秘密コードを使っているのかはわからない。同曲は80年の暮れにライヴ収録されたザッパのオリジナル曲の中間部のソロだ。そのソロの最後に、「秘密コード進行による変奏曲」では省かれたサンタナの「シーズ・ノット・ゼア」がそっくりそのままカヴァーされていることが、前述のアレックスが支援者に提供した音源から判明した。そのヴァージョンをザッパはラジオ・ショーのために他の曲とともに編集した。今後もアルバム化はされないと思うが、その理由のひとつに「シーズ・ノット・ゼア」が含まれるためということはないだろう。だが、ザッパは「秘密コード進行による変奏曲」では同曲の部分を省いた。他人の曲をカヴァーすることをあまり好まなかったからかもしれない。もっとも、同曲はサンタナのオリジナルではなく、60年代のゾンビーズのヒット曲だ。サンタナはフリートウッド・マックの「ブラック・マジック・ウーマン」をカヴァーして世界的に有名になり、柳の下のどじょう狙いが当たったと言うべきか、77年に「シーズ・ノット・ゼア」のカヴァーでも大いに当てた。その大ヒットをザッパも感じたことが「秘密コード進行による変奏曲」からわかる。だが、それはカヴァーのカヴァーであり、サンタナのカヴァーとは違って演奏が大いに変化しているか、あるいはおおよその原曲の再現性が同じ、つまりサンタナのカヴァーをかなり踏襲しているのであれば、演奏に込めた意図は大きく違っているはずだ。これをどう判断すべきかは、聴き手によって異なるのはあたりまえとして、「秘密コード進行による変奏曲」からサンタナの演奏を思い出す人は少数派で、ザッパの個性が横溢していると筆者は思う。つまり、「シーズ・ノット・ゼア」が含まれていようがいまいが、それはザッパにとってあまり重要ではなく、ザッパは自分独自のソロを聴いてほしかった。ではザッパはサンタナをおちょくったのかと言えば、そうではない。ザッパは60年代末期からサンタナに注目し続けたはずだ。ただし、サンタナが73年に一緒に演奏したジョン・マクラフリンの演奏にも注目したであろう。70、71年はマクラフリンのマハヴィシュヌ・オーケストラはザッパのマザーズとブッキングされ、ザッパはマクラフリンの生演奏に接している。お互いに影響を受ける年齢ではなかったが、双方ともジャズ風のロックの道を歩んでいたから、反面教師的に学ぶことはあったに違いない。
それはザッパとサンタナの間にも言える。だが、ザッパは81年11月のニューヨークでのライヴではアル・ディ・メオラを迎えたこと以外は、ビッグ・ネームのギタリストたちからは離れたところに位置した。ディ・メオラとの共演は同じイタリア系であるからだろう。マイルス・ディヴィスの『ビッチェス・ブリュー』で大いに抜擢されたイギリスのマクラフリン、そしてメキシコ系のサンタナとなると、親しくなる素地が違い過ぎる。またマクラフリンがサンタナを迎えて73年のアルバム『魂の兄弟たち』を録音したのは、マクラフリンのインドの思想ないし宗教に対する趣味が合致してのことでもあって、それゆえに邦題に「魂」がつく。もっともこれはジョン・コルトレーンの名曲をカヴァーしているからでもあるが、「魂」の言葉はザッパには似合わず、そこにザッパの曲のヒントが隠されてもいる。端的に言えばザッパは宗教臭を嫌った。マハヴィシュヌ・オーケストラはその宗教臭を大いに発散したが、その宗教的熱気をマクラフリンはサンタナの演奏にも見たのだろう。ただし、サンタナはメキシコ系であったからインドは関係がないのだが、メキシコはインドに劣らぬ古代文明が栄えた国で、その血や熱気をサンタナが背負っていると考えてよい。あるいは考えるべきだ。個性は結局どういう血を引いているかに負う。表現者は個性がなくては評価されない。その個性は平たく言えば何世代も前から引き継いでいる文化の血脈で、サンタナが有名になったのは、そこにメキシコが感じられ、また時代に応じたアメリカの最先端の好みに適合出来たからだ。それはマクラフリンのギターにも言えるが、ジャズの本場はアメリカないしその黒人で、イギリスの白人の彼が有名になるには、イギリスならではのと言える何かが求められた。イギリスは歴史的にインドとは関係が深く、インド音楽がアメリカに紹介されてよく知られる頃にビートルズはインドに旅をしたが、その延長上にマクラフリンがいる。彼はザッパより2歳下で、ザッパがカトリックを嫌ったようにイギリスのプロテスタントよりも遥か遠いインドに憧れても何ら不思議ではない。60年代はそういう時代であった。精神的な支柱となるものとして信仰を求めることを理解しない日本人は多いと思うが、キリスト教で育った者がそれに飽き足らなくなった時、違う国の宗教や思想に触れ、それにのめり込むことは想像出来るだろう。またそのことで表現に一種の激烈さが生まれる場合、無信仰の人は大いに戸惑いつつ、羨ましくも感じる。『そのあまりの熱気は何に由来するのか?』あるいは、『その熱気は本当か?』といった疑問も湧くが、マクラフリンのギターにはそういう熱気の痙攣がある。それは練習だけで得られるものか、それとも信仰のなせるわざか。筆者は彼の70年代前半のギターをそう感じたが、ザッパも同じ気持ちではなかったかと思う。

サンタナはマクラフリンとの共演から何を得たか。そのひとつの答えは『ムーン・フラワー』の「ソウル・サクリファイス」にある。「ソウル」の言葉があるのは『魂の兄弟たち』という邦題からの反響かもしれなが、それはさておいて同曲のギターのあまりに素早い演奏と熱気は『魂の兄弟たち』にあったものだ。マクラフリンに倣ってサンタナもスリ・チンモイに師事したが、『ムーン・フラワー』後はそれをやめたようで、そこにインド宗教に対する幻滅があったというのではなく、本質がわかったのでもう充分と思ったのだろう。その本質は古代メキシコに通じるものであるはずで、サンタナは改めて自分の出自を思い出せばよく、またそれはギターを持つたびに頭をよぎるはずで、サンタナの曲にはアメリカ黒人のものとは違う中米のエネルギーと音色が溢れている。メキシコはキューバから文化的な影響を受けていて、ダンス音楽のリズムに特徴がある。またスペインに征服された経緯からギターを音楽の中心に置く国で、サンタナはラテン・アメリカが生んだ現代のギター・ヒーローだ。それを熟知していたザッパは独自の音楽、独自のギター奏法を提示する必要があった。そこで面白いのは最初のマザーズだ。そこにはインディアン系もメキシコ系もいたが、黒人は69年の臨時雇いしかいなかった。それで70年のジョージ・デュークを手初めに、73年になってザッパは一気に黒人を多く参加させた。73年のアルバム『興奮の一夜』は以前のマザーズとは大きく一線を画すアルバムとなったが、その中の「アイム・ザ・スライム」の冒頭は、『魂の兄弟たち』の冒頭を彷彿とさせつつ、それをもっと短縮したものと言ってよい。また「フィフティ・フィフティ」でのザッパのソロは、マクラフリンが多用するトレモロ奏法を駆使し、「ダイナ・モ・ハム」のサンバはジョージ・デューク経由であろうが、サンタナのダンサブルな曲調の反響にも感じられる。一見関係がないようなザッパとサンタナだが、ザッパはサンタナからヒントを得て自分の手段を講じていると思える。宗教性の点でザッパはマクラフリンやサンタナのようにあからさまな告白表現はしなかったが、ザッパのギター・ソロは教会旋法を使う場合が目立つ。それはカトリックの教会で幼少時に耳馴染んだ音階で、そこに黒人のR&Bが混交した。サンタナの曲は「ブラック・マジック・ウーマン」も「シーズ・ノット・ゼア」もR&Bに学んだ白人の曲で、サンタナのオリジナル曲にもR&Bらしさはあるが、ザッパがしばしば演奏したようにブルース・コードの曲はないだろう。あってもヒットした記憶がない。それはサンタナのオリジナル性の過小性を意味しない。ではサンタナの曲の持ち味は何か。それは歌うような、メロディアスなギターで、歌のない歌謡曲のような持ち味にある。そう言えば過小評価していることになりそうだが、そうではない。
ザッパのギター曲で歌うようなメロディを奏でるのは「ブラック・ナプキンズ」が代表だ。サンタナの「哀愁のヨーロッパ」の「哀愁の」は、日本の演歌、歌謡曲に似合う形容詞で、その言葉がふさわしいほどに「ブラック・ナプキンズ」と同様、短調の曲だが、主題とその後の展開は歌のように定まっていて、「ブラック・ナプキンズ」のように演奏するたびにソロが違うという即興性がない。完成、未完成で言えば「哀愁のヨーロッパ」は歌詞をつけて歌えるほどにギターの一音ずつが吟味され尽くして完成していて、聴き手は次の展開がわかる。「ブラック・ナプキンズ」の主題はより単純で、その後に続くソロの自由な羽ばたきに聴きどころがあり、その点でサンタナの曲にないジャズ性がある。サンタナはジャズ的な即興が出来ないことはなく、それはマクラフリンとの共演においても大いに発揮されたが、サンタナのギターのヒット曲となると、ギターが歌に変わり得るメロディを持ったものだ。その代表のオリジナル曲が「哀愁のヨーロッパ」だ。この曲が76年にヒットした時、筆者は「ブラック・ナプキンズ」を思ったし、また妹の旦那に「ブラック・ナプキンズ」を聴かせた時、サンタナに似ているだろうと言った。サンタナが「ブラック・ナプキンズ」を聴いた可能性はあり得るが、75年の初演をサンタナが聴いたことは考えにくい。また「ブラック・ナプキンズ」の着想は73年の「スリープ・ダート」にあって、それをサンタナが聴いたこともないと思うが、同じ時期に同じような作品を作ることは表現者にはよくある。それに「スリープ・ダート」のようなアコースティック・ギターのソロはサンタナも若い頃からさんざん練習したはずで、ザッパとサンタナはスペインのギターという同じ根を持っている。それよりも筆者がサンタナの曲から連想するのは、メキシコのシケイロスやオロスコといった画家の驚くべきエネルギーによる圧倒的な表現力だ。国の宝と言うべき彼ら画家の業績とサンタナのポップ性を同一視することは冒涜かもしれないが、シケイロスらにしても大衆に向けて作品を提示した。ただし、サンタナはメキシコに留まらず、アメリカ人となり、またそうであったので世界的に有名になった。でなければ、ヴェンダースが映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』で描いたように、キューバのほとんど忘れられたミュージシャンの位置に留まったかもしれない。きっとそうだろう。『ブエナ・ビスタ』で取り上げらた老ミュージシャンたちは、ライ・クーダーが見出して舞台に引っ張り出さねば、そのまま忘れられた存在であったはずで、アメリカの力は大きい。そこでは紛い物も通用するが、サンタナのように長年人気を持続するのは、それに見合う実力があってのことだ。その実力保持の辛さをザッパも熟知していた。練習、練習、練習あるのみで、その頂点にある者のみが名声を保持する。
その練習の度合いは、マクラフリンの70年代前半のギター演奏から誰でも想像出来る。『魂の兄弟たち』における彼のソロは頂点を振り切った彼方に達していて、その人間技の極致は一方で宗教への熱気に支えられていたのだろう。それが狂気、錯乱に見えようとも、程度の差の問題でもあって、技術的な面からマクラフリンの奏法を分析し、「ジョン・マクラフリンの秘密のコード進行による変奏曲」をいずれ誰かが演奏するかもしれない。ただし、ザッパがそうせず、サンタナに狙いを定めたところに、ザッパのイギリス嫌い、メキシコ好みがあるかしれない。話を戻して、宗教的信仰心のない筆者はやがてマクラフリンの演奏の妙味から遠ざかったが、それは宗教の否定を意味せず、今なお信仰が進行させるものは何かと折りあるごとに考える。そしてサンタナが「哀愁のヨーロッパ」で聴かせる泣き節は、ヨーロッパを悲しい土地と見ていたことを示しそうだが、その考えは日本の知識人も書いていることで、悲しい土地であるがゆえに嫌うのではなく、愛おしく思うという立場だ。サンタナはゾンビーズやマクラフリンを通じてヨーロッパを見たであろう。このギター曲の副題が「地球の嘆き、天の微笑み」で、アルバム・ジャケットの雲の上の写真と相まって、天を希求する信仰心が表われていると見てよい。サンタナはその顔つきからは知的な話は苦手で、音楽によって人々がただ気分よくなればいいと思っていることが想像出来る。大衆音楽とはそのようなもので、サンタナは間違っていない。メキシコの血を引き、アメリカで活躍するとなれば、音楽はそのふたつが混ざったものになるし、一方ではイギリスやスペインなどのヨーロッパも入り込む。それに横尾忠則のアルバム・ジャケット・デザインを通じて日本にも大いに関心があるかもしれない。筆者はサンタナの音楽を熱心に聴いて来なかったが、大ヒット曲をいくつか持っていることには大いに賛辞を送る。またそれらの曲は何年経っても聴き飽きない。サンタナはそうした曲を今なおどのステージでも演奏し、ファンの期待に応じる。その姿は懐メロを歌う演歌歌手にだぶるが、サンタナのバンドは必ずヴォーカリストを擁し、サンタナのギターのみではコンサートを開かないところに、歌えるメロディを重視する姿勢が見られる。またサンタナのバンドはヴォーカリストが毎年違っているようだが、それでいてどの「ブラック・マジック・ウーマン」や「シーズ・ノット・ゼア」もサンタナそのものとなっている。他人の曲をカヴァーしても自己表現出来ることを示し、そして誰もが耳馴染み、ふと口ずさみたくなる美しいメロディを、凝ったエフェクターを使って奇妙に響かせるのではなく、多彩なパーカッション群とともに落ち着いて、それでいて熱気たっぷりと聴かせるところに、サンタナのごまかしのない率直な姿勢がある。