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●松尾橋の歩道拡張、その3
合失調症と診断された家内の古くからの親友は、会って話すと昔と同じで、そんな病気を一時でも患っていたとはとても思えない。普通と違えば、何らかの病気を当て嵌めてしまう傾向が人間にはあるのではないか。



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もっとも、その普通というものもかなり曖昧で、普通に見えている人でもかなりアクの強い人はいる。筆者は自分をきわめて健康と思っているが、興味の対象が広く、ある意味では統合失調症という言葉がふさわしいかもしれない。だが、自分ではその興味の対象はみなつながっていて、自分の中では統合している。ところで、一事が万事という言葉があって、何かひとつの失態から全人格が推し量られてしまうのが世間で、筆者もその考えをもっともと思うことが割合ある。それは簡単に言えば常識の欠如だが、常識は人によって違うと考える立場があり、またそれは世代の違いで生じやすい。そのことを前提にしながら、世代に関係なく明らかに非常識な人はいる。そして垣間見えるわずかな非常識さからその人の全人格、さらには恋人や配偶者、親や子どものことまで評価されることがままあり、「他山の石」を忘れずにいたいが、陰で非難されても自分に届かない場合もあって、結局人は自分本位で好き勝手に生きることが正しいのだろう。他山の石は石同士で賑やかでそれなりに楽しいであろうし、光り輝く玉は目立っていてもめったにない存在ゆえに孤独かもしれない。また孤独で燦然と光っているので玉とみなされるのであって、同じ孤独でもどこにでもある砂利は道に転がっていると邪魔者扱いされて蹴とばされる。ところがどの道も舗装されて小石が転がっていることは珍しい。車が頻繁に走る道路では小石はタイヤが跳ねることがあって危険で、今は石を普段見かけない都会人は多いのではないか。そうそう、昔ある出版社の依頼で小文を書いた時、そのお礼のはがきに「玉稿」という言葉があった。その反対は「石稿」と呼ぶかと言えば、普通は「駄文」で通じている。筆者は自分の文章を「玉」と自惚れたことはないが、無名の他人の文章は「石」と思えることが多い。石はどう磨いても玉になるはずがないのか、あるいは玉も最初は石と変わらないのか、そのどちらも真と思うが、石が石の上にも三年どころか、30年を超えても石のままであるのはただ気位が高いだけの嫌な奴と見られるのが落ちで、長年同じことをやり続けていても駄作しかものに出来ない人のほうが圧倒的に多い。つまり、めったに玉はない。そこで石同士で位づけがされるが、「どんぐりの背比べ」という言葉があるように、どの石もちょっとは変わっているという程度だ。上田秋成が応挙や呉春は素晴らしくても、その弟子はみな小粒と揶揄ったことを、歴史が真実であったことを示しているが、小粒ながらも個性と呼べるものがあるのは確かで、それはわずかであってもそれなりの面白さはある。
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 今日の最初の写真は「その2」に使うつもりが忘れたもので、今月2日の撮影だ。2,3枚目は12日の撮影で、どちらも筆者の左手指が写り込んで石の代表のように味気ないので没にしようかと思いつつ、どうにかトリミングして使う。その理由は、松尾橋をわたって梅津に行く用事がなく、わざわざ撮影しに行くのが億劫であるからだ。2日から10日後に工事がかなり進み、拡幅された歩道はほとんど歩けるように見える。コンクリートを流し込んだ時、当然ながら多くの砂利が使われ、砂利が砂、水、セメントと混じり合って強固な塊になるのは石にも大きな役割があることを示している。コンクリートがなかった時代は小石の使い道は喧嘩か戦争くらいであったろう。大きな石なら石垣に使えるが、砂利は邪魔なもので、田畑にあれば真っ先に取り除かれる。それで砂利を有効利用しようとコンクリートの建造物をやたら造るのも考えもので、コンクリートの寿命は60年ほどと言われ、それを破壊するとその瓦礫は砂利よりも厄介なものとなる。松尾橋は昭和28年に架けられ、同46年に拡幅されたことを明示する立派な石の土台の銘板があるが、今回の工事は歩道の拡幅だけではなく、橋脚の劣化も補修する。昭和28年から67年経っているので時期尚早ではない。ダンプカーやバスが頻繁に走り、そのたびに歩道を歩いていて橋の揺れにいつも怖さを感じていた。今回の工事でそれがどれほど軽減されるだろう。きれいに修復、改修工事が終わって玉のような橋になるかと言えば、その玉を象徴するのは欄干の親柱てっぺんに取りつけられた焦茶色の擬宝珠だ。その宝珠の形が玉を表わしている。先日写真家の須原さんが来宅した際、「ムーンゴッタ」の「ゴッタ」の意味を訊かれた。彼女が筆者の実像を統合することにまだ戸惑いがあって当然で、また今後も統合出来ないかもしれないが、部屋に飾ってある宝珠の土鈴に話が及び、筆者はこのブログの自分のキャラクターである「マニマン」が「宝珠男」で、それは「黒」の篆書体をそのまま立体化し、その文字にある8つの点を宝珠に見立ててデザインしたことを話した。ある前衛書道家は漢字を立体の彫刻にして世間を賑わせたことがある。筆者がそのことを知ったのは「黒」から「マニマン」のキャラクターを創作した後で、世間には同じことを考える人がいると感じ入った。岡本太郎の「太陽の塔」が大昔のテラコッタの造形に似ていることを指摘されると、岡本は大昔にも岡本太郎がいたと言った。まあそれと同じだ。須原さんには紙粘土で作った「マニマン」の実物3体を見せなかったが、ブログを始めた頃からそれをアニメ化したい思いがあり、その片鱗がこのブログの左上のタイトル・バナー(題名旗)になっている。玉でなくても、石は複雑になればそれなりに珍重されるもので、’「他山の石」を見つめながら石磨きをしている。
●松尾橋の歩道拡張、その3_d0053294_00484255.jpg

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by uuuzen | 2020-12-24 23:59 | ●駅前の変化
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