章立てと言うほどのことではないが、内容の区切りを思えば昨日はもう一段落書くべきであったかもしれないが、一段落では収まらない気がした。それで今日は本EPの最後に収録される曲「BRUTALITY」(暴力性)について書く。
この題名からどういう曲かわかる人は熱烈なザッパ・ファンだ。80年代半ば、ザッパはシンクラヴィアを使った曲をいくつかのアルバムで発表した。アルバムに収録されなかった曲がどの程度存在するかについては詳細が伝わらないが、そのことは未完成の度合いに関係することでもある。アレックスがザッパの遺した全テープを整理し得た結果、今後それらからどの曲をどのように選んで公式に発表するかについての協議はザッパ・ファミリーら関係者の間で起こることは間違いがない。そのひとつの実績はゲイルが生きていた10年前のアルバム『フィーディング・ザ・モンキーズ……』にあった。同作はザッパ自身が同アルバムを編集したのではないこともあって、筆者は聴く頻度がきわめて少ない。もちろんそれはザッパが生前発表したシンクラヴィア曲に比べてあまり楽しくないからだ。シンクラヴィアは今ではパソコンがあればさほど困難ではない音楽作りを開拓した。その目新しい機能を前にザッパはその個性を最大限に活用することを考えつつ、それに全面的に成功したとは言えないだろう。ある機器に何でも出来てしまう能力があっても、その何でもを短期間で個人が実行することは不可能だ。芸術的に優れたものをとなるとさらにそう言える。ザッパはシンクラヴィアを使ってその億円単位の購入価格に見合う成果を得はしたが、作品としてはやや中途半端、つまりザッパらしい個性が横溢するものばかりを生み出したとは言えないだろう。便利な機器があれば誰が操っても同じような成果を簡単に生み出せるものだ。それはパソコンが証明している。おそらくザッパはそういうことを見越して誰よりも早くシンクラヴィアを導入し、その特性を活用した作品を発表しようと考えた。それは成功したが、その陰で実験と称していい作品も多く生まれたに違いない。そこにはふたつの考えがある。その実験作に充分に手を加えて大作を目指すことと、実験的要素をひとつのちょっとした味つけとして利用することだ。ザッパはその双方を同時に行ない、また双方はきっぱりと分離出来るものではなく、入り組んでいる。そうして実際にファンの耳に届いた曲ないしその部分はいいとして、蔵入り状態となった未発表音源のうち、わずかにファンに洩れたものがある。『RESOLVER+BRUTALITY』と題される60分のカセットテープがそれだ。数年間ザッパと強い関係を持ったある女性芸術家が80年代半ばザッパからもらったもので、その後複製されてファンの間に広まった。筆者は誰から送ってもらったか記憶にないが、先ほどCD-Rでの複製を見つけた。
『RESOLVER+BRUTALITY』とはわかりにくい題名だ。特に『+』がそうで、これを『AND』にしてはまずいのかと思う。ところが、この並置されたふたつの言葉の裏にある意味を理解すると、『+』がふさわしいことがわかる。まず「RESOLVER」だが、これはシンクラヴィアの機能のひとつだ。ザッパはそのことについてインタヴューで答えている。「RESOLVER」とは別に「EVOLVER」という用語がある。これはサンプリングした音をシンクラヴィアの鍵盤で鳴らすことで、たとえばあるメロディの1音ずつを別の音色で奏でることが出来る。人間がそれをやるには不可能とまでは言わないが、数人の奏者が一連のメロディの一音ずつを担当して全体がなめらかに聴こえるように演奏するには途轍もない訓練を必要とする。もっとも、ザッパはメンバーにそれに似たことを強いたとは言える。その態度の延長にシンクラヴィアは一気に不可能なことを可能にしたが、「EVOLVER」の能力を最大限に発揮した曲を作ったとして、それが聴いて楽しいかどうかは別の問題がある。コンピュータ・グラフィックスによってどんな映像でも作り得るとして、そのどんな映像も芸術だとは言えないことと同じだ。「EVOLVER」とは別にシンクラヴィアには「RESOLVER」という機能がある。これはシンクラヴィアの前身と言ってよいハモンドオルガンやエレクトーンにも似た機能があった。ある鍵盤を押すと自動的にアルペジオで和音が鳴る仕組みだ。「RESOLVER」は「EVOLVER」の機能を持ったうえで鍵盤1音ずつに対して4種の和音を鳴らすことが出来るとのことだが、その1音ずつの鍵盤で和音を奏でると、その和音の各音が和音を鳴らすので、誰も聴いたことがないようなとんでもない複雑な音楽が奏でられる。そういう何でも出来てしまう「RESOLVER」に「BRUTALITY」を足したのが、前述の60分のカセットで、「BRUTALITY」は性暴力を意味している。ザッパは性的な内容の歌詞をたくさん書いたが、80年代半ば、アメリカの大衆音楽界に氾濫したそうした風潮に意義と唱え、何らかの規制を設けようとした国会議員の妻たちがいた。ザッパは言論の自由を楯にそれに異を唱え、いくつかの公聴会に出席して意見した。その時に得られた規制論者たちの発言をサンプリングしてザッパは「ポルノ戦争」などのシンクラヴィア曲に大いに使ったが、その過程で当時のアルバムで発表されない曲が生まれた。それらからひとまずまとめたのが『RESOLVER+BRUTALITY』だ。これは最新の音楽機器を最新の関心事に関係させた作品で、『+』であるのはそういう理由による。これが『AND』であればニュアンスが変わる。また「RESOLVER」はシンクラヴィアを知らない人は別の意味に捉えるので、この題名は一般的とは言えない。
「BRUTALITY」を代表することとしてこのカセットには「オーラル・セックス・アット・ザ・ガンポイント」(銃で脅しながらのオーラル・セックス)という曲がある。これは議員の奥さんが発したもので、おそらく当時のロック曲にそのことについて歌ったものがあるのだろう。銃で脅しながらオーラル・セックスを強要する性暴力性は歌詞が担うもので、議員の奥さんたちが問題視したのは歌詞だ。ザッパは「ポルノ戦争」やこのカセットでは人の声は使っているが、それは雑音の楽音的活用であって言葉本来の意味を重視していない。では議員の奥さんたちの発言が言葉狩りの暴力と思っていたかと言えば、そうでもないだろう。ただ言葉として独立させた時に面白いと思ったのでサンプリング音として利用した。音楽は元来何も示さないとストラヴィンスキーは言ったが、「オーラル・セックス・アット・ザ・ガンポイント」について歌う曲がそのことを勧めていて若者に悪影響を及ぼすという議員の奥さんたちの意見にザッパは反対しながら、実際にそういう言葉から影響を受けて実行する馬鹿者がいるはずはないとまでは思わなかったであろう。現実はおそらくロックの歌詞が描く以上にひどく、音楽を愛すると言いながら、他者のことを何とも思わない愚か者がいる。ともかく、ザッパは世の中に暴力ないし性暴力が溢れていることを知りながら、自分がそれに対してどういう表現が出来るのか、したいのかを「BRUTALITY」で試みたと思えばよい。そしてそこに暴力性を感じるかどうかは聴き手次第だ。筆者はこの曲を性暴力を扱うドキュメンタリー映画に使えばいいと考える。ザッパもその思いがあったのではないか。さて、昨日この曲について書かなかったもうひとつの理由は、夏にレザニモヲのふたりがわが家に来訪した折り、963(くろみ)さんからもらった2枚のCD-Rを思い出したからだ。それはカル・シェンケルが80年代半ばに作った90分の音のコラージュの『INSECT MACHINE』で、サンプリングが多用されている。カセットで筆者は所有していたが、音が改良されたCD-Rで聴くとまた耳新しく感じる。昨夜ネットで調べると、曲の区切りがあり、また2,30ページのブックレットが付属していたことを知った。カルはザッパの手法に倣いながら、自らの録音を自分の絵画作品の視覚化として発表したかったのだろう。それはともかく、本EPに「BRUTALITY」が収録されたことは、今後ザッパ・ファミリーが正式に『RESOLVER+BRUTALITY』をアルバム化する思いがあることを意味しているだろう。久しぶりにこの全曲を聴くと、後年、特に遺作となった『文明、第3期』のシンクラヴィアの大曲の芽がいくつも出ていることに気づく。その意味では筆者には『フィーディング・ザ・モンキーズ……』よりもはるかに面白い。
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