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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●三色団子と月見団子、アゲイン
慮はおおげさだが、気になっていることが誰でも常にいくつかはあるだろう。その心配りが新たな発見につながることはよくある。それを縁と呼んでもいいが、縁があると思っていたのに、やがてそれがきれいさっぱり消えることも人生にはよくある。



それはさびしいことだが、人生はさびしいものだ。縁と言えば、筆者は若い頃に、家内とは腐れ縁で、別れるに別れられないといったことを八卦見のおばさんから言われた。腐れ縁は悪い意味で使うので家内は嫌な気分になったが、ともかく1978年の七夕から暮らし始めて現在に至っているので、それを人生最大の縁と言ってよい。結婚50周年の金婚式まで夫婦無事でいたいと近年は密かに思っているが、離婚が大流行りの昨今、筆者は長年妻といることを若者に自慢したい気分がある。とはいえ、「畳と女房は新しいのがいい」という昔の言葉は女性も使ってよく、今はともに棲む相手を数年ごとに変えたい女性がいるだろう。またそういう女性に釣り合う男性は必ずいるもので、男女ともに好きなように生きればよい。だが、多くの人と濃い縁が生まれる人ほど多幸感に満ちて生きるかと言えば、接する人が増えるほどにその縁は浅くなる。またこっちが深い縁と思っていても相手はそう思っていない場合は多々ある。ストーカーは一方的に縁を深いと思い、追われるほうは不快と感じて逃げ回る。そういう事件が頻出すれば、縁はすぐに消え、またそのほうが理想的と思う人々が多くなっても当然ではないか。フェイスブックやツイッターのフォロワーの数の多寡は縁の多さを象徴し、千や万単位の人が縁を求めていることに自惚れて気分が充実するのはわからないでもないが、かなり滑稽だ。その千や万の人は一瞬で消える幻と思っておいたほうが精神衛生上はよい。それで人は肉の触れ合いに真の縁を求めるが、それとて物理的には一瞬の接触に過ぎず、心に何も残らない場合が多いのではないか。東電OL殺人事件で殺された女性は、毎晩違う男と性交しながら濃い縁を結べず、結局それが実現したのはボロ雑巾のように殺されたことであった。多くの縁を求めようとする思いは精神の病だ。現代はそれがかつてないほどに蔓延していると見てよい。浅い縁しか望んでいない人はそういう人生を歩み、濃い縁を求める人は誰に教えられるまでもなくそれが実現して行く。筆者は後者を自認しているが、昨日書いた柳沢淇園やまたザッパにしても、相手は物故者であるので裏切られることがない。あるいは会わない、会えない人との間柄もそうだが、それを言えばフェイスブックやツイッターのフォロワーも同じという声が上がりそうだが、作品と呼べるものを持たない人はひとまず筆者は関心はない。また人柄こそ作品と思ってもいるので、それが見えないフォロワーはやはり幻だ。一段落で済まそうと思っていたのに予定が狂ってまだ半分ほどしか思いを書いていない。
●三色団子と月見団子、アゲイン_d0053294_12475284.jpg
 明日の月末は満月だ。しかも晴れるようだ。なので、先ほど「風風の湯」の行き帰りにくっきりと浮かんでいた満月の写真を撮らなかった。そうそう、賀茂季鷹の和歌に満月を詠んだものがあって、京都が喧噪に満ちていると言っている。江戸時代の京都がうるさいというのは、今ではちょっと理解しにくく、季鷹が現在の京都に住めば仰天し、田舎に引っ込むだろう。先ほど手元に古いメモを見つけた。そこに「浮の月 むさきふ都に 来たりけり」と書いてある。小野蘭山の句で、筆者はその書を持っているが、この句も季鷹と同様、騒音に満ちた京都に静かな月が昇る様を詠う。ま、こういう話題は明日書くべきで、話を戻す。月見団子を見つけられずに今年は無理かと思っていたところ、3日前に嵯峨の大きなスーパーに自転車で出かけた時、和菓子コーナーに数種の月見用の菓子が置かれていた。今月は満月の夜が二度あって、その二度目の満月用に菓子業者は商売根性を発揮した格好だが、筆者には今月中に月見団子と出会う縁があったということになる。このスーパーには2週間に一度ほどしか行かず、28日より早ければまだ売られず、遅ければもうなかったかもしれない。それで早速二種を買った。今日の最初の写真がそれだ。ひとつは三色団子で、通常の桃色が淡い黄色になっている。この黄色の玉を満月と思えということで、なかなか色合いが秋の風情でいいではないか。最初の写真は本物の月見団子で、右は円柱の白い餅の上半分を餡でくるんだ関西風、左は内部に餡がある球体を積み上げたものだ。筆者は昔からマンガなどから左のものを月見団子と思って来たが、関東風であることを先日知った。その二種をパック詰めするのは親切である一方、日本中同じものが売られる現実を知らされる。2枚目の写真は先ほど関西風月見団子を一口齧った時に撮った断面で、おかっぱ頭の女児に見えなくもない。餡が夜空を象徴しているとすれば、餅全体をくるむほうがいいが、それでは具体的過ぎて無粋というのが京の人の思いだろう。全部言わなくて半分だけにしておく。そのほのめかしを悟るのが大人なのだ。そのようなほのめかしを解さない人と交際しても時間の無駄で、江戸時代の粋人は今のツイッターのフォロワー数など、嘲笑して一蹴したに違いない。無名の顔のない相手にいくら言い寄られても淡い交わりにさえならない。そして実際に出会って談笑してもそれだけの縁に終わる場合がほとんどだが、人は人を選び、何度顔を合わせても会釈するだけの人、またそれすらない人もあって、接近したい人はめったにない。深い縁は響き合いが前提にある。その響きは誰もが発しながら街はさらなる喧噪に溢れているが、季鷹や蘭山が京のうるささを嫌悪した時、その騒々しさは人の往来の多さとは別に、つまらぬ噂の多さであったろう。「月見しつ 団子頬張り 想う顔」
●三色団子と月見団子、アゲイン_d0053294_12481570.jpg

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by uuuzen | 2020-10-30 23:59 | ●新・嵐山だより
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