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●鶏冠鶏頭を育てる、その12(番外5)
山神社の紅葉を一度見たいと思いながらもう30年ほど経った。今年の秋は寒暖の差が大きいような気がするので、嵐山の紅葉もきれいかもしれない。嵐山の紅葉がこれほど素晴らしいのかと思ったことは一度しかない。



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15年ほど前のことだ。それ以降は酷いと言ってよい。昨日書いたように中ノ島小橋の南詰めにあった楓の巨木は根元から切り取られ、今ではそこに大きな木があったことを誰も知らない。誰も知らないことをこうして書いておくのは意味があると思うので、連想ゲームのように以下書くと、談山神社に無縁のはずの友人Nがそこに行ったという話を聞いてびっくりしたことがある。TVか何かで紅葉が見事ということを知ったのだろう。車なら大阪市内から奈良まですぐで、日帰りは充分出来る。Nからは同神社の印象を訊くことを忘れたが、Nはひとりで行ったはずで、筆者は誘ってほしかった。次の話題。談山神社の紅葉を画題にした銅版画がシュマイサーにあって、三条寺町の平安画廊で初めて見た。80年代の終わり頃で、その当時筆者はすでに同神社の紅葉を見たいと思っていたので、その銅版画はよけいに印象深かった。はがきより少し大きいサイズで、有名な十三重塔を画面半分に描き、もう半分はオレンジで紅葉の様子を表現し、3、4万円で買えたと記憶するが、買わなかった。手抜きの作品に思えたからで、またそれほどにこの神社はその絵はがきのような眺めを一瞥するだけで充分なのかもしれない。これはたぶんにネットに毒されての考えで、実物に勝るものはなく、また実物は画像とは全然違うと言ってよい。情報量がはるかに多く、画像のように撮影者の恣意が入っていない。筆者が一度だけ素晴らしいと思った嵐山の紅葉もそうで、その記憶はひとりで散策しながら味わった空気と柔らかい日差しであり、その中で冴えた色を見せた木々だ。紅葉を錦織にたとえるのは、暖色系の色がさまざま集まっているからで、夕焼けとともに人間は自然の中の赤い色に魅せられる本能がある。談山神社に話を戻すと、今年は思い切って出かけられるかもしれない。ついで主義の筆者は、つい先日奈良に行くべき用事を1年ぶりに思い出した。その話の前に柳澤淇園がらみで書いておこう。これは以前書いたことがあるが、大和郡山の城址から二月堂まで歩きたいと思ってもう10年ほど経つ。筆者は武士で画家でもあった淇園に大いに関心があり、淇園の風貌を想像しながら彼が生きていればぜひ会いたいという憧れがある。その淇園が暮らす郡山城から紅葉の季節に二月堂まで歩いたことを詠む漢詩を自書した襖大の大幅の掛軸一対を筆者は所有し、淇園が歩いたであろう道をたどりながら紅葉を味わいたいのだ。そう言えば2年前の秋、近鉄学園前駅近くの大和文華館で柳澤淇園展があり、それを家内と見に行ったのにブログに感想を書いていない。気になりながらもそのままになってしまうことは少なくない。
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 先日、1年ぶりに天理大学の図書館に行く用事を思い出した。なるべく早いほうがいいが、仕事が一段落するのは来月中旬だ。その頃は紅葉の盛りになるだろう。家内は天理教に縁があり、20歳前後に天理市に何度か出かけたことがある。筆者は子どもの頃、近所に天理大学生がいて、天理市に興味がありながら同地を訪れていない。調べものは500冊ほどの全ページに目を通す必要があり、ひとりでは1日では終わらないかもしれず、家内と一緒に行こうと考えているが、調べものついでに大和郡山から東大寺まで歩き、さらに談山神社に足を延ばすのは、いくらついで好きでも時間的に無理だ。それでどれかひとつとなると天理大学図書館だ。天理市で紅葉が楽しめるかだが、調べものが第一で、紅葉は二の次だ。談山神社のことから始めた談話はいくつかの山を越えて鶏冠鶏頭にたどり着く。筆者が少年期に記憶に留めた鶏頭の色は深紅だ。筆者は赤が好きで、自作には赤を中心とすることがよくある。赤は紅葉と同じく、色が多く、たとえば自分が着るシャツなども含めて、その色相や濃度、彩度を他の色合い以上に吟味する。鶏頭の花の赤もさまざまだが、自分で植え育てたものは葉にはほとんど赤が混じらず、それはそれできれいだが、葉も赤く染まる場合に比べて弱い印象がある。これは専門的な話になるが、鶏頭を友禅染めで作品にする際、花が赤で葉が緑の場合と、花が赤で葉も赤っぽく表現したい場合とでは、同じ技法を使えることは当然でも、後者は堰出しという特殊な技法がよい。そして普通の友禅ではなく、その技法を使いたい。そういうことを念頭に写生するのであって、言い換えればその写生を前提として入手すべき種子を選ぶ。これは到達すべき目標に合わせて最初の最初から熟考することで、多くの思いとは別に用意周到な行動が創作の裏にはある。ところがそうして作る作品は注文があっての場合はいいとして、そうでなければ経費も時間も多大に使い、そのうえに部屋が作品で占められるので、傍目には紅葉の美しさほどに見えても作者はそのことを喜ぶだけだ。それでも思惑が達成出来た時の嬉しさは他に代わるものがない。談山神社の話にまた戻る。数日に一度訪れる嵯峨のスーパーのすぐ近くに民家を改修した宿がある。完成は5月頃で、コロナのために灯りは消えたままであったが、GO TOキャンペーンによって営業を始めた。その宿の名称が「談山〇〇」だ。経営者は大阪西天満の中国人だが、「談山」は談山神社に由来するだろう。今日の写真は「その8」に載せた久留米鶏頭を今月7日に撮った。花の頭を撫でるとしっかりとしていた。3枚目は真っ赤な花が地面に落ちていたので拾った。人の脳に見える花はブロッコリーのように小さく分解出来るようだ。それならば全体でひとつの迷路状に見えるもののひとつずつのブロックが小迷路で、単純なものが集まって複雑に見えているだけか。
●鶏冠鶏頭を育てる、その12(番外5)_d0053294_12312809.jpg

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by uuuzen | 2020-10-26 23:59 | ●新・嵐山だより
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