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●『TRILBY』その7
のようなことばかり書いていて、筆者のブログは時間の無駄遣いの最たるものだが、本書については切り口を変えていくらでも感想が書ける気がしている。それで、昨日で終わりにしたつもりが、書き忘れていたことを思い出した。



●『TRILBY』その7_d0053294_02252713.jpg
それほどにいろいろと考えさせ、デュ・モーリアがどれほどの時間をかけて挿絵と本文を書いたのかと思う。また挿絵が文章の合間にうまく挿入されているのはもちろんだが、それは製版所の職人泣かせで、デュ・モーリアは印刷所との対応にもかなり時間を費やしたはずだ。挿絵はどれも長方形だが、文字で一部が欠けている場合があり、また凝ったものでは直角三角形があって、その右の斜面に活字が入り込んでいる。それは正方形か長方形でもよかったはずだが、女性の背の傾きに沿って背景を切り取り、視覚的に面白くしたいという著者のこだわりが伝わる。行の右端は活字をきれいに揃える必要があり、活字工は面倒を思いながらも楽しんだであろう。いい本を作ろうという思いが著者にも印刷会社にもあった。それは今も同じはずだが、パソコンがあっても同様の作業は大変だ。エルザ・トリオレが200点以上の図版を組み込んだ本を書いた時、迷惑がった印刷会社相手に満足の行く製版が実現したことを喜んだ。デュ・モーリアはトリルビーやスヴェンガリを文字と絵によって創造し、本書を読む楽しみはその挿絵に負うところがとても大きい。これがもっと極端になると日本のマンガになるが、本書はマンガにない文学の力があり、また挿絵もアカデミックに絵画を学んだことが明らかで、マンガとは別世界の作品だ。ところで、本書の挿絵の下部にはすべて説明文がついていて、その言葉が本文にも出て来ない場合がある。たとえば一昨日載せた路上で演奏するスヴェンガリとゲッコー、トリルビーの3人は、「ナイチンゲールの最初の歌」というキャプションだが、その歌が何であるかは本文に書かれない。これは「ベン・ボルト」と考えてよいが、デュ・モーリアは本文を書いた後に挿絵を描き、本文を訂正することを忘れたかと言えば、その可能性もあるが、挿絵のキャプションにいわば行間を読むことの助けの機能を持たせたのだろう。そうでなければキャプションは本文とだぶって無駄になりがちだ。また著者が挿絵も担当したからこそのことで、著者と挿絵画家が違う場合は両者の意思疎通が大変だ。また挿絵のうまさが本の売れ行きを左右するから、ディケンズの小説に描いたジョン・リーチについて本書が言及するのは、デュ・モーリアがかなわないと思ったほどの優秀な挿絵画家であったと思ってよい。デュ・モーリアはドーミエのように油彩画も描いたのだろうか。挿絵のみで生活を維持するにはよほど大量に受注して描かねばならない。ジョン・リーチのように画集が出版されていないところ、絵は彼の小説でもっぱら眺めるしかない。
●『TRILBY』その7_d0053294_02254800.jpg さて、トリルビーは年齢の離れた弟を亡くし、両親もおらず、自分の身ひとつで生きて行くしかなかった。そこにスヴェンガリと出会い、声の質を認められ、苛酷な練習を重ねて人前で歌えるほどになる。その設定はいかにも小説的だが、優れた先生と優れた素質を持つ生徒との出会いはよくある。また身寄りのないトリルビーが歌手として有名になる筋立ては、芸能人にはよくあることで、全く不自然ではない。不自然であるのは彼女がリトル・ビリーと結婚することだ。そのほうが本当は彼女にとって幸福であったが、わけありの彼女にはそれなりにふさわしい人生がある。思い出した。江戸時代後半になると、日本の農民の識字率がとても高く、中には農業を放り出し、俳諧で身を立てようとする者がいた。そのことは上田秋成も書いていて、自分の才能を信じて妻子を放り出し、有名になろうと勤しむのだが、名を残すほどの存在になれるはずがない。そこで幕府は農民の子どもに字の読み書きを教えるのはいいが、大人になって文学に深入りすることのないようにと考えた。農民が本文を忘れて道楽にうつつを抜かしては国が立ち行かなくなるからだ。ところが国が豊かになって来ると、そういう道楽者が増える。芸人、芸能人を目指す若者が多い現在の日本はそうだ。プロのスポーツもそれに含めてよい。頂点に立てば収入が莫大というジャンルほどに競争相手が多く、99パーセント以上はほとんど存在が知られないまま人生を終える。であれば何歳で夢を諦めるかだが、たいていは30歳までに見限る。それならどうにか人生をやり直すことが出来る。ところが、江戸時代でも無謀な夢を見る大人は大勢いた。上田秋成は芭蕉翁をあまり好んでいなかったが、それは俳諧で有名になれると勘違いする輩があまりに多かったからだ。上田秋成ほどの人物でも生活苦に陥り、最晩年はほとんど餓死寸前の時もあった。ここでザッパの話をすると、60年代にヨーロッパにツアーした時、どの会場に行っても同じ男がいることに気づいた。やがて彼が学校の教師であることを知り、ザッパはいい顔をしなかった。「ショーなどにうつつを抜かすな」ということだ。ザッパの大ヒット曲「黄色い雪を食べるな」の歌詞ではエスキモーの少年が母親から同様のことを言われる。筆者がザッパと会った時、息子にザッパの音楽を聴かせていますと言うと、たちどころにザッパは「それは駄目だ」と言った。ショーに夢中になるとろくなことはなく、人生を棒に振ると言いたかったのだ。そしてザッパは誰よりも猛烈に練習、仕事をしたのであって、同じだけの努力が出来るのであれば、たいていはそれなりに有名になれる。トリルビーは命を縮めるほどにスヴェンガリから訓練を受けた。ショーはたまに気晴らしに見るのはよくても、それに人生を賭けるのは愚か者だ。どのような職業でも必死に携わるべきで、農民でも教師でもそれは同様だ。
 ザッパもそう言いたかったのだ。農民でも教師でも専門家になることは、人生の大部分の時間をその職業に費やす必要がある。それが格好いいのであって、中途半端というのが最もよくない。またそれがよくわかっているので、江戸時代の野心のある男は農業を放り出して俳諧師になろうとする場合があったが、全精力と時間をかけても芭蕉の二代目ほどになることは無理であった。ましてや食べるためにアルバイトをし、あまった時間で芸を磨くという者など、全くの論外で、みな無駄に人生を過ごす。本人がそう思っていないのは、好きなことをしているという気分のよさゆえだ。トリルビーのように両親が死に、親類が皆無という状態ならいいが、たいていは両親を心配させ、年齢だけ重ねる。そういう男女は肩身の狭さもあって、次第に世間から目立たなくなる。先日NHKの72時間ロケをする番組で、隅田川沿いで出会った人々を紹介していた。その中に青森から夢を抱いて出て来た70代の男性が夢破れて川べりに寝そべっていて、どんな夢を抱いていたのかの質問に、「破れた夢なので言いたくない」と返していた。同様の人は東京には星の数ほどいて、夢は破れるものと思っておいたほうがよい。トリルビーに話を戻す。死ぬ間際の彼女はバゴット夫人に、とても後悔していることがあると言う。それは幼ない弟と遊ぶ約束していたのに、それを無視して自分だけ友人と遠出したことだ。それを聞いて夫人は安堵する。男関係の経験を話されるのではないかと思ったからだ。こういうエピソードからもトリルビーの純粋さがわかる。それが今は援助交際やパパ活など、肉体を金に代えて平気な醜悪な女が多過ぎる。そこまででなくても、貞淑の観念は消え、女の皮をかぶったような化け物じみた女が目立つ。とはいえスヴェンガリが死んだ後のトリルビーが、病気にならなければ洗濯女に戻り、世間ずれして下品さを増大させたかもしれない。おそらくそうだ。人生は長く生きても思ったほど長くは感じないもので、若い頃の純真さを失わずに年齢を重ねることは出来るが、他人からは皮膚のたるみや白髪は見えても心は見えない。そして心は創作者であれば作品で判断されるが、老人のそれを歓迎する人は少ない。数日前、フランスに注文していたエルザ・トリオレの『魂』が届いた。若い美女が主人公の『幻の薔薇』、手紙によって浮かび上がる中年女性を巡る物語の『ルナ=パーク』、そして『魂』では裏表紙の概説を読むと、同じくパリが舞台で、高齢の女性が中心になる。玩具工場を経営している彼女の息子は、魂とは何かを知るために人造人間の製造に関心がある。サイバネスティック時代において魂とは何かをエルザは考え、それは長く生きたことで豊かになるもので、そのことは未熟な年齢ではわからないとしたようだ。会話が目立ち、読みやすそうだ。こつこつと自分で訳したいが、本職の創作への熱意が大いに高まっている。
●『TRILBY』その7_d0053294_02262376.jpg

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by uuuzen | 2020-09-29 23:59 | ●本当の当たり本
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