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●『TRILBY』その5
ったトリルビーと、スヴェンガリに操られるトリルビーのふたりがいた。そのことを、タフィーに20年ぶりに会ったゲッコーは話す。トリルビーの死後、タフィーはリトル・ビリーの姉と結婚し、子どもを得るが、そのことでタフィーは妻との間にいささかの隙間風を感じる。



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ジョルジュ・デュ・モーリアがそういう細かいことを描写するのは、いいことずくめの理想的結婚生活はあり得ないことを自分にかこつけて書いておきたかったからではないか。本書のどの登場人物も著者の幾分かを反映しているはずで、フランス語も理解するタフィーが最も著者に近いだろう。またリトル・ビリーをトリルビーに恋焦がれるあまりに独身のまま死なせたのは、彼のことを愚かだと思っていたからと言えば、そうではないだろう。エルザ・トリオレが『ルナ=パーク』で書くように、19世紀はまだ失恋が理由で死んでしまう人がよくいたのだろう。在日本の若者の自殺の原因はおそらく失恋ではなく、熱烈な恋心を抱けない者が絶望して死ぬ気がする。リトル・ビリーにとってトリルビーは初恋の相手であったのだろう。母に紹介して結婚を反対されても一緒に暮らせばよかった気がするが、売れない画家では親の仕送りなしに異国での生活は無理だ。それでスヴェンガリに奪われてしまったが、妻子持ちの彼が自分の子どもの世代の年齢のトリルビーの心を操るのは、催眠術だけが原因ではないだろう。トリルビーの死から20年後、タフィー夫妻は二度目のハネムーンとしてパリに行く。妻はフランス語がわからないが、タフィーは彼女と一緒に芸人の舞台を観劇する。妻は芸人の滑稽な顔や仕草から大笑いする。その横でタフィーは渋い顔をするが、それは妻の反対側の横にいる男女がタフィーの妻がフランス語を理解せず、また夫婦仲がよくないことを話題にしていることを耳にするからだ。それで舞台の途中で妻をひとり残して立ち去ろうとするが、オーケストラ・ピットにヴァイオリンを弾いているゲッコーを見つける。20年前は、ゲッコーはスヴェンガリを刺した罪で収監され、ロンドンへ帰った「三銃士」はその後のゲッコーがどうなったかを知らなかった。それでタフィーは宿泊しているホテルに来るようにとの手紙をその場で書いてゲッコーに届けさせ、やがてゲッコーはホテルにやって来る。そしてトリルビーが死んだ後のことを本書のエピローグとして語る。筆者がまだ読んでいない章の挿絵から、ゲッコーらしき人物が「プラトニック・ラヴ」の対象としてトリルビーを慕っていたことがわかる。スヴェンガリをゲッコーが刺した理由は、トリルビーを殴ったからだ。主従関係が長くても、ゲッコーにすればトリルビーかスヴェンガリのどちらを選ぶかとなれば彼女のほうであったろう。それは一方的な愛で、ゲッコーは自分の身のほどをよく知っている。またそのことから彼のヴァイオリンの音色が純粋であったことが想像される。
●『TRILBY』その5_d0053294_00350088.jpg 彼はタフィーにトリルビーのことを「スヴェンガリの」と「われわれの」という二種類の彼女が存在したと話すが、「わたしの」とは言わない。また小柄で貧しく、冴えない風体の彼が独身であったことは充分納得出来る。ヴァイオリンを弾く才能があったので食べて行くことが出来たが、そういうミュージシャンはいつの時代も大勢いる。ゲッコーは誰からも愛されたトリルビーを愛したのであって、スヴェンガリの魔術に操られていた彼女を、自分がないことゆえに不幸と思っていたのだろう。彼女が英国の王や貴族から歓待されたことをゲッコーは自分の手柄のように驚き、喜ぶが、トリルビーはそういう歌手としての成功者ゆえのさまざまな待遇に関心がなかった。プラハの街中で歌った時のことだが、スヴェンガリが倒れた瞬間、トリルビーは「まともな」彼女に蘇り、そしてゲッコーとふたりでスヴェンガリを宿泊先のベッドに寝かしつけてマルタに面倒を見させている間、手に手を取って夕食の買い出しと医者を探しに行った。スヴェンガリの魔術に操られないトリルビーとふたりだけの時間を持てた経験は、ゲッコーにとって人生最大の悦びであった。ゲッコーと彼女が街中を歩き回ったことは目に浮かぶようだ。本書の楽しさはそのようにどのページも情景が鮮やかで、文字に書かれないことが想像出来る点にある。その意味で映像が固定している映画は面白くない。ゲッコーはトリルビーとプラハの街を歩いたことを1ダースの本に書けるほどと言う。密かに愛している女性とたまたま数時間歩けた経験が生涯で最高の愉悦というのは、あまりにもてない男の悲しさを伝え、ゲッコーもベン・ボルトであった。トリルビーやスヴェンガリ、それにマルタも死んで、ゲッコーは天涯孤独になった。それでも食べて行かねばならず、相変らずヴァイオリンを弾いている。先日スヴェンガリは辻音楽師ではないと書いたが、本書の終わり近くに路上ミュージシャンとしてのスヴェンガリとゲッコー、トリルビーの三人が描かれる。各地の市や人が多く集まる場所で歌を披露すると人々は熱心に聴いた。そういう経験からやがて大劇場で歌えるようになったが、それはおそらく死の1,2年前からだろう。路上演奏から始めて国中で知られるミュージシャンは多く、そういう成功談の最初にトリルビーがいる。だが、スヴェンガリに操られたトリルビーと違って、彼らは自ら有名になりたい一心で努力を続ける。そしてトリルビーは有名になっても幸福を感じなかったが、それは鋭いところを突いている。彼女がスヴェンガリの視線がないところでは「われわれの」トリルビーに戻るからには、歌手の彼女は本性ではなく、彼女を操ったスヴェンガリはやはり悪魔ということになる。トリルビーは死を意識した時、ゲッコーを心配してお金をすべて彼に与えることを遺言するが、スヴェンガリが死んだことにも同じようにかわいそうだとの言葉を発した。
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 スヴェンガリから暴力を振るわれたが、トイルビーなりに彼の優しさを知っていたのだろう。そうでなければ彼女は早々と彼のもとから逃亡していた。ゲッコーは歌が下手な彼女がなぜヨーロッパ中を感動させるほどの歌い手になったのかをタフィーに説明する。スヴェンガリはトリルビーが稀な響きを発する口腔をしていることを知り、彼女を仕込めば人気を博すると踏むが、それには猛烈な練習が必要だ。そしてトリルビーを引き寄せたスヴェンガリはゲッコーとふたりで彼女に一音ずつ歌の練習を始める。ゲッコーの言うところ、それはあまりに苛酷で、そのためにトリルビーは命を縮めた。誰よりも秀でる芸は、誰よりも多く練習することによる。これはあらゆることに通じる。スヴェンガリは催眠術によってトリルビーを操ったというよりも、超一流の歌手にしようというスヴェンガリの望みを彼女が知り、それに応えるために依存したと考えればよい。そこでこう考える。彼女がリトル・ビリーと結婚し、身分の差から肩身の狭い思いをしながらごく普通に生きることと、わずか5年で超一流の歌手となって師匠亡き後、それを追うように死ぬことのどちらがよかったか。前者であれば小説にはなりようがない。トリルビーはスヴェンガリの奴隷のようなもので、それでゲッコーは「スヴェンガリの」彼女に対しては憐れみを感じていたのだろう。それはあまりに「われわれの」彼女とは違って、スヴェンガリがいなければ姿を現わさない。本書にはスヴェンガリを蜘蛛として描いた挿絵があり、また彼をユダヤ人、ゲッコーをポーランド人とするのは、いささか人種差別の匂いが漂う。本書をヒトラーが知っていたと思うが、ユダヤ人が人の心を操る悪魔であるという設定に過剰に反応してヒトラーがユダヤ人虐殺を命じたことはあり得ないか。トリルビーの父がアル中のアイルランドであるという設定もいかにもありそうなことながら、イングランドとアイルランドの対立が本書の頃にも根強くあったことをうかがわせる。また、トリルビーの体をフランス人にはないものとするところは、イギリスの身贔屓だが、イギリスのすべてがいいのではなく、映画『悪魔スヴェンガリ』ではリトル・ビリーがトリルビーをイギリスに連れて帰ると言うと、スヴェンガリはロンドンの気候風土などを嘲笑する。さて今日で本書の感想を終えるが、本書が音楽を取り上げている点が筆者にはとても面白い。音楽に携わる者の生活や身分といったものは現在とほとんど同じと言ってよい。美術家には古代ギリシアという最高の規範があるが、音楽はしょせん得体の知れないスヴェンガリのような人物が携わるもので、そこにデュ・モーリアの優越感が見え透く。ただし、彼は音楽も大いに愛好し、また文章も巧みで、本書のような面白い、また歴史に長く残るものを書いた。彼が書いた3作はエルザの「ナイロンの時代」の3作にヒントを与えたであろう。
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by uuuzen | 2020-09-27 23:59 | ●本当の当たり本
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