辰巳の方角かと思ってグーグルマップで調べると少し北寄りだ。嵐山から辰巳の方角には京都駅が位置し、もっと遠方に名張がある。名古屋は京都の真東かと思うと、北北東だ。

先ほどプログレ総統の松本さんから遠藤豆千代さんが亡くなったとのメールがあった。わが家から辰巳の方角より少し北、四条と五条の大宮通りの間にライヴハウス「ブルーアイズ」がある。そこで去年の「文化の日」に「ザッパロウイン 19」が開催された。その時初めて名古屋在住の遠藤豆千代さんに会った。バンドがステージで準備する間、レザニモヲの963さんから彼と対談をしてほしいと言われ、ステージ前で豆千代さんと初めて語り合った。筆者は80年頃から名古屋のザッパのカヴァー・バンド「なぞなぞ商会」の存在を知っていたが、演奏を見聞せず、リーダーで歌手の豆千代さんについても何も知らなかった。そんな状態で話がうまく進むのかと思っていると、豆千代さんが口火を切った。「大山さんがザッパのカヴァー・バンドを集めて日本版ザッパナーレを開催したいということを聞くと、これは話に乗るしかないと思いました」。これには恐縮した。ザッパ解説者としてかなり後発の筆者をそのように言っていただけるのは意外であったからだ。先ほどの松本さんからのメールへの返事の最初に、豆千代さんのことを数日前に考えていたと書いた。正確に言えば、最近何度か思い出していた。去年豆千代さんはしんどそうであった。深刻な病を抱えていたのだろう。ライヴが終わった後、四条大宮の焼き鳥店で打ち上げ会があって、一旦参加しようと思いつつ、電車が改めて気になって地下に潜った。あの時、焼き鳥店に行っていれば、豆千代さんともう少し話は出来た。その後レザニモヲの963さんから、早速来年つまり今年の11月上旬に「ブルーアイズ」の予約を取ったことを聞き、そのライヴ「ザッパロウイン 20」で豆千代さんと再会出来るはずであったが、コロナウィルス禍が長引き、7月12日にわが家でレザニモヲと話すと、去年のようには会場は満員に出来ず、名古屋からバンドを呼べないだろうと聞いた。つまり、豆千代さんとは一期一会になってしまった。何歳であったのか知らないが、筆者とそう変わらないだろう。そう思うとなおのこと、毎日を充実させたい。「ハドリアヌス皇帝様、こぼれ落ちていた
ムカゴを拾いました」「これだけか?」「へぇっ、目を凝らして豆に集めたのですが」「ま、あるもので満足しようぞ」「全部お食べにならず、いくつかは埋めてはどうでしょう」「また成長すると?」「へぇっ、少なくともヘクソカズラに負けることはありません」「るなほど」「あっしに世話を任せてください」「頼っていいのだな」「へぇっ」「豆に生く 千代に八千代に 笑みこぼれ」「?」「奴隷も皇帝も、務めを充分に果たすと喜びがあるという意味じゃ。『立つ身から こぼれ落ちるや 香の花』 お前もな」
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