糖分の多い食べ物を控えたほうがいいのはわかるが、どういう食べ物に糖分が多いのか気にしたことがない。甘いものに多いことはわかるが、筆者は辛いものも好きなので、両方食べると糖分摂取過多にはならないだろうと無茶なことを思っている。

ともかく日々の体調を感じ取り、あまり気にせずに好きなものを食べればいい。それが精神的によく、肉体の健康にもつながるのではないか。それはともかく、言葉にも糖分の多いものがあって、「甘い言葉」という表現がある。その語彙がたくさんあるほうが女性にもてるだろうが、「甘い」は「脇が甘い」といったようにいい意味で使われない場合がある。筆者のブログは文章力アップにつながっているかどうかはわからないが、2,3年前からは一段落当たり1150から1200字までと決め、それを厳守しているので、冗漫な表現はなるべくしないように心がけている。第一に省こうとしているのは甘い表現になりがちの月並みな形容詞や副詞だ。偉そうなことは言えないが、才能のない者は人一倍努力すべきで、そこは素直に守りたい。さて、目下エルザ・トリオレの『幻の薔薇』を読んでいてその感想を近日中に書くが、今日は長年気になっている彼女の最晩年の著作についてだ。この本は新潮社から70年代に出た「創造の小径』シリーズの1冊で、当時フランスにいた有名な芸術家や学者に書き下ろしを依頼したものだ。日本でほとんど馴染みのない人物も混じるが、フランスの知性の一端が見える。また執筆者はみな高齢で、彼らの当時の関心がうかがえ、それは創造をどのように捉えて来たかを語ることでもあって、創造がどういう経緯で育まれるかを考えることに役立つ。20代半ばの筆者はそう考えたが、執筆者のそれまでの仕事をある程度知らなければ理解は及びにくい。ようやく執筆者と同世代の年齢になった近年、
3年前の秋に投稿したように改めてこの叢書を読み返しながら、70年代にはわからなかったことがいろいろと見えて面白い。その一方、筆者もこの叢書に倣って自分の創作について書きたい欲望が芽生えている。というのは、この叢書は多くの図版を伴ない、見ても楽しいもので、筆者が自分の創作を通じて書きたいことも多くの図版を必要とするからだ。またこの叢書はほとんどの巻が百数十ページで活字は大きいので文章量は多くなく、執筆者は言いたいことのエキスだけを書いている。そして書き手によっては凝った起伏を用意し、創作の秘密が本の構成そのものからもわかるようになっている。その点こそが読書の楽しみであり、「要するに」という考えを最優先させる多忙な人には向かない。ネット社会になってWIKIPEDIAのようにどんなことでも簡単かつ即座にわかるようになったが、それを読んで知ったつもりになるのは愚か者だ。
ということはネット社会になって愚か者ばかりが増えているのだろう。そういうじっくりと物事を考えない人は読書をあまり好まず、スマホがあれば何でもわかると思っている。ネットに本書についての感想文がどれほどあるのか知らないが、それらをたくさん読んでも本書を読む以外に本当の理解への道はない。またこうした翻訳本は巻末に訳者の解説があるが、その質が微妙に劣化して来ているように感じる。本文から特に目立つ文章を選んでまとめているのは読者に対して親切にとの思いだろうが、時につまらない。著者や著作をもっと大きな局面から見て書かれた解説は読者にはわかりにくい場合が多いが、多くのことを知った高齢になって読むと、自分の人生がそうした過去の知性とつながっているように思えてすこぶる気持ちがよい。そのように筆者が思えるようになって来たのは、やはり高齢に達したからで、20代に買った、あるいは関心を持った本が今頃になって愛おしく、じっくり読む気になっている。話を戻して、WIKIPEDIAはたとえば本書の内容や訳者による巻末解説については何も触れていない。それでは著者のエルザについて何がわかるかと言えば、何年に何をしたかといった程度のことで、それはそれで便利でもあるが、年譜的記述からその人物の本質がわかると思うのは傲慢だ。創作は巧妙な行為で、その巧妙さは作品そのものを味わうことでしかわからない。つまり、簡単にまとめたWIKIPEDIAからは何もわからないと言ってよい。となれば、筆者のこうした文章も作品の神髄をほとんど伝えないことになるが、筆者はそんなことは考えていない。筆者がこうして毎日文章を綴るのは、ささやかであってもひとつの創作で、自分で納得出来るような文章がいかに即興的に決めた文字以内でまとめられるかの、おおげさに言えば自分に対して火花を散らす行為だ。その意味からも筆者はWIKIPEDIAに関心はなく、ザッパについてのそれも読んだことがない。筆者が最も関心があるのは、やはり自分のこと、自分の創作であって、他者の作品のこうした解説めいた文章は自分のことを思ってのことだ。それゆえ、誰かに何らかの役に立つようにといった言葉は大嫌いで、そんなことを発言する人を偽善者と思っている。先日読んだピエール・ガスカールは「闇の友愛」という言葉を使って、実際はめったに会うことのない有名人ではあるが、意識がつながっている点において同類と感じる人々がいることを書いた。無名の、しかも創作をしていない人がたとえばジャン・コクトーに友愛を感じることは勝手だが、それはガスカールの言う「闇の友愛」ではないだろう。創作で名を成した人同士のそれは、お互いの存在を創作を通じて知っていることが前提で、ただの一読者はそういう関係を遠目に眺めるだけだ。ちょうど夜空の星座を眺めるのと同じように。
『創造の小径』の叢書は筆者にとってのそのような星座に思えた。そこに仲間入りしたいのであれば、才能を磨くしかないし、自分を凝視して創作をどのように考えているかを文章で他者に伝えることが出来るようになればなおよい。20代の筆者はその叢書の全巻がほしかったが、1冊当たり当時の筆者の給料の5パーセントという価格であった。現在は昔図書館で借りて読んだ1冊を除く全巻を所有するが、スイスのスキラ社では日本語訳が出なかった数冊があることを近年知った。新潮社は全巻の版権を所有すると帯で謳っているのに、なぜそれが守られなかったのか。おそらく売れ行きが芳しくなかったため、続刊は打ち切りとなったと想像する。あるいはスキラ版の出版が順調ではなく、日本版が出なかった数冊は他のものよりかなり遅れて出版されたのだろう。日本語訳のない巻は今は海外から購入出来るが、フランス語でしかも新潮社版と違って製本はかなり粗末で、糊づけした背からページがばらばらと外れる。その点、新潮社版は箱入りで麻のクロスに丸背の上製本で、1冊5000円ほどしただけはある。今日取り上げる本を筆者は78年1月に買っていることが扉の押印からわかる。蔵書印は中学3年生の時に作った。この本は76年に出ているので、筆者は当時古本で買ったかもしれない。それでも半額以上はしたはずだ。麻のクロスが汚れないように白い紙で覆い、本の題名をていねいにペン書きしていて、高価な本を大事に所有する楽しみは当時からであった。この本の題名はその後ずっと気になり続けている。文章を書く者は、言葉の森から狩人のように望みの言葉を取得せねばならない。それは簡単なようでいて、訓練が必要だ。エルザの夫であったルイ・アラゴンも同じ叢書に執筆依頼され、本書と同じ69年にスキラから出版された。その題名が『冒頭の一句または小説の誕生』で、筆者はこちらの題名も今に至るまで深層心理に大きな影響を受けている。このブログの冒頭の一字は予め決めたとおりの表にしたがって順に取り上げているが、冒頭の一句が決まれば後はすらすらと文章が出て来る。ただし、アラゴンの同書が書いていることはそれとはいささか違う。アラゴンは子どもの頃に密かに書いた文章を後年の小説の冒頭に全然異なる文脈で使い回しを何度もしたことを明かしているが、アラゴンにとっての創作の秘密は言葉を書くことを覚えた子ども時代に遡る。アラゴンは詩人として知られ、筆者は彼の小説は読んだことがないが、先日『冒頭の一句』と本書を立て続けに読み、ふたりの大きな差を知った。アラゴンは膨大に書いたそうだが、エルザとともに今はあまり読まれないのではないか。それはともかく、筆者は若い頃に『冒頭の一句』と本書を買いながら、まともに読まなかった。読みにくい内容とともに、ふたりについては顔の写真さえ1枚も知らず、ほとんど知識がなかったからだ。

その点はネット社会になって大いに便利になったが、著作をまともに読むことが必要であることは言うまでもない。せっかく買った本であるのに、ほとんど読まないか、読んでも理解が及ばないならば、無駄遣いしたことになるが、前述のようにヨーロッパで優れた知性たちが書いた叢書であり、理解出来ないのは当然筆者が凡人であるからだ。それでも前述のように、本の題名だけからでも影響は与えられる。あるいは本の内容は凝縮すれば本の題名にあるから、題名からあれこれと長年想像することも無駄ではない。アラゴンの『冒頭の一句』は終盤になって面白くなる。それは本書も同じで、面白いことにアラゴンは『冒頭の一句』が売れないであろうことをわかって書いていて、それゆえか、冒頭から書きたい放題で、話があちこち飛ぶ。ところが終盤になるとそれらがまとまって来る。と言うより、まとめようとしながら、話は全然違うところに進むのだが、ともかくアラゴンの場合、誰の影響を受けたかを告白するので、にわかに面白くなる。本書は『冒頭の一句』のように難解ではなく、割合すらすら読める。終盤になって一種意外な本音が吐露されるが、アラゴンとは違ってエルザは世の動き、流行にかなり敏感であったことが、たとえば今読んでいる『幻の薔薇』からもわかる。またエルザが自分の老いをよく自覚していたこともわかるが、本書を書き上げた69年4月、彼女は72歳になっていた。前年に翻訳本が出ていない『Écoutez-voir』を書いたが、これはエルザが選び、版組の場所を厳密に定めた多くの図版を伴なった小説で、それを書いていたこともあってスキラ社は本書の執筆を依頼したかもしれない。それほどに本書はエルザの最晩年にあって欠くべかざるものとして位置しているが、自分が書きたいように書く小説と違って、本書は書くことの意味を自問し、言葉とは何か、それによって何をどう表現するか、表現可能かを考察している。その意味で小説ではないが、終盤に至るとにわかに小説味を帯びる。だが、それはエルザ自身のことを隠さずに書いたもので、作り事の小説ではないだけにとても迫力があり、また彼女は1年後に死ぬので、なおさら覚悟が感じられ、彼女の作家人生が凝縮されているように感じる。またそれが牢獄のように孤独で、迷路のように先行き不明であることに戦慄を覚える。死ぬまでに彼女はもう1冊書き上げ、そのおおよその内容は本書の解説に書かれるが、人生の締めくくりとしてふさわしい、潔いと言ってもよい構造を持っていて、作品が斬新であるためには、文体だけではなく、全体の構成も重要であることを知っていた。そしてその点から本書を見ると、作品は作り手の個性によるもので、それ以外ではあり得ないことを再確認させるが、その意味でエルザは気の赴くまま、一方では周囲に常に反応しながら、書き続けたことがわかる。
本書の原題は直訳すると「言語化」ないし「言語表現」だ。それでは硬いので、邦題は本書という言葉の森から狩りとって「ことばの森の狩人」とされた。だが、「言語化」のほうが本書の意味がわかりやすい。本書は最初と最後に同じ絵を載せる。鳥がたくさん並ぶ絵で、エジプトの壁画に見えるが、11世紀半ばのヨーロッパの本の挿絵だ。本文冒頭では鳥は種によって固有の鳴き声があるが、人間は生まれた場所の人々が話す言葉を後天的に覚えることが書かれる。本書の最後は、「私には言葉をもたぬ動物たちの悲痛なさけびが聞こえるのです。」とあって、言葉を書き留めることで生きて来た自分は悲痛な叫びを表現し得たことを匂わせる。人間も叫ぶことが出来るが、鳥はさえずりによって喜怒哀楽を表わし、また多様な言葉を持たないさえずりないし動物の叫びは、人間から見れば感情の多様性においては劣ると見てよいが、本をほとんど読まない人はそうは思わないだろう。それゆえに今はペット・ブームが盛んでもあるが、人間が動物と大いに異なるのは、言葉を発し、文字を書くことで、それを操る文筆家は最も表現力豊かな芸術家と言ってよい。そういう自負がエルザやアラゴンにはあったと思う。エルザはロシア生まれで、最初に書いた小説はロシア語であった。姉がマヤコフスキーの恋人で、子どもの頃からエルザはロシア最先端の芸術家と交流があった。また子どもの頃からフランス語やドイツ語を教養として学んでいたが、フランスに移住してからフランス語で本を書くようになる。ところが最初に刷り込まれたロシア語は抜け切らず、フランス語の著作はエルザ独特の文体が混じるようになり、彼女はそれを強みとして自覚していた。またそうするしか仕方がなかったはずで、その仕方のなさが個性というものだ。エルザの顔はマティスやシャガールによって描かれているが、本書からもエルザが絵画に詳しかったことがわかる。そして、絵画や写真のイメージは言葉とは違う機能を持つが、前述のようにエルザは本書の前年に文章にイメージを混ぜた本を書いたが、挿絵入りの本はマティスやシャガールの版画本を挙げるまでもなく、昔から子どもの絵本や小説に例がある。それをもっと高度にしたものをエルザは考えたのだろうが、そこには当時のアンドレ・マルローの影響を感じるし、またネット時代を予告している。本書で最も印象深いのは、巻末近く、エルザが車で百貨店を訪れ、駐車場の階から外に出る際に出札係の女性から、エルザが母親の年齢と言われたことに感じ入る姿だ。それまでエルザは自分の老いを感じたことはなかったのに、他人の指摘によって覚醒する。そして駐車場のPの文字や駐車場の雰囲気からいくつかの絵画を想起し、そこから新たな小説が生まれ得ることを示唆するが、これまでは最も先が読めない方法を採って来たことに対し、迫る死を考えるとどういう作品となるかはわかる。
●スマホやタブレットでは見えない各年度や各カテゴリーの投稿目次画面を表示→→