昇る高さがどれくらいかと家内が訊くが、打ち上げ花火の玉の大きさによるだろう。今日は今月中に4回予定されている嵐山の花火の初日であった。
午後から天気が悪くなり、雷が鳴り始めたので、その開催を危ぶんだ。冷蔵庫の食糧が乏しくなって来ていることと、家に籠り切りで運動不足なので、午後6時頃に嵯峨に買い物に行くことにした。南の空の雲が黒く、遠雷が鳴り続けていたが、家内は北は晴れているので大丈夫と言う。それでも念のために傘を持って出かけた。渡月橋のすぐ下流の中ノ島ではテントがふたつ張られていた。そのうちのひとつはライヴ演奏用に充てられ、若い女性が歌う準備を始めていた。テントのそばに浴衣姿で立っていた司会の若い女性は、天気を気にしながら催しが始まることをマイクを通じて話していた。大雨になると花火は中止になるはずだが、何時から花火が始まるのかと思っていると、渡月橋南詰めに立っていた警備員の男性が観光客に「花火……40分」と言っているのが聞こえた。6時40分ではまだ明るいから、7時40分のはずだ。それならスーパー4軒を回って帰宅しても間に合う。渡月橋を渡ろうとする時、テント下にいたミュージシャンの女性がビートルズの「イエスタデイ」を歌い始めた。今にも雨が降り始めそうな悪天候の中、その曲は縁起悪く聞こえた。渡月橋を北に渡って信号待ちをしているとす、その歌は終わったようで、司会の女性が三密を避けるようにと話しているのが聞こえた。渡月橋北詰めにもスピーカーが置いてあって、それでよく聞こえた。遠雷は少しずつ接近して来て、鹿王院の前に着く頃、頭上で鳴り始めた。スーパーの手前50メートルのところで大粒の雨が降り出したので、筆者は傘を差さずに大股で歩き、スーパーに着いた。振り返ると、50メートルほど遅れていた家内は、いつの間には筆者との距離を10数メートルに近づけ、傘を差してやって来た。店内に入ればもう安心で、雨宿り出来る。雷雨を気にしてか、客は筆者ら以外はひとりであった。次のスーパーで買い物をした後、雨は止んでいて、北の空に青空が少し見えたが、遠雷は鳴り続いていた。今夜の投稿は俳句をひとつ作って投稿しようと思いながら、あれこれ考えた。雷の大きな音と光と花火の轟音と夜空を背景にした光の花を対比させたく、「雷雨去り 花火打ち上げ」を考えたが、残り5文字が思い浮かばない。予定どおりにスーパーを4軒回って中ノ島公園に戻って来ると、公園内の大きな時計が7時20分を指していた。4軒回ると歩数はだいたい8500歩で、運動にはちょうどいい。ホテル花伝抄は全室が明るく、阪急嵐山駅前方面から続々と人がやって来る。花火目当てだ。花火が打ち上げられる場所はたぶん嵯峨美大前だろう。そこなら松尾橋からもよく見えるからだ。桂川は渡月橋から松尾橋の間で直角に曲がっている。嵯峨美はその折れた箇所に位置する。
昔は嵐山の花火は毎年であったと聞くが、筆者が京都に住み始めた頃にはもうなかったはずで、40年以上ぶりのことだろう。新型コロナウィルスで観光客激減の嵐山なので、景気づけに久ぶりに打ち上げようということだ。「風風の湯」の常連のFさんは、昔は罧原堤つまり嵯峨美のある桂川左岸の堤で花火を見たそうだが、蚊に刺されて往生したと言った。それがいつのことか訊かなかったが、自治会のFさんはそのFさんより少し年上で、子どもの頃に嵐山の花火を見たと言うから、60年もっと前だ。当時は渡月橋すぐ下流の囲った箇所で小学生が泳いだそうだ。学校にプールがなかったからで、やがてその川の水が泳ぐには適さないほどに濁って来たので、学校にプールが出来たと聞いたが、話は逆で、日本中をコンクリートだらけにしたので川の水が汚れて来た。話を戻して、筆者は家内より先に家に着き、両手いっぱいの買い物を置いてカメラを持って中ノ島に向かった。まだまだ多くの人が同じ方向に歩む。鵜屋の前辺りで見ようかと思っていると、川岸には大勢の人だ。上流を見ると鵜飼船の灯りが見えた。今夜こそ間近でそれを撮影しようと渡月橋に向かうと、背後で大砲のような音が一発響いた。花火が始まったのだ。それで川岸の雑踏に紛れ込んで写真を撮ったが、筆者のカメラは反応が悪く、シャッターを押して2、3秒後に撮影完了のピーピー音が鳴る。それでせっかくの花火は最も華やかな瞬間が終わった後に捉えられる。2,3秒早くシャッターを押すなどして、20枚近く撮った。打ち上げ場所は予想どおりであった。また相変らずの遠雷で、真っ暗な空の一角が一瞬昼間のように明るくなった。筆者の前に背の高い男がいて、彼の頭が邪魔になるが、仕方がない。足元が玉石だらけで悪く、また多くの人がいて、移動するのはまずい。花火は思ったほど華麗ではなく、あまり高級なものではない。だが、色や形の種類は多く、光った龍が天に昇るように見えた後に破裂するものもあった。ただし、「これだけ?」と思うほど、時間は短かく、5分に満たなかったと思う。また、カメラで覗いた花火は迫力に欠けたが、肉眼で見るとかなり大きく、何倍も美しい。最後は数発同時に上がって、いかにも最後らしかった。ブログ用に写真が1,2枚でもうまく写っていればよく、駅方面に歩く人に混じって筆者も歩を速めた。帰宅すると家内が笑顔で言う。大きな音がしたので花火が始まったことがわかったので、外に出ると真正面に花火が欠けずに大きく見えたそうだ。そう言えば花火の打ち上げ場所はわが家の真北に相当する。それなら明日は家の前で見ればよい。俳句はすっかり忘れていたが、今どうにか続きを考える。「遠雷と コロナかき消す 花火かな」、「花火見て 疫病忘れ 涼戻る」、「雷に 花火続いて 劇な夜」
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