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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●忠犬ノラ公、その3
動していた人間が骨になって何が残るか。JR大阪駅北側にグランフロントの大きなビルがふたつ建って人の流れが変わったが、その東に広がる広大な空き地に新しい駅を造るなどの再開発が始まっている。



筆者が生きている間に完成するのかどうか知らないが、それはあまり興味がないからだ。10年ほど前に死んだNが生き返ってグランフロントを知ったとしても、驚かないだろうし、驚いてもそれだけのことで、他者に影響を与えない。今朝パソコンを開くと、ギリシアのタナグラ人形を紹介するナショナル・ジオグラフィックの記事が目に入った。ギリシアのタナグラで19世紀に墓から見つかった土人形で、前4世紀頃のものとされる。ギリシアのクラシック期に相当し、高さ10数センチとしてはきわめて写実的だ。様式性が強かったアルカイック期に同様の素焼きの小型の人形が作られたかどうか。たぶんあったはずだが、市民が歓迎して墓の副葬品として使う動きが当時あったことが前提になるし、アルカイック期の墓の数はその後のクラシック期のそれより少ないはずで、ほとんど発見されないのではないか。イタリア・ルネサンスに劣らない、あるいはそれ以上の大芸術家を輩出したはずのギリシア・クラシック期だが、ほとんどの作は伝わらない。絵画も墓の中から見つかる壺絵から想像するしかなく、またその壺絵の巧みさから神殿の壁画の見事さが偲ばれる。クラシック期のギリシア美術について書くフランソワ・ヴィラールの言葉にこうある。「おそらく芸術創造はだれもが有用と認める活動形式と映っていたが、そうであればこそ、民衆の好みをどのように評価すべきなのか―民衆のあいだでは真の美術愛好家は稀だった。プラトンのような哲学者たちについていえば、彼らの芸術観はまだきわめて概論的なものだった。なぜなら、それは一思想体系全体に結びついていたからである。……人間、その最良のもの、もっとも理性的で、もっとも美しいものにおける人間を前面に押し出した、広大な美的運動の源泉なのである。……クラシック美術は、都市のなかでまことに所を得ていたのである。ギリシア・クラシック美術は、こうして、生命との完全な同意のうちに、ある調和に満ちた創造の理想像たりつづけているのである。」 人類が生んだ最も美しくて輝かしい芸術がギリシア・クラシック期のものと筆者は思っているが、本音を言えばあまりに眩しくて近寄り難く、アルカイック期の作のほうを好む。それはさておいて、タナグラ人形は神殿を飾る彫刻を作った芸術家とは違って、無名の職人の手になるもので、それらの人形が個人の墓から出土することは当然だ。小さなものであり、またたくさん作られたので、ほとんど当時のまま出土する幸運に恵まれたが、鼻先や腕などあちこち欠けていても、博物館や美術館に収蔵される大理石の彫刻とは違って、まともな美術品の評価は与えられない。
●忠犬ノラ公、その3_d0053294_17041216.jpg
 タナグラ人形は型に粘土を詰めて抜いた後、手作業で修正を加え、窯で焼いたもので、伏見人形と同じ作りだ。そう思っていると今朝は梅田北の再開発地から人骨が1500体も発掘されたというニュースがあった。グランフロントの東で、人骨は一体ずつ丸い穴に入っている。江戸末期から明治にかけて同地は曽根崎村で、田畑が広がっていたが、その片隅に行き倒れになって死んだ人を葬る墓地があった。発掘された全員がどこの誰かわからないことに無常を感じる人は多いと思うが、業績や財産を残し、名が百年以上も伝えられる人は万にひとりもない。また名前が残ったとして、そのことにどれほどの意味があるか。ギリシア時代の名作も作者の名はわからない。運よくたまたま後世に伝わっただけで、タナグラ人形の作者も2000年経って発見されるとは思わなかったであろう。梅田北の再開発地からは、人骨とともに副葬品が出土し、今朝はその写真が1枚紹介された。「犬の人形」と説明にあって、これは伏見人形だ。筆者は同じものを手に持って早速出土写真と横並べにして撮影した。伏見人形は玩具であり、芸術とはみなされない。行き倒れになった無名の人を葬るのに、犬の土人形を一緒に入れた人は、野良犬のように死んだ人がさびしかろうと思い、忠犬として黄泉の国まで共連れにさせたかったのだろう。伏見人形は大阪の別の地でも発掘されているが、後世に名と作品を遺したい人は、この土人形の手法で現代の副葬品を発案すればどうか。だが、墓地の管理が困難になり、散骨が流行っていて、副葬品は時代に逆行しているか。ともかく、死人は骨となってすっかり姿が変わり果てたのに、素焼きの犬の人形はタナグラ人形と同じく、色が落ちただけで割れずに出て来た。人の命は短いのに、人が作ったものは何百、何千年と残る。しかも無名の職人が作ったものほどそうなるかのようだ。今の日本では、民衆の間で真に芸術を愛する者が稀であることは、ギリシア時代とほとんど変わらないだろう。そう言えば、人生相談者にもなっている演劇界の有名人は、コロナ禍があっても、演劇はギリシア時代から歴史が続いているので、今後もなくならないとTVで発言していた。歴史が長く、偉大な芸術を生んだ分野に自分を置くことで、自分の作品を高尚なものとしたい思いはわからないでもないが、目指す高さと作品の質が問題だ。とはいえ、大芸術でなくてもタナグラ人形のように誰もが忘れた頃に見出されることがある。それは作者にとって幸運かどうかとなれば、作者には何もわからず、どうでもいいことだ。結局生きている者が感慨を抱くだけのことで、それも湧いては即座に消える。そんな主の思いを知っているのは忠犬のみか。そう言えばザッパは犬についての曲をしばしば書いた。今日の投稿の題名をどうしようかと迷い、「忠犬ノラ公」としたが、2005年7月2013年8月に投稿している。
●忠犬ノラ公、その3_d0053294_17043134.jpg

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by uuuzen | 2020-08-14 17:04 | ●新・嵐山だより
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