蜘蛛膜下出血は脳の動脈に瘤が出来てそれが破裂することで、脳出血と同じように思うが、別の名前がついているので厳密には違うのだろう。蜘蛛膜というのは、脳を包む膜のことで、おそらく蜘蛛の巣のように脳を覆っているところからその名前があると想像する。

ピエール・ガスカールの『肖像と回想』を読み終えたので、補足的に書いておく。最後の章「亡霊」はルイ・パストゥールについてだ。ガスカールは面識はなく、業績について書くために、現在は研究所となっているパストゥールのアパルトマンに通った時の思い出を書く。パストゥールはあまりに有名な化学者だが、筆者は73歳で死んだ彼が40半ばで脳出血によって左半身不随になったことを本書で知った。ガスカールはフランス人であることを誇りに思っていたことが本書から伝わるが、パストゥールはパンテオンに葬られてもよかったのではないか。彼の業績はワインの腐敗を防ぐための研究から始まって、動物の病気を治すための免疫を発見するに至り、目下のコロナ禍のワクチン開発の礎を作った。それが半身不随の男の業績であったことに驚く。ガスカールはなぜパストゥールの業績について書く気になったのだろう。別格の優れた才能にただただ敬意を表したかったのかもしれない。文学と違って、パストゥールの研究は人類に計り知れない莫大な利益をもたらした。そのことを正直にガスカールは認め、賛辞を送りたかったのだろう。筆者もこの最後の章を読み、また別にパストゥールの生涯を読んで、感動がなかなか冷めず、家内に隠れてこっそり涙を流した。ガスカールはパストゥールが暮らした家を訪れ、その家具調度や段差が低い階段などを小説風に詳細に書いている。段差の低さは半身不随であったからだ。カーテンや壁紙、壁にかけられたパストゥールが描いた絵など、パストゥールが生きていた時のまま残されている空間をじっくり味わって、それらがパストゥールの天才を育んだと感じる。パストゥールはその建物の地下に埋葬された。ということは建物はパストゥールが生前見ていたままの内装で今後も記念館兼資料館として利用されるのだろう。これは羨ましい。富士正晴は茨木市図書館に書斎が移築され、蔵書もそっくり保管されたが、生きている間に稀な名声を得るとそのように税金で業績が伝えられる。家内は近年特に蔵書その他を生きている間に処分しろとうるさいが、それを実施して少しずつ空間が増えて行くことのさびしさを想像するのはつらい。それで、相変らず本は毎日のように増える。それはさておき、パストゥールは最初画家を目指した。クールベと同時代で、ガスカールはパストゥールの画才に非凡なものを認めている。両親の反対に遭い、科学者の道に進むが、学生時代の成績は平凡であった。つまり大器晩成型で、抜群の粘りのある努力型であった。だが、地道に研究しても徒労に終わることは多い。
第7章から少し引用する。「わたしは、科学的研究は、とりわけ生命科学においては、芸術的創造と同じ精神的能力に訴えかけ、たとえ内的起源のあらゆるしるしを奪われて、みずからの発展に従い、理性の諸法則に応じることになるとしても、他の知的活動にもまして、その出発点、その萌芽を、無秩序、無意識の富のなかに見いだすものだ、と考えるようになった。直感なくして真の知性はない(わたし以前にもよくそう言われた)。……」 ガスカールはパストゥールに直感があったと言いたいのだ。凡庸な化学者の何百倍もの業績を残したのであるから、直感がきわめて優れていたと言うほかない。その直感を育めば、彼は画家としても大成していたかもしれないが、なかったことを想像しても仕方がなく、クールベ以上の名声が得られたとは限らない。第6章「淀んだ水の秘密 ジャン・ロスタン」は、ガスカールが雑誌の取材で生物学者の家を訪れた時の印象記だ。最後に15年後に同じ家を再訪し、ふたたびジャンと話した時のことを書いて、15年前の訪問時に感じ取ったことの真実を知ってジャンを理解する。この章は特に読み物としてとても面白く、あまりに濃密な内容に、筆者は本書をここ数年で最も感動した著作であると讃えたい。そして今後ガスカールの本を少しずつ読んで行く気になって、早速次に読みたい本を発注した。どういう経緯からか、藤田嗣治がジャンの肖像画を描いている。そこに描かれる顔や姿は本章から浮かび上がるジャンそのものだ。ガスカールは最初の対談ではジャンが苛立っていることを感じたが、その理由はこう書かれる。「科学者にとって奇怪さは存在せず、わたしがそれをもとめ、彼に奇異なものを期待して、質問攻めにするので(彼は間違っていなかった)、おそらく彼の目には、わたしは最悪の、根拠のない詩への好みを示していたのだ。彼は出身と家族関係のせいで、無償の詩が何から成るのか知るには、恰好の立場にいたのである。」この「奇異なもの」というのは、ガスカールもそれなりに生物学に造詣があって、ジャンに一種の対抗意識を持って突っ込んだ質問をしたからだ。ジャンは単為生殖の研究で有名であった。ガスカールが対談者となったのは、彼も単為生殖に多大の関心を持っていたからで、雌が雄の存在なくして自分と同一の子孫を繰り返し生み続けることが、原始時代にはもっぱらであったと書き、また文学者らしく、それは処女ばかりが永遠にいた世界であったと表現するのは面白い。ガスカールは単為生殖するワムシが水から引き出されてボロボロになるまで乾燥しても、水一滴で完全に蘇生し、またその回数が16回であることをジャンに言う。ジャンはいらだって、「なぜ16回だけ生き返るんです?」と返すが、その時さらにガスカールがジャンに返さなかった言葉を体言止めで書く。「倍数性。いくつかの動物において、時おり単為生殖をもたらす染色体の増殖。」
筆者はジャン・ロスタンのことを本書で初めて知ったが、ネットにはないことも書かれる。ジャンの父は『シラノ・ド・ベルジュラック』を著わしたエドモン・ロスタンだ。母は元帥の孫のロズモン・ロスタン(筆名はロズモンド・ジェラール)で、エドモンと同じく詩人で劇作家であった。兄のモーリス・ロスタンも詩人で劇作家、小説も書いたが、15歳で女性的な態度を示していた。母は兄をかわいがり、ふたりの奇異な姿は有名であったという。ガスカールは「男=女」と書くが、次に引用する。「厚化粧をし、腰は曲がっていても年齢不詳のロズモンド・ジェラールが、額にカールした金髪を頂いた頭を昂然と上げ、腰を振って歩くモーリス・ロスタンの腕にすがって、よちよちと歩いていた。それは滑稽であると同時に感動的な情景で、誰もがふり返った。息子は自分を生んでくれた女性と精神的に結婚し、心底から一緒になるために、女性と化したので、母と息子との半世紀をこえる、互いの過褒が要約されていた。そういうイメージは、不器用で、粗野で、内気なジャン・ロスタンを、いかに孤独のなかにうち棄てていたか、想像に難くない!」両親や兄と違って生物学者になったジャンは、母に棄てられたさびしさを、「単為生殖において絶対的だが、両性生殖においても、その発生論的残余とは無関係に、主権をもちつづける母性の優位、支配を見いだすようになる」ことで補った。兄は晩年精神を病み、ジャンが自宅に引き取って匿った。その頃にガスカールは訪問したのだが、ガスカールはジャンの苛立ちの原因は、扉の向こうで聞き耳を立てているかもしれない兄の存在を知られるのではないかという懸念からではなく、「わたし(ガスカール)がある種の精神的彷徨に屈して、彼の兄(モーリス)と一緒になっていたからである。」とする。この前には前節の引用から続いてこうある。「……恰好の立場にいたのである。それは(父の)『シャントクレール』の誇張した韻文や、ロズモンド・ジェラールの感傷的な詩や、モーリス・ロスタンの人道主義的高揚のなかだけにあるのではなく、まず何よりも、文学の良い部分が包み隠している、現実の変容への意思のなかにあった。」わかりにくいようだが、先に引用した「わたしは最悪の、根拠のない詩への好みを示した」を思い出せばよく、ジャンにとってガスカールは趣味が悪く、精神がふらふらとして見えたのだ。前者については、恵まれない出自のガスカールは血統のよい家柄のジャンとは違うことを認めていたであろう。後者は「無償」という言葉が重要だ。ガスカールは文学で食べて行く必要のある売文家であったし、また多方面に関心を抱き、読者を飽きさせないように書く必要を感じていた。とはいえ、ガスカールは金目当てで下衆なことを書く人物ではなく、精神の気高さは本書のどこからでも垣間見える。残りの章については明日書く。
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