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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●雨にねぶの花
女でひとりっ子であったと思うが、父親にかなり似た性格なのだろう。都知事選の前に発売され、話題になっているルポルタージュ本『女帝』が気になって昨夜アマゾンの書評を読み込んだ。



これまでも有名な本を書いた女性による渾身の作のようで、評価がとても高いが、500ページ近いので買って読む人はよほどの本好きであろう。都知事の暗い過去が読後感を悪くさせそうなので、今のところは読むつもりはないが、虚栄心や女性について考えさせる。昨夜のその書評を読む前にTVでIKKOの生い立ちを紹介する番組を見た。彼の心は女のように細やかで、美意識が高い。2,3年前にも同様の番組があって、その時の彼は路傍の小さな雑草の塊をとても美しいと言った。筆者もよくそう思うが、美に携わる者はそうした誰も見向かないような雑草にも独自の美しさを感じる。そうではない者は芸術など一生わからないが、美の意識が乏しいものが美を扱う職業に携わることは多い。現都知事はTV界から政界へと進出し、それなりの美貌もあって人気者になって来たが、彼女の心は男だ。この場合の男とは、芸術などに無関心で、権力欲が並外れて大きく、自分を大きく見せようとすることに熱心なという意味だ。一旦首相や都知事になると、政治家としての手腕が乏しくても周囲の補佐があってどうにか政治が動いて行くが、税金の限りない無駄使いが生じる。あまりのアホらしさに筆者はなるべく政治家のことを考えないようにしているが、日本の女性政治家はほぼ全員があまりにおそまつで、真の意味での女性らしい人物がいない。男女問わずに有名病に侵されている者はいつの時代にも大勢いるが、目立ちたがり屋は女性の特徴としてよい。どの女よりも自分が美しいと褒められたい気持ちは、男には女のかわいい魅力に映るものだが、何でも度が過ぎては駄目だ。「奥床しい」という表現があるが、今は男女ともに深い心遣いは他者に伝わりにくく、冷淡、冷酷な人物が格好いいと思われる。『女帝』には都知事の冷酷ぶりが多くの人のインタヴューによって書かれているが、政治家は「奥床しい」の欠片もない代表がなるもので、それでこそ政治がうまく運ぶと誤解されている。そういう時代はたとえばヒトラー政権であったが、いつでもどこでもヒトラー並みの政治家は出て来る可能性はある。大部分の人は過去に関心はなく、今がよければいいと刹那的に生きている。明日はどうなるか誰にもわからないというのがひとつの理由だが、どうなるかではなく、どうしたいかだ。現状をよくするように心がけねば、明日は酷い過去をなぞり得る。都知事は日本初の首相を目指していると言われているが、自己満足のために国がどうなってもかまわないと思うのは女の愚かさだ。彼女の心が男だとすれば、その言い方は矛盾だが、出世欲、名誉欲が並み外れて大きくても、彼女は女であり、女特有のいやらしさを持ち合わせるだろう。
●雨にねぶの花_d0053294_23150382.jpg
 最近筆者はショパンを連日聴いていることもあって、ジョルジュ・サンドの著作を読みたいと思っている。彼女の晩年の写真を見ると、知的な貫禄があって、さすが歴史に名を残す人物は違うと感じる。彼女は男装で有名であったが、才能を活かして男社会で伍して行くには、女っぽいと見られることを拒否しなければと思ったのだろうか。当時は今以上に女性が有名になって生きて行くことは困難であったが、現都知事は自分が美しく見えることには敏感だが、美という観念にはとても鈍感なようで、サンドのようには歴史に名を残すことはあり得ない。女の虚栄心という厄介なものを見るからだ。若い頃にTVのニュース番組に出て多くの人から注目されると、その快感は一生続くものと見える。またその一種の精神病はネット時代になって広く蔓延することになったが、そこに物悲しさがある。それは都知事にも濃厚に漂っている。有名になりたい、あるいは有名になった女性には、それはつきものと言える。その意味で筆者が『女帝』を読んでも都知事についてまずは物悲しさを感じると思うが、それは甘い考えで、東京都のトップに立つ者は責任が大きく、その為政に同情は禁物だ。また大多数の人が持ち合わせる優しさや甘さを超越ないし欠如した位置に彼女はいるはずで、その怖さを同書は伝えようとしているのだろう。さて、昨日今日と大雨が断続的に降り、とても湿度が高いが、裏庭には合歓の花が満開だ。それで思い出すのは芭蕉の有名な句「象潟や 雨に西施の ねぶの花」だ。合歓の花は形は花らしくなく、似た花はないと言ってよい。芭蕉は中国の伝説の美女で若くして長江に投げ込まれて死んだ西施になぜ合歓の花をなぞらえたのか。そこにはこの花を手に取って眺める必要がある。先ほど裏庭に出ると、合歓の花の断片が腕に落ちて来た。それは筆の毛のような形で、長い睫毛に見えなくもないが、根元が白で先端に行くほど桃色をしている。筆者は新潟に行ったことがなく、また行ったところで象潟は埋め立てられてもうない。芭蕉時代のそれは広々とした長江を思わせたのだろう。その象潟の畔に満開の花咲く合歓の木があって、その雨に煙る花の艶やかさを西施の悲しい運命になぞらえたが、わが家のせせこましい裏庭に枝を広げる雨の中の合歓の木の花は、悲しいことに絶世の美女を全く連想させない。桂川の畔にはこの木が点在し、その風景なら芭蕉のこの句を連想させるだろうが、わが家ではあまりに不釣り合いな物悲しさのみがある。また普段は葉は広がり、木全体としては大きな傘を広げたように見え、雨が降ると葉をオジギソウと同じように閉じる。その様子が美女が目をつぶって眠るようであり、それで芭蕉は「ねぶの花」と詠んだようだ。夏の花なのに、咲いてすぐに枯れるか弱さで、それで芭蕉は美女にたとえた。今日の最初の写真は午後5時の小雨時、2枚目は昨日の午後6時の大雨時。
●雨にねぶの花_d0053294_23152444.jpg

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by uuuzen | 2020-06-13 23:15 | ●新・嵐山だより
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