専門家でない有名人がネットであれこれと意見し、それに対して無名人があれこれと意見する。真理はどこにあるのかという心理が働くので仕方がない。相手は未知のウィルスであるから、今回の嵐が過ぎ去るまで正体はわからない。
今日は政治的な内容で名を売った66歳の有名漫画家が、自粛を止めて経済を回すべきと、また現在の論調を混ぜ返すことを発言した。相手が未知のウィルスであることを無視した考えで、呆れるほかない。一方、韓国からは一旦陰性になった人がまた陽性反応が出たニュースがあった。アホな嫌韓派はそれを嬉しがって、検査不要論を大いにぶちまけている。発熱や味覚嗅覚異常の自覚症状がある人はみな検査すべきと筆者は考えるが、それがまだ数十分の一も検査されていない。政府の考えは先の漫画家と同じく、蔓延を放置し、そのうち収まるだろうとの楽観主義のようだ。検査の盲点として、自覚症状のない人が感染を広げる可能性の問題があるが、そういう人は自覚症状のある人よりかは感染を広げないとひとまず考えて、まずは自覚症状のある人を検査し、陽性の人は隔離する。PCR検査が100パーセント正しくないのはあたりまえで、それを言えば何でもそうだ。癌でも見落としがあるし、医者の誤診は珍しくない。100パーセントでなくても陽性の人は確実に何割かは拾えるので、そのようにしてしらみつぶし的に感染拡大を抑えて行くしかない。また家にこもっているのは感染者を増やさないためであるのは言うまでもないが、これは人々の間に相互監視の嫌な雰囲気を生み出すとはいえ、気の緩み、つまり油断が大敵であって、筆者や家内のように家に閉じこもった切りでいる無感染者が気軽に散歩することも慎むべきだ。人出が目立つと、感染者が出歩く気になりやすいからだ。また感染者が家にこもっている間に治る可能性が大きい。そう考えての自粛要請だ。自粛不要論は死者数が少ないからだが、これは感染者数とともに信用出来ない。検査数の何割かが感染者であり、検査してもらえない自覚者全員を検査すると、その数に応じた桁違いの感染者数になることは誰でも知っている。そこから想像するのは、死者数も同じように多いのではないかということで、また肺炎による死者全員に検査をしていないことは明らかだ。そこで政府寄りの考えの人は外国も同じで、検査されずに死ぬ人がいることを指摘するが、先日も書いたように検査数が2桁少ないからには外国と比較出来ず、日本は死者数を隠蔽していると思われても仕方がない。外国並みに検査数が多くてなおかつ死者がはるかに少ない場合にのみ、自粛不要論は意味をなす。検査を増やせば医療崩壊して却って死者が増えるという意見は、自分が発熱などの異常を感じていない呑気さがあるからだ。洲之内徹の本にあったが、敵の銃弾で小指の先が吹き飛ばされただけでも死の恐怖から動けなくなるそうだ。
発熱などの異常があり、その苦しさと、家族に移すのではないかという心配があれば、検査を望み、そして陽性結果が出れば隔離してほしいと思うのは当然だ。そういうことを無視して、全員感染して抗体を得たほうがよく、経済を回すことが大事だと唱えるのは、あまりに冷酷だ。ひとり暮らしであればそういう無茶な意見もわからないではないが、子どもや親と同居していれば、自分の感染によって家族を苦しめることに怯える。そうでない者は、いつでもPCR検査をしてもらうことが出来る有名人か政治家で、また彼らは常に最後の砦になるエクモを待機させている。彼らは金の心配がないから、全く呑気なものだ。人との接触を8割減らしてほしいとの政府の要請は、電車で通勤したことのない極楽人の戯言で、働けない人は家に数か月もこもっている間、貯蓄を崩すしかない。そんな蓄えがない人はどうするのか。昨日は近所の客が激減した喫茶店から出前をするとのチラシが入った。そういう工夫をして収入をいくらかでも確保出来る場合はいいが、サラリーマンはどうするか。あるいはすでに派遣切りされた人も多いだろう。寮を追い出された大学生は故郷に帰るしかない。今さら政府の1月下旬の無策を罵っても仕方がないが、それから3か月が経とうというのに、感染者数の増加にまだほとんど有効な手を打っていないように見える。今日は雨で、筆者と家内は終日同じ部屋で顔を合わせながら過ごしているが、働き盛りの人はそうは行かず、感染の恐怖と金の心配に板挟みになっている。前述の漫画家やTVに出ている顔の売れた人たちにはたっぷりと貯蓄があって、贅沢をしなければ優に数年は仕事せずに暮らせるはずで、新コロに困っている人の事情には無関心だろう。自分たちが成功したのは努力したおかげで、金に困っている状態は自己責任との考えだ。政府が金を出さないのは庶民の生活が想像出来ないからだ。彼らは夕暮れのスーパーに行って、2割や3割引きの値札シール商品を探すことなどしたことはないし、商品の物価も知らず、関心もない。経済的に貧しい人から新コロの影響をまともに受け、場合によってはニュースにもならずにひっそりと死んで行く。そのことが今後どれほど増えるか。新コロに感染し、1週間ほど自宅で苦しんだ挙句死んでも、検査されずに世の中から消える。昔から貧しい民は黙って耐えるしかない。そして黙って消えれば、政府からは厄払い出来たと思われ、またそういう政府を無慈悲で醜い連中が、「みんな感染して経済を回せ」と叫んで喝采を送る。ともかく、メディアにはあまりに醜悪な連中ばかりがのさばり過ぎている。筆者はマスクに赤で「967-567」(来るなコロナ)と呪文を書いて、明日は雨が上がれば、家内と値引き商品を漁るためにスーパーに行く。そして967円の商品が567円に値引きされていれば絶対に買う。半額ならなおいい。
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