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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●隔世の覚醒
物はどうなるのだろう。新コロで人の往来が制限され、アメリカはイギリスを除く欧州からの入国を禁止したが、昨日ネット・ニュースに日本から海外へ送る荷物は貨物便が縮小して受けつけられないと発表があった。



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一昨日筆者はebayでアメリカから品物を買った。同じものが他にないだけに、アメリカで留まることがあれば困る。その品物は何度か価格交渉をし、1ドルが105円ほどになった時に改めて購入価格を提示すると即座に受け入れられた。相手も新コロ騒ぎで今後ドルの価値がどう動くかわからない不安があったのだろう。相変らずの新コロ不安が続くが、大阪が自粛を解除する方向で、経済を優先的に考える大阪らしい。昨夜の「風風の湯」のサウナ室では筆者を含めて4人の常連がいて、そこに40歳ほどの旅行者がひとり入って来た。彼は常連の話を黙って聞いていたが、途中で笑いながら話に加わった。群馬からのひとり旅とのことで、新コロで京都が空いているので来たと言った。市中でのホテル代が4000円で、それで新幹線はグリーンに乗ったのだろう。最初は筆者と話が弾み、やがてFさんと株の話で盛り上がって行った。筆者はFさんの経歴をさほど詳しくは知らないが、昨夜はその若者相手にFさんがサラリーマンであった頃の話をいろいろとしたことで一気に情報が増えた。Fさんは株の暴落で2000万円ほど損したと言ったが、あっけらかんとしたもので、Fさんは株のギャンブル性が競馬と同じように生きている実感を得られる重要な趣味となっている。それはさておき、最近読んだ加藤一雄の本に、嵯峨に住む加藤が近所のうどん屋によく通い、そのうどんのおいしさや店に出入りする京都の若い女性の美しさについて書いていた。その店がどこにあったのかをFさんに訊くと、即座に場所を教えてもらった。それは筆者と家内がスーパーに行く時に前を通りがかる四つ辻の角で、建物はそのままある。加藤の家はFさん宅から100メートルほどの距離にあって、Fさんによればかつて材木商が持っていたのを京都市が買い取って50坪単位で抽選販売した。半世紀以上前のことで、近年はその50坪が半分に分けられて新築が建っているそうだ。加藤は京都市内の学校で教えていたので、抽選とはいえ、優先的に買えたのではないだろうか。Fさん宅の近くには今でも大きな材木商がある。10年ほど前、Fさん宅のすぐ近くに大きな公園が出来たのも京都市が材木商から買った土地とのことで、材木商の経済力が衰えて来ている。嵯峨の材木商は筏で亀岡辺りから木材を運び、それを少し下流の梅津の川沿いに浮かべていた時代があった。わが家の近くに20年ほど前まであった銭湯のタイル絵は桂川を下る筏の絵で、角倉了以の威光がわかりやすい形で地元には伝えられて来た。それは日本の家屋が日本の材木をあまり使わなくなったことで一気に忘れ去られて来ている。
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 わが家は嵯峨のある材木商が嵯峨美大のある桂川左岸の罧原堤沿いに建て売り住宅をどんどん建てて大儲けしていた頃に特別に設計して建てた珍しいもので、販売当時とても高くて何年も売れなかったと聞く。その材木商はやがて商売に失敗し、会社もなくなった。その話を以前Fさんにすると、Fさんは子どもの頃からその社長とよく遊んで知っていて、大きな商売が出来る器ではないと笑いながら話してくれた。嵯峨に何代にもわたって住んでいる人だけに、地元のことは詳しく、また意外なことを筆者はよく聞く。先のうどん屋のこともそうだが、加藤が感心した京娘の美貌に思いを馳せると、案外そうした女性はFさんの身内であるかもしれず、加藤が書くように何代にもわたって同じ土地、しかも京都の場末とはいえ、嵯峨に住む女性は他の土地にはない京都独特の美しさを持つことは筆者でも想像出来る。加藤は同じ本で、もう二度と大阪の下寺町界隈に行くことはないと書いていて、それがまだ昭和40年代であることを思うと、加藤は現在の大阪はもう人が住めない醜悪な場所と嘆くに違いない。一戸建てが皆無でビルばかりとなれば、誰でもそう思う。その点Fさんが住む界隈は加藤が住んでいた頃とほとんど同じで、変わったことは家が新しくなり、それが材木ではなく、得体のしれない新建材による張りぼてによるのっぺらぼうのような無個性であることだ。Fさんの自宅の大黒柱は大人の腕が回らないほどの太さがあるそうだが、近年の新建材による家を嵯峨には似合わないものと思っているのだろう。だがかつて50坪で分譲された宅地が今は半分にされて売られる。昨日はFさんが中学校の同窓会を近々開くとも聞いた。50人の同級生のうち、死者と行方不明者を除いた36,7名が参加するそうで、学級で一番賢かった男性が京大を出て、同窓会をまとめているそうだ。女性はみな地元で結婚していて、中にはとても裕福で有名な家に嫁いでいることもあるそうだが、それは当然だ。女性は結婚で人生が一変し、また決まる。筆者が少々驚いたのは、現在の70代前半の女性が地元の男性と結婚していることだ。それで加藤は嵯峨の女性の美は何代にわたって地元に住んでいることによると思った。京都は世間が狭く閉鎖的と言えるが、加藤はそのことをよくよく知っていて自分を異邦人と思いながら死んだであろう。それは筆者も同じだ。Fさんは「風風の湯」の常連がどこの出身かに関心があって、たとえば京都市内の出であってもどの場所であるかでだいたいの素性を推し量る。それはいやらしいと言えばそうだが、何代にもわたって京都に住む人たちはそういう閉鎖性があり、またそのことを不思議とは思わない。他所者を信用するなということなのかもしれないが、大坂から京都に移住した上田秋成が最晩年に京都人のことを不義理と書いたことと同じことは今なお健在だ。
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 加藤一雄が書いた京女の美は言葉では表現しにくい。何年か前に書いたことがあるが、TVで「美人数珠つなぎ」という企画があって、京都で若い女性を5人ほど次々と紹介していた。最初は中京か下京の何代も続く商家の娘で、美女とは言い難かった。ただし、めったにない雰囲気、気品と言ってもいいかもしれないが、ねちっこいとも素朴とも受け取られる貫禄があった。彼女が紹介した女性はもっと美しかったが、老舗の娘ではないのでどこか軽かった。そのようにして順に紹介が進み、山科や宇治、伏見と郊外に移るにつれて芸能人と見紛う美女が登場した。ただしその美はいかにも現代的で、蓮っ葉であった。水商売をしていて当然でもあるが、そういう女性につく男性もまた想像どおりで、世間はそういうカップルが大多数を占めて、今は美女美男の基準が加藤の生きた頃とは決定的に変わってしまっている。筆者は芸能界の女に関心はないが、先ほど読んでいた富士正晴の1968年に文章に、TVの歌手を見ていると腹が立つとあった。これは芸能界にいる美女と言われる女のどこが美しいのかという思いだ。では富士が思う美女とはどこにいたのかとなれば、それは心配するに及ばず、女は男のいるところにはどこにでもいて、結局のところ男女は釣り合う者が接近し、親しくなる。出会いはごく狭い世界でのことで、星の数ほどに男女はいても、実際に面と向かって話す人数はごく知れている。筆者は加藤や富士の奥さんがどういう女性であったかに関心があるが、加藤や富士は男の陰にいて表に出ない女性が奥床しくていいと思っていたであろう。ただし、その一方で不良っぽくて惚れた男には徹底的に尽くす女にメロメロになるところもあったようで、筆者はそのことも大いにわかる。とはいえこれはないものねだりのようなものだ。女に振り回されるのは心底疲れる。男の寿命が女より短いのはそこ理由があるのではないか。昨日は「風風の湯」で82歳のMさんと久しぶりに話し、時代ががらりと変わったことに話題が進んだ。筆者は古美術業界では掛軸の人気が低いことを言うと、Mさんは床の間がなくなったのでそれは当然である一方、日本人が平気で過去の美術品をゴミ同然に捨てることを躊躇しないからと言い、続けてMさんのマンションの立派な内装の1軒が、見事に現代風のちゃちなインテリアに改造されたことを嘆いた。材料にこだわり、贅を尽くして造った前の居住者の空間が一瞬で安物に変貌してもそれは新しい居住者の趣味で、価値ある美術品をゴミとして処分する時代であることと釣り合っている。そのようにして大阪も京都も「らしさ」を失い、加藤一雄が嫌悪する街のたたずまいになって行く。加藤が嵯峨に住んだ昭和30年代ですでに加藤は嵯峨の変貌の醜悪さを嘆いたが、今なら絶句しかない。古きものは去れということだ。
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 その嵐山や嵯峨の変貌について筆者はこのブログに写真とともにたまに投稿しているが、それでも他府県から観光で訪れる人は京都のそのような変化を知らない。外国人観光客がいなくなれば今がチャンスと日本の若者が押し寄せていて、先日はサウナ室を5,6人の大学生が出入りしていた。東京から来たとのことで、嵐山に食事する場所があるかと訊く。午後6時でどの店も閉まったので、河原町に出るしかないと言うと、きょとんとしていた。彼らはUSJ目当てに来たそうだが、閉まっていることを知って来たようで、USJの代わりに京都見物にしたのだろう。彼らが出て行って筆者ひとりで汗を流していると、5分ほどして彼らのひとりがサウナ室の扉を開けてこう言った。「いろいろとお話ししてくださって先ほどはどうもありがとうございました」なかなか礼儀正しく、今の若者はと老人が思い込むことは間違いだ。もっとも、それはこっちの接し方もある。家内もよく女湯のサウナ室でひとり旅らしき女性に語りかけ、そして親しくなって、どういう経緯からか筆者のことを話題にし、筆者が先に上がってフロントで待っていると家内は若い女性と一緒にやって来て筆者を紹介する。そういうことがままあるが、彼女たちはみな京都に憧れて、先日はフリーで仕事をしている30歳くらいのエキゾティックな顔の女性はいつか嵯峨に住むのが夢で、老人ホームのパンフレットをもらって来たと言ってそれを見せてくれた。若いのにもう数十年先のひとり暮らしのことを考えている。人生はどうなるかわからず、新コロに感染してコロっと逝ってしまうかもしれない。それはそれということをその女性は知っているだろう。そして京都は引退して暮らすのに最適と思っている様子は、案外正しい。筆者もほとんどそのような状態で、「風風の湯」の常連はみなそうだ。今日の投稿は題名を決めずに書いているが写真はそうではない。昨日は2か月ぶりに梅津の従姉から電話があったが、梅津に行くことはめっきり少なくなった。Fさんから聞いた「訳あり」の割れおかきを買うために家内と梅津段町の酒屋に先月20日に行った時、カメラを持って出かけ、松尾橋下の工事の様子と去年秋になくなったムーギョのその後の工事の状況を撮影した。今日の最初の写真は去年10月6日のムーギョ跡で、2枚目は12月の中旬、3枚目は先月20日の松尾橋下で、4枚目は同じ20日のムーギョの後に出来た店でまだ工事は完全に終わっていない。5枚目は4枚目の右端の別角度だ。すぐ隣りに大きなドラッグ・ストアがあるので、その商売敵が新しく出来るのはどうかと思うが、ま、梅津の人口の多さがわかる。ムーギョの前にあった厚生会というスーパーをよく知っていて、京都に出て来たばかりの家内は一時そこにアルバイトで勤務した。隔世の感があるが、それだけ筆者も家内も老人になったということだ。
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by uuuzen | 2020-03-14 23:26 | ●新・嵐山だより
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