済んでしまえばさほどのことでもなかったと思えるのが人間だ。嫌な過去をいつまでも思っていると前に進めないからだ。とはいえ、心配が過ぎる人もある。それに過去のトラウマを完全に忘れたと思っていても、精神の奥深くで記憶していて、それが無意識に心身に影響を与えることはある。
さて、新型コロナウィルスに感染する恐怖から国民の行動の自粛要請が出たが、1か月ほど遅きに失したと思っている人は多いだろう。武漢の路上で大人の男性が倒れている映像を先月の初めに見た時、筆者は同じことが日本で起こることを想像し、そばにいた家内に「これは危ないな」と呟いた。武漢が封鎖されたのはその1週間ほど前だ。未知のウィルスの蔓延によって1000万人都市を封鎖するという、前代未聞の大事が隣国で生じている現実に懸念をしない人は、想像力がない。鳥インフルエンザからもわかるように、見えないウィルスは簡単に日本に入って来るし、出て行きもする。クリックひとつで世界中から商品が届く時代ではないか。麻薬もそうだが、ウィルスが世界中に一瞬で広がることはあまりにもあたりまえ過ぎる。そう思う筆者は、日本全体を早期に封鎖しても今回のウィルスを防ぐことは無理であったと考えるが、先月のかかりにTVを見ながら筆者が「危ないな」と思ったことの懸念を為政者が真剣に考えて即座に行動を起こす必要はあった。それを武漢からの来日者を入国禁止にしただけで、他の地域の中国人は今も入って来ているというから、蛇口近くの水道管が壊れて水が噴き出している状態で、蛇口のパッキンを交換しただけのことだ。咄嗟の判断と行動が求められる時に何の効果的なことも出来ない為政者が無能と呼ばれるのは当然で、会社なら即クビだ。江戸時代なら切腹モノだが、今は誰も責任を取らず、それどころか相変らずのその場しのぎの考えに終始し、想像力がない。この1か月、筆者はコロナにどうすれば感染しないで済むかを考えて来たつもりだが、スーパーへの買い物や月一度の母の介護、それに「風風の湯」に行くことや仕事上欠かせない展覧会など、人と会わないでいることは不可能だ。それでも以上に書いたことのほかは家にこもり切りで、運動のための散歩をしたことはない。もともと出不精であるから、コロナ騒ぎもほとんど何の影響もなく、以前と同じように暮らしているが、人との濃厚接触を避ける意識はあって、梅津の従姉宅には行かず、同じ自治会の住民の親しい人にも気晴らしに話に出かけていない。これは自分が感染しても仕方ないが、筆者から肺の機能がとても悪い家内に移すと大変なことになるからだ。家族を心配することはあたりまえで、それが基本だ。これは他人はどうなってもかまわないと言えば、そうではないと言える部分のほうがはるかに大きい。家族を思いやることから他者への痛みもわかるからだ。そこに想像力がある。
自分の家族が大事という思いは他の家族も持っている。自暴自棄になって他人を大勢殺して自分も死刑台の上ると思い詰める若者が時たま出て来るが、彼らに欠けているのは他者の痛みへの想像力だ。今回のウィルス騒ぎはそういう想像力について考えさせる。それが欠如していた総理の最初の判断ミスはもう仕方がないとして、今何が出来るかを考えるに、先延ばし可能なことはそのようにすることに限る。ところが一昨日筆者は大阪の天神橋筋商店街を歩きながら、狭い居酒屋に鈴なりに座っている若者たちやパチンコ屋の相変らずの人混みを見ながら、ウィルス感染者とその蔓延がないほうがおかしいことを思った。昨夜のニュースで、2週間前の大阪市内のライヴハウスで感染者が3人出たことを知ったが、学校を休みにし、美術館やコンサートの催しを一斉にやめたところで、小規模の狭い空間での人の密接な集まりは野放し状態だろう。パチンコ屋や映画館の営業がよくてライヴハウスが駄目というのは理屈に合わず、これは個々の営業者の判断に委ねるということだが、ウィルスに感染したくないのであれば客にならず、また感染すれば他者に移す可能性があるという想像力を持ってもらうしかない。経済活動をすべて停止することは不可能で、国立の博物館や美術館の休館が実施されたのは経済性をほとんど考える必要がないからだ。また展覧会はだいたい人は少なく、みんな館内を歩いているから、ウィルス感染の心配はコンサートやライヴよりはるかに少ないはずだが、無とは言えない。人の混雑ぶりを言えば通勤電車は圧倒的だ。もうこれはどう考えても蔓延を防ぐことは無理な話だが、気安めとして、またより拡散させない行動はすべきで、自分が感染すれば家族を感染させるという想像は子どもでも出来る。昨夜知ったニュースに、40歳くらいの日本の女性ミュージシャンが閏年の2月末日が記念日とやらで、5000人規模のライヴを開催したとあった。筆者はそのミュージシャンの名前だけ知っていて、顔も曲も全く知らなかったが、昨夜は初めてその顔写真をネットで見て嫌な気分になった。わがままで想像力に欠ける、つまり優しさのない女であることを直感したからだ。案の定彼女らの行為はネットで叩かれていたが、有名で成金の彼らには屁でもないだろう。去年ある女性と話した時、彼女はミュージシャンの麻薬使用のどこがいけないのかと不思議な顔をしながら言った。人に迷惑をかけない限り、何をしてもいいと思っているのだろう。ザッパはメンバーの麻薬使用を知るとツアーの最中であっても即座にクビにした。そういうごくまもとな人物が誰も真似の出来ない創造をした。音楽をやる連中がアウトローを自覚するのは勝手だが、法律を犯していいはずはない。想像力のないクズが音楽をやって有名になりたがる。想像力は創造力の根本だ。前者が欠落して後者に恵まれることはない。
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