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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●ハルカスから桃谷まで歩く、その1
む危険にどこで遭遇するかわからない。それで人は危ないとされる場所には近寄らないが、フランスではコロナウィルス騒ぎでアジア人蔑視が起こっているという。



●ハルカスから桃谷まで歩く、その1_d0053294_00383512.jpg
蔑視はいつどこでもあり、日本でも同じだ。「風風の湯」の常連のIは、筆者は最近会わないが、以前よく話をしていた頃、「梅津は柄が悪い」と言った。確かにそうかもしれないが、Iのほうがよほど柄が悪く、それで筆者も話さないようになった。差別する者は差別される。日本が中国や韓国を蔑視することと、日本がヨーロッパから蔑視されることは同じだ。人は自分より上や下の存在を作ることで心の安定を求める。アホらしいことで、頭の弱い連中がやることだ。そしてそういう者はいつどこの国にも大勢いる。そのことがわかっていたので、中国は君子の道をかつて説いた。ところがその儒学を日本は特にさっぱりと捨て去って、TVでは田舎じみた顔の娘が英語を得意気に話すCMが流れる。それを見て筆者は恥ずかしさのあまり顔を赤らめる。そう言えば加藤一雄は英語の教師として戦前の京都美術工芸学校に勤務したが、フランス語も出来たので、その原書を読んで『無名の南画家』の着想を得た。おそらく加藤は英語やフランス語の会話は出来なかったはずだが、日本語の語彙がとても豊富で、筆者は逆立ちしてもその真似が出来ない。京大を出て京都府立図書館の副館長を務めていた人が郷土玩具の会にたまに出席し、筆者はその人がいれば必ずその隣りに座る。ウマが合うのだ。その人は中国の簡体字字典を自費出版しているが、中国語はあまり話せないだろう。だが本は読める。そんな日本の外国語事情を話したことがある。「日本の外国語教育は読み書きを中心にして来た歴史があるからね」という意見で、それを現在は小学生でも英語を話せるようにしようというが、日本語も中途半端になってますます日本の国力が衰えるのが想像される。スマホが普及して文字を読む時代ではなくなり、何でも見れば済むと考えるようになっている。読解力という言葉は死語となり、視解力という言葉が生まれる。そして文章は忘れ去られ、文学は消え、日本語も消えて英語だけ残るかと言えば、どっこい人口の多さで中国語は永遠で、それにくっついた形で日本語も残る。そして中国の簡体字を覚えて中国人と対等にわたり合えるようになるのが理想で、今後は中国語と英語を必須科目にすべきだ。20年ほども経たない間にそうなっていると予想するが、そうでなければ日本は中国から蔑視の対象になり、世界から取り残される。もうそうなりつつあるが、親米であれば反中で、日本の立場は金魚の糞に過ぎない。日本は中国との関係がアメリカとのそれよりもはるかに長く、その遺産を捨てずにまた活用すべきことを考えたほうが合理的ではないか。にもかかわらず、聖人の道からほど遠い反中の輩が騒ぎ立てる。
●ハルカスから桃谷まで歩く、その1_d0053294_00390133.jpg
 今日はまた大阪阿倍野ハルカスに行って来た。カラヴァッジョ展とは別に、11日に果たせなかったことをこなした。往路は天王寺駅までJR環状線を利用し、復路はハルカスから歩いて桃谷駅に着き、往路の電車から眺めていたスーパーの万代で買い物をした。桃谷駅まで歩く途中、加藤一雄の『蘆刈』で描かれる「愛染さん」こと勝鬘院を訪れた。戦前のその辺りの様子は『蘆刈』で書かれる。加藤は子ども時代を国宝の『餓鬼草紙』に描かれる餓鬼のようであったとする。これは子どもが多く、またみんな現在のように洒落た格好をせずに、垢まみれであったからだろう。加藤より半世紀後に生まれた筆者も同じようなもので、日本が清潔になったのは下水道が完備してからだ。それは大阪市内でも今から半世紀ほど前のことに過ぎない。加藤はもう少し北の高津で生まれ育ったが、そこも勝鬘院界隈とそう大差なかったであろう。今はどちらもビルが建て込み、大阪の下町不全は完全になくなった。それがいことばかりとは言えないのではないか。筆者はそうしたビル群を殺風景だと感じる。それで四天王寺や勝鬘院が残っていることに安心するが、京都ではなおさらで、それで加藤は京都に住むようになってからは大阪を懐かしがって頻繁には訪れなかったと想像する。それは加藤が京都ですら道幅が広げられ、観光客が増えて行くことに嫌気が差していたことからわかる。勝鬘院は映画『愛染かつら』でよく知られるが、筆者はその映画を見ていない。映画ではどのような状態でこの寺が映像として記録されているだろう。その関心から見たい気がしている。谷町筋から西へ細い道を少し入って今日の最初の写真を撮った。右手が勝鬘院で、奥に鳥居が見えている。先にその大江神社の境内に入った。左手の崖向こうに通天閣が見え、夕焼けに染まりかかっていた。ひとりの中年男性が筆者を見つめていて、筆者があちこちで写真を撮っていると、「ここから帰れますよ」と境内から早く出て行くことを急き立てられた。5時が迫っていたのだ。それで引き返して勝鬘院の境内を門から撮ることにした。撮影し終わった途端、左の扉がすっと閉まり始めた。きっかり5時だ。時計を見ずにハルカスから歩いたが、どうにかぎりぎり間に合った。境内に入るのは次の機会だ。先に大江神社から南1キロ、谷町筋沿いの堀越神社にも訪れた。若い男女が10数人もいて、そそくさと写真を撮って外に出た。数多くの神社の写真を撮り溜めているのに、「神社の造形」に投稿する機会がない。大阪の上町台地では堀越神社と勝鬘院の中間にある安居神社に家内と四半世紀ほど前に訪れた。加藤は高津宮の境内でよく遊んだが、そこは2年前の5月に家内、息子の3人で訪れ、写真も投稿した。上町台地上の神社を全部訪れる気になっている。その理由のひとつを「その2」に書く。その時にハルカスから桃谷駅まで歩いたルートを記した地図を載せる。
●ハルカスから桃谷まで歩く、その1_d0053294_00392881.jpg

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by uuuzen | 2020-02-15 23:59 | ●新・嵐山だより
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