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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●大丸心斎橋店本館グランドオープン
持って来いと言われても今は夷神社の境内で買うことになっている。京都の河原町御池上がる東側にある島津製作所のビルは、5,6年前に貸し宴会場になり、改装の際に河原町通りに面して竹が植えられた。



今はその場違いな眺めに慣れたが、竹が場違いに思えるのは街がゴミゴミして自然がないからだ。わずかな竹林と言えるものがあるだけでその施設はとても印象的で、京都らしくもある。竹ではなく、松や梅でもよかったとなれば、松は成長が遅く、手入れが大変、梅は葉が散ってこれも面倒で、竹なら放ったからかしでよい。ところで、ゑべっさんの福笹は釣り竿の象徴とされ、その竿で次々にお札を一本釣り出来るということなのだろうが、商売繁盛に笹が関係していることは、前述の貸し会場の竹も縁起がいいとの考えによる。商売は繁盛しなければ意味がないかと言えば、長く店が続くことが第一で、京都ではあまり派手なことはせず、細々と営業を続ける老舗が多い。さて、先月25日はひとりで奈良大学の図書館に調べもので訪れ、帰りは大阪難波に出て中之島まで御堂筋を歩いた。今日の写真はザッキンの彫刻の写真を撮るために高島屋前から御堂筋を北上した4時半頃に撮った。当時TVで心斎橋大丸の改築が終わって20日に、86年ぶりにグランドオープンするというニュースやコマーシャルを見たが、昨日投稿したように7日にその大丸を訪れたのに、たいていは心斎橋を歩くので、御堂筋側から建物を見なかった。またかつてそごう百貨店であった北館14階に直接行っただけで、南に位置する大丸本館には入らなかったが、入ろうと思ってもまだオープンしていなかったのだろう。10年ほど前にそごう百貨店がなくなった時は衝撃であったが、近年は地方の百貨店が次々に閉店し、時代が確実に変化していることを感じる。それでもそごう百貨店と吸収した心斎橋大丸は、南の高島屋と同じく、大阪のひとつの代表的な建物となっているので、閉店は今後もないと思うが、時代に応じて商品をどう変えて行くかは常に綱渡りだ。ネット社会になって、みんな画像を見てクリックひとつで商品を買うようになり、百貨店に行くには交通費も時間もかかり、よほど珍しいものがなければ出かけようとする人は少数派になって行くだろう。筆者も百貨店を利用するのは地下の食品売り場か展覧会が開催されるホールくらいで、他の階で目を引くものを探す時間も体力もない。息子が幼少の頃は屋上に遊戯場があり、百貨店に行くたびにそこでロボットに乗せるなどの遊びをしたが、いつの間にか屋上のそういう施設はなくなった。それで今後も百貨店の経営が成り立つのかと疑問に思うが、家内によれば外商が大きな利益を占めているらしい。昔家内は京都高島屋に勤めていたが、ブラウス1枚50万円、下着なら10万円ほどのものがよく売れていたらしい。今でも大金持ちはそういう商品を買うだろう。
●大丸心斎橋店本館グランドオープン_d0053294_23410665.jpg
 大丸も高島屋も江戸時代創業の京都の呉服屋で、前者は最初は中古を販売していた。現在も呉服売り場は貴金属売り場の奧に位置して、百貨店では最も高価な商品となっているはずだが、ここ30年のキモノ離れから、筆者が知る限り、百貨店の呉服売り場は常にほとんど客がいない。大金持ちは百貨店でキモノや帯を買わず、別のルートで誂えるだろう。キモノはスーツと同じで着る人の体格に合わせて寸法が決まるから、すでに染められて商品になっている友禅キモノは、吊りの量産スーツと同じで、仮に数百万円の値札がついていてもレディメイドの商品だ。日本のある女性小説家がキモノ好きで、1億か2億円をすでに使ったと何かに書いていた。それくらいの金を趣味で使える人でなければキモノで贅沢なお洒落が出来ない現実は、貧富の差が拡大するほどに呉服業界は安泰と言える一方、キモノ文化の廃れによって大金持ちがキモノの本物のよさを知らなくなり、ジーンズやTシャツに数百万円出してお洒落するかもしれないことを想像させる。後者にすれば「日本の伝統文化など糞食らえ」で、大阪の有名女性お笑い芸人のように、一部屋をシャネルの商品で埋め尽くして自慢する下品の極みが幅を利かせて行くことが大いにあり得る。そしてそういう連中相手に高価なブランド品を売って大丸や高島屋といった老舗百貨店が生き延びて来ている。結局のところ薄利多売ではなく、高価な商品を買ってもらえる工夫が必要だが、今の若者は高価なブランド品に手が届かず、またあまりほしいとも思わないようだ。そうなれば百貨店は戦略を変えねばならない。それで昨日書いたように若いアーティストの作品を紹介し、いずれは彼らの作品ないしその特徴を使った商品を扱おうという考えなのかもしれないが、そこには芸術を消費しようという安易な考えがある。芸術作品は確かに売買されるが、その点を意識して製作すると作品は嫌らしさを内蔵する。またそのことがわからない人が、たとえば芸能人が描く安っぽい絵をほしがる。だが、商品は芸術品も含めてモノはすべてゴミになり得るもので、見どころのわからない人にとってはゴッホの絵は落書きだ。話を戻して、百貨店はあらゆるモノを売る場で、今後はネットでは価値がよくわからないものが商品の主流になるしかない。それはネット以外に面白い世界があり、モノに宿る情報量の多さが決してネットでは伝えられないことを今後の若者が知ることが前提だが、人は常にモノに囲まれて生きていて、珍しいモノ、素晴らしいと思えるモノの味わいがわかったとして、買いたいかどうか、また買えるのかどうかの問題がある。貧富の差は永遠に続き、大金持ちは高価なモノを買うから、百貨店は金持ち相手に生き残る。一方自分で創作する者はネットを使って客を見つけられるとはいえ、高価な作品は信用が不可欠だ。また実際に作品を見てもらう必要があって、ネットの威力は限られる。
●大丸心斎橋店本館グランドオープン_d0053294_23412579.jpg 信用はたとえば創業300年を迎えた大丸百貨店には盤石にあり、その美術画廊などで個展を開催すれば金持ち客の注目を浴びるが、作家の手取りは販売価格の半分以下だ。その現実を知る金持ちは直接作家から百貨店がつけた価格で買うかと言えば、全くそんなはずはなく、むしろもっと安く買い叩く。値段があってないようなそうした数少ない作品は、どこか詐欺の臭いのまとわりついた中途半端なものに思え、なかなか作家個人から直接購入する人はいない。では作家が信用をつけるにはどうすべきか。やはりネットが役立つと思うが、筆者が本職の友禅のホームページを作ってもまず誰も見ない。ネットを介しての出会いは後腐れのないセックス・フレンドを求めるのには大いに役立っても、創作品を実際に見たいと思わせられるまでにはならない。それはネットが万全の信用が置けるものではないからで、そのことが数十年先にいいように変化していることを期待したいが、その時に筆者はもういない。では信用のある百貨店などに頼らず、作家が自分でしかるべき価格で作品を売って生活出来るために現在のネットがどう利用出来るか、あるいはすべきか。筆者はそのことをこれまで真剣に考えたことはないが、個展を開かなくなってからネットを始めたので、現在ならこうしたブログを通じて個展開催を告知すれば、昔よりかはほんの少しは人が集まるのではないかとも思う。そして、筆者自身を見てもらって信用出来るかどうかを判断してもらうのがいいが、本当のところは作品が筆者に代わっての人格であるから、筆者がいなくても作品がどう見られるかに賭けるべきだ。そのように思うので筆者はほとんど自分の顔写真をブログに載せない。それに若い頃と違って爺の顔写真を見たい人はいない。それはともかく、グランドオープンした心斎橋大丸の館内をまだ見ていないので、どういう目新しい商品があるのかは知らない。金持ち相手の商品本位として、貧乏な筆者は行くだけ無駄な気もしているが、テナントが370も入っているとのことで、ほとんど心斎橋筋商店街をもうひとつ大きな建物にまとめた感がある。あるいは東京の新国立美術館のような貸し会場方式で、場所を提供してショバ代で儲けると言ってもよい。人々の好みがあまり多様化し、そのようになるのはいわば当然で、テナントが大半の売り場面積を占めるのであれば、売れ行きの悪いテナントを次々よ定期的に交代させればよく、商品が売れる限りは大丸はまあ安泰だろう。それは御堂筋に沿って建つという恵まれた立地により、また商都大阪であるからだが、大阪が今後も世界的に有名な都市で経済的に活発であるかどうかの保証はない。300年先は300年前を思えばどのように変化しているか誰にも言い当てられない。新素材の発明によって人間がほとんどモノを使わなくなっている可能性もある。また、日本の国はなくなっているかもしれない。
●大丸心斎橋店本館グランドオープン_d0053294_23420449.jpg
 今日の3枚の写真は撮った順で、最初と2枚目の写真の左に写っているのがグランドオープンした本館で、三層建築になっている。3枚目は信号待ちの際に振り返って撮った北館だ。本館はヴォリーズがデザインした旧館の外壁は残し、その上に白い網目状の建物を載せて目立つ。同様の旧館保存の改築はブームになっている。長い歴史を感じさせつつ、最先端性を誇示するにはそれしか方法はない。また今回の改築は耐震設計が充分になされているはずで、大地震があっても大丈夫と思うが、大阪湾から津波がやって来れば上町台地から外れている場所なので被害はあるだろう。さて、ネットで調べていると興味深いことを知った。大丸は創業300年を記念して、一般人から集めた品物を300年保管する「300年クローゼット」を企画し、それをすでに締め切って心斎橋大丸でそれらの品物から一部を展示している。ネットでは古い写真やドレス、雛人形が紹介されているが、300年先まで保存するに値する品物となれば美術品で、それらは博物館が保存するので大丸としては美術的価値よりも珍しさを選んだであろう。また300年先まで保存しようというのが大胆だ。300年続いた店が今後も300年続くとは限らず、この企画はその懸念を払拭するために自ら奮い立たせたものに思える。公に言ってしまえば覚悟が本気にならざるを得ないからだ。それに、もし閉店となれば品物を返却すればいいとの考えだろう。ただし、少子化の一途をたどる日本が、今後300年続く家がどれほどあり、またあっても大丸に預けてあることをどれほどの家が記憶するだろう。墓ですら無縁になって盛んに廃棄される時代で、先祖が百貨店に預けた思い出の品物など、子孫にとってはガラクタ同然で、別にありがたくもないだろう。ほとんどの人がそう思うので、価値のある掛軸が捨て値で業者に買われるし、所有者にすればゴミが金になってと喜ぶ。先のゴッホの絵のたとえ話は今この瞬間にも無数に起こっていて、美術品の価値を知らない遺族がいるお陰で古美術業者が潤う。ともかく、筆者は「300年クローゼット」の中身に関心はない。またその紹介のサイトにとある若い男の学者がインタヴューに応えていて、彼は自分のスマホやパソコンを後世に残したいと書いている。それは将来役立つ資料になると考えているからだが、筆者はそれを読んでその男のナルシストぶりに大笑いした。その若い学者が今後ノーベル賞をもらうほどの業績を作らない限り、彼の個人的なメールやメモなど、誰も注目しない。いや、作ったところでそのエキスのごく一部分が後世に伝わるだけだ。人は自分の短い人生を楽しく生きることに余念がなく、他者の人生の細々としたどうでもいいことには関心はない。つまり、筆者のこのブログもゴミと化する。学者であってもスマホやパソコンの中身はどれもゴミで、宝と呼ぶべきものは名著や国宝で充分だ。
by uuuzen | 2019-10-28 23:59 | ●新・嵐山だより
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