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●西国街道、その9
鴦夫婦という言葉を母から聞いたのは小学生になるかならない頃のことであった。その頃のわが家にはもう父はおらず、不思議な気がしたものだ。



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母は必死に働いて筆者ら子ども3人を育て、鴛鴦夫婦とはどのようなものかを身をもって示してくれなかったが、筆者は家内と一緒になってもう40年以上経ち、また毎日顔を突き合わせてよく話をするので鴛鴦夫婦と言っていいだろう。それで今日は昨日の続きを書くが、昨日の最初の写真の右端に家内が写っている。筆者が写真を撮っている間、筆者を待たずに前方に向かって歩くからだが、筆者はカメラをかまえながら、ひとつの記念の意味を込めてあえてその姿を写し込もうとしているところがある。家内は自分が写り、しかもブログにその写真が投稿されていることを知らないが、小さく写っているので知ったところで抗議はない。ところで、先月31日に歩いた西国街道の写真は、神社などを除いてすべて先ほど投稿用に加工を終え、計4回の投稿が必要なことがわかった。それで引き続き、明日と明後日も投稿する。街道沿いで見かけたカンナの写真は先日の3日に投稿した。神社の写真は少なくても3回分あるが、その投稿はいつになるかわからない。それで今日の最初の写真は西国街道から南東にある水無瀬神宮の参道で、200メートルほど先に大きな鳥居がある。阪急の水無瀬駅にはこれまで確か二度下りたことがある。どちらも家内と一緒で、今はもう閉鎖されている伏偶舎を訪れた。最初は20年ほど前のことで、館長の奥村寛純さんによって館内の展示品を見た。二度目はその数年後に大山崎に住む郷土玩具のコレクターのMさんと一緒に訪れ、筆者は黙って奥村さんの顔を小さなスケッチブックに描いた。なので、その正確な日はそれを見ればわかる。奥村さんが褒章をもらって間もない頃で、またその頃はもう館内の伏見人形の大部分は高槻市に寄贈されていたと思うが、それが決まっただけでまだ移されていなかったかもしれない。たぶん後者であったと思う。二度の訪問とも水無瀬駅からどう歩いたのか全く記憶がないが、最初の回は前方から同じ自治会の医者であるNさんがバイクに乗ってやって来て、お互い驚きながら挨拶をした。Nさんが水無瀬で開業していることは聞いていたが、医院がどこにあるのかは知らなかった。今回水無瀬神宮への参道を歩いているとその看板を家内が見つけた。そこでふと、Nさんが亡くなればその医院は誰が経営するのかと思ったが、それは伏偶舎の奥村さんも今はいないからで、また筆者は自分の年齢を考えたからだ。人生は本当に瞬く間に過ぎ去る。筆者はもう水無瀬駅を降りることはないはずで、西国街道を歩きながら、街道から少し外れて寄り道する必要があるが、お参りした。そして撮った写真を今日「神社の造形」のカテゴリーに載せるべきだが、参道の写真のみを載せておく。
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 この参道を進むと、左手にスーパーがある。大阪に本店があり、京都市内では樫原と丸太町通り沿いの嵯峨野にあって、後者はここ2,3年、2、3か月に一度は行くが、そのチェーン店が水無瀬にあることは、人口が樫原や嵯峨野並みに多いからであろう。嵐山にはスーパーが1軒もなく、家内はしきりにうらやましがったが、最寄り駅からの便利さでは今の住居以上のところはないはずで、また筆者らの年齢になればもう転居したいとは思わない。早速そのスーパーに入って商品を物色し、家内は何かを買った。その後水無瀬神宮の境内に入った。寄り道をしても、体力がある限りは、またまだ日は高いので、高槻市の中心部には夕暮れまでに充分歩ける。今日の2枚目の写真は三叉路を過ぎてすぐで、島本町の最も古い地域ではないか。左手に古い民家があって、旧街道らしき味わいが強く、右側も立派な屋敷だ。地図の表記にはこの道が丹波街道ともなっていて、西国街道と一部区間が共有されている。地図を見ると山を越えて真北が西京区の善峰寺、北西が亀岡市で、亀岡へ至る丹波街道の道筋を辿ると面白い。そこを歩いてみたくはないが、以前書いたように、善峰寺から北の大原野神社までは歩いてみたいと思っている。そう言えば前述の奥村さんは、水無瀬と伏見は淀川を挟んでいるが、意外に舟を使っての往来が昔はあって婚姻を結ぶ人があったと本に書いていた。水無瀬川は淀川に注ぎ、そこがちょうど三川の合流地点で、淀まで2キロほどだ。今ではその舟運はなく、また西国街道にしても車がもっと多く走る道が新たに設置されているので、鉄道や車をもっぱら使う人はそれらの交通手段がなかった頃の人の往来を想像しにくい。また、西国街道沿いの民家は2枚目のように昭和時代のものは珍しく、大半は新しく建て替えられていて、昔の面影は乏しいが、道幅の狭さと曲がり具合は古いままだ。これが歩いて楽しい理由だ。3,4枚目の写真は2枚目の撮影場所から100メートルほど先の右手で、楠木正成親子で有名な桜井駅跡だ。すぐ東にJRの島本駅があって、桜井駅は奈良のそれではないかと勘違いしそうだが、「駅」は鉄道のそれではなく、古代から使われた言葉だ。島本町の桜井という地域にあって、大正時代に国指定の史跡となった。街道沿いには3枚目のようなわかりやすい石被があるが、公園のような内部の中央には樹木に囲まれてもっと巨大な石碑が建っていた。4枚目は石の扉で、少し傾いていたが、普段は利用されていないようだ。中に入りたい人はJR駅前からかと思ったところ、今ストリート・ヴューで確認すると、高さ1メートルほどのフェンスで囲まれていて、出入口は西国街道に近いところにある。JRの島本駅周辺の見どころと言えばこの史跡くらいしかないだろう。歴史マニアは一度は訪れるだろうが、筆者はさほどでもないので素通りした。
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 JR島本駅が出来たのは10年ほど前だ。駅前は二条駅前のように広々と整備されている。駅が出来る前の史跡は樹木が多かったそうだが、今は風遠しがよさそうだ。駅が出来たことで訪れるには便利になったが、それがいいのかそうでないのかはわからない。西国街道をしばし歩くほうが、楠公がかつてそこを馬で走ったことに思いを馳せられるのではないか。筆者が最初に楠木正成を意識したのは中学3年生の修学旅行で東京に行った時だ。皇居の外苑で馬に乗った大きな銅像を見た時に撮った写真はアルバムに貼ってある。見上げると背後は空のみで、とにかくその勇壮で恰好いい姿に驚いた。この銅像が美術的にどう評価されているのかは知らないが、古典的な均整美の点では申し分がない。そのことを10代半ばで感じた筆者は一方でムンクの「叫び」の魅力が忘れ難かったが、楠公のその銅像はヨーロッパの銅像の歴史を学んだ成果で、明治の息吹を反映していて、ムンクの「叫び」と同じ頃の作だ。また像の設立は天皇に対する忠臣を楠公が6世紀ほど昔に体現していたと評価されてのことで、桜井駅跡の「楠公父子訣別之所」の碑文は乃木希典が揮毫した。筆者は3年ほど前に家内と、伏見にある乃木神社や楠公を祀る神戸の湊川神社に訪れたが、湊川神社にはまた別の馬に乗った楠公像があった。そっちは馬が天に向けて突っ走る恰好で、TVでよく紹介される北朝鮮の千里馬像を思わせるが、崇高な対象を象るとなればどの国でも似た形になるということだ。話を戻す。筆者が見た1960年代半ばの皇居外苑は今もそのままと思うが、周辺に高層ビルが建ち込み、騎馬上の楠公像の背後にそれが場合によっては写り込むのではないか。像を設置した人たちはまさかそういう時代が来るとは想像しなかったと思うが、像がビルから見下ろされる状態は、楠公を侮辱していると誰も考えないのだろうか。結局この1世紀の間に忠義心よりも経済の論理が勝ったということで、今では楠公を崇拝する風潮はかなり下火になったであろう。そうそう、筆者は楠公を描いた日本画の掛軸を所有するが、今の日本画家はまずそんな歴史上の偉大とされる人物を描かず、描ける才能もない。それで皇居外苑の楠公像を見ても感心しない人は多いだろうが、まず何が古典美でそうでないかの見どころを知らない。ぴたりと決まった形よりも、崩れに崩れているほうが恰好よいと思う若者が今は多い気がする。「下手うま」という変な言葉が流行したからだが、本当は「うまうま」が最高であるはずで、それを目指さない人はどこまで行っても一流にはなれない。崩れたことをよしとする考えは、精神もそうであってよいという思いとつながっている。死んでも守るべきことがあるとは考えず、正成とその息子が永遠の別れをした桜井駅がなぜ史跡になるかの意味を知らず、また桜井駅から神戸まで馬で西国街道を馬で突っ走ったことに想像が及ばない。
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by uuuzen | 2019-11-09 23:59 | ●新・嵐山だより


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