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●『HALLOWEEN 73』その3
が崩れて土になり、また新たな塊が生まれる。人間の一生は粘度の塊が一時期動くだけと言ってよい。その点で今年4月に亡くなったブルース・ビックフォードの粘土アニメーションは生物の本質を突いていた。



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ザッパもブルースもその身体の塊は消え去ったが、彼らの作品にはいつで接することが出来る。その作品が今後どれほどの歳月、またどれほどの人が歓迎するかとなれば、これは誰にもわからず、また人間がいなければ無意味であるから、環境破壊によって人間が地球に住めなくなれば塊として残っても意味がない。さて、今日はブックレットに載るルース・アンダーウッドの文章を読んだが、ラルフ・ハンフリーと同じように73年10月から始まった新しいメンバーのマザーズやそのツアーについての絶賛に終始する。最も興味を引いた箇所は、ザッパが新メンバーによる演奏に満足した時、次にはもうそれを磨き上げるか壊すかの計画をしていたということだ。ザッパ・ファンは誰でも知っていることで、どおってことのない意見だが、ルースは続けてこう書く。「その現状がしばしば輝かしく壮大であってもどうでもよい。にもかかわらず、そしてそれゆえに、それはザッパにとっては受け入れ難いものであった。」ルースは特にこの一行を強調している。輝かしい作品を生むほどにそれとは違う輝かしさを求める思いは、物作りをする人ならわかる。また未知の世界を切り開くような、全く新たな気持ちで創作に挑むことが苦しくも心地よいからだ。ザッパのその姿は、粘土遊びの子どもが満足の行ったものが出来るとそれに関心を失って次作に取りかかることと同じで、芸術家はみなそうなのだ。そうでなければ才能が枯れている。時代に合わせて物事を考え、常に創作していないことには楽しく生きている心地がしないが、ショー・ビジネスの世界に生きていると、ファンは常に新しい作品を求めるよりは、かつての代表作の披露を歓迎する場合が多い。そうして年配のミュージシャンはバンドを再結成し、かつての名曲を引っ提げてツアーする。ザッパにそういう姿が多少認められたのは88年だが、同年のツアーでも新曲を演奏した。そのようにザッパが自作を常に違うものにしようとしたことは本作からもわかる。ザッパは同じ曲を同じように演奏せず、特に自分のギター・ソロは毎回違えた。毎日演奏が異なり、バンド・メンバーを変えるごとに音楽性が大きく変わった。イアン・アンダーウッドとジャン・リュック・ポンティが抜けた後、ザッパはドラムスとしてチェスター・トンプソンを雇ったが、その時ラルフ・ハンフリーは辞めることが出来たのに残った。辞めていれば本作は違う音になったし、ザッパはそれはそれでベストを尽くしたはずで、一緒に演奏出来るメンバーに応じていくらでも音楽を変え得た。本作はある意味ではたまたまの産物だが、実際それもあって満足の行く演奏が出来た頃に次の編成を思った。
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 本作が録音された73年10月はアルバム『興奮の一夜』の発売の翌月で、同作とはメンバーもレパートリーも違う。つまり、同作の塊は解体され、新しい塊の魂が試されていた。本作の塊は2か月後のロキシーで得られた塊とも違うが、それは各メンバーが即興演奏が出来たからでもある。それにザッパは新曲を演奏しながら少しずつ形を整えて行った。あるいは壊して行ったとも言える。本作のCD4枚のうち最初の3枚にショーの1と2が収められ、4枚目はリハーサルから選曲されているが、ショー2は1と半分ほど曲がだぶる。ショー1の最初は麻薬中毒者についての曲「ピグミー・トワイライト」で、『ロキシー・パフォーマンス』ではこの曲が5ヴァージョンも含まれ、ジェフ・シモンズが加わった35分の長大かつ混沌としたヴァージョンがあるが、翌年にはさらにメロディが短調を利かせたものに変化し、ザッパのギター・ソロも凄みを増す。本作はその発端にあって先の5ヴァージョンのどれよりも短い3分半の長さで、終盤にザッパの短いソロがあって、いちおうの曲としてもまとまりがある。ショー1の各曲をロキシーと比べるとそれなりの差があるが、顕著な差を言えば、「太陽の村」はジョージ・デュークがヴォーカルを担当し、イントロと最後はロキシーと全然違うメロディとなっている。同曲の前の「RDNZL」の最後でザッパは次に演奏する曲を紹介するが、「エキドナのアーフ」をアルバム『アポストロフィ』B面の「エクセントリフューガル・フォルツ」と呼んでいる。2曲ともインスト曲である以外に共通点はない。当初は「エクセントリフューガル……」と呼んでいた曲を「エキドナ……」に変え、棄て難かった「エクセントリフューガル……」は別の曲に使ったのだが、インスト曲は何をイメージしてもかまわないことを意味してもいる。「エリック・ドルフィー・メモリアル・バーベキュー」は意外な選曲だが、長さは1分で、ブルース・ファウラーのトロンボーンの出番として取り上げられたのだろう。続く「カン・フー」はイアンとジャン・リュックの在籍時のヴァージョンと違って、最初にR&Bのリフがあり、また1分半の長さだ。現代音楽的な響きを持っていて、冒頭は「ブラック・ページ」を彷彿とさせる。「カン・フー」をすっきりと改変して「ブラック・ページ」を書いたと見れば、同曲が最初に演奏された76年のバンドは、本作とは違ってロック色により傾いていることが改めてわかる。「ティマーシ・ドゥイーン」も2分に満たないが、本作ではザッパのギターが前面に出て素早いメロディを弾く様子が面白い。「モンタナ」は『興奮の一夜』と違ってナポレオンとジョージ・デュークのヴォーカルの補佐があり、またギター・ソロもたっぷりと聴かせる。そのソロが終わった直後のナポレオンとジョージのユニゾンの歌にぴたりと沿うルースのマリンバはよく目立っている。
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by uuuzen | 2019-11-16 23:59 | ●ザッパ新譜紹介など


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