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👽💚🐸🐛🍀📗🤢😱5月11日(土)、京都河原町三条下るLive House『DEWEY』にて👻『ザッパニモヲ 💐母の日LIVE』午後5時開場、6時開演。3500円👽筆者の語りあり。
●今回は初めての別会場での、そしてザッパ/マザーズの結成日である1964年の「母の日」から60年という節目における、ザッパニモヲの演奏です。チラシ画像はここ。恒例の手製のお土産をくじ引きで配布します。

●西国街道、その6
唾が走るというほどではないが、大雨のために靴の内部まで水が染み、歩を進めるたびにズコ、ズコと音が鳴るのは気持ち悪い。雨宿り出来る場所があっても、靴は乾かず、靴下の替えはない。



●西国街道、その6_d0053294_00170486.jpg
大雨の中を歩きながら筆者が思っていたことは、江戸時代の旅人はどのようにして雷雨の中を歩いたかだ。たとえば山崎から長岡京市の旧西国街道は現在でも店がほとんどなく、江戸時代ではおそらく雨宿りする家や場所は現在よりはるかに少なかったであろう。現代のような軽量でコンパクトになる傘はなく、雨に濡れる頻度は現代よりはるかに高かった。そして雨に濡れると寒さから風邪を引いたであろうし、そうなれば肺炎を起こすことも多く、寿命が短かったことがわかる。大雨の時はめったに外には出なかったであろうが、旅人や農作業をしている間に急な雷雨があると、濡れずにいることは難しく、時には雷に打たれたであろう。そうであれば、天気の変化には現代人より敏感で、空を見上げて雲の様子で雷雨が近いことを知り、大雨が降る前に雨宿りすることが常識であったのだろう。旅は苦労と言うが、大雨の中を歩くとそれが実感出来る。筆者が電車で大山崎から長岡京市に行かなかったのは、江戸時代の旅人の思いを味わいたかったからだが、それには雨天のほうが却って味わいがあり、記憶に残る。先月28日は大山崎山荘美術館で展覧会を見た後に長岡京市の喫茶すずかけまで歩くことにし、大雨は予想しなかったが、雨であっても予定を変更するつもりがなかったのは、以前から気になっている西国街道の踏破を少しでもこなすにはまたとない機会と考えたからだ。その結果、こうして投稿が可能となり、今度は大山崎から西へと高槻まで歩く考えを持つようになった。話を戻して、傘を差しても足元はずぶ濡れで、とにかく長岡京市の喫茶すずかけまで歩き、その近くのスーパーのトイレで足をタオルで拭こうと考え、京都縦貫道の大きな高架に辿り着いた。高架下は雨宿りは出来るが、車の往来が激しく、旧街道の名残はどこにもない。それで頭の中で高架を消し、地上を走る車も消し、信号を消し、多くの建物を消して行くと、だだっ広い野原やそれに隣接する田畑が思い浮かんだ。そののどかで自然豊かな雄大さないし殺風景さは、今は数年前に出来た縦貫道の高架の人工的雄大さの殺風景に変化しているが、それが前者より永遠なはずが全くなく、またそう考えると現代は人類の悪夢にも思える。さて、この高架下がどうなっているかは、ヤフーの地図からはどうなっているのかわからず、現地で確認するしかないと思っていた。案の定そうで、阪急の西山天王山駅のすぐ近くでもあって、人は多く、筆者はうまい具合に左手を歩いていた50歳ほどの女性を見かけ、迷わずに声をかけた。道に迷っても喫茶すずけかでのライヴには間に合うはずだが、雨で足元がさらに濡れるのは嫌であったからだ。
●西国街道、その6_d0053294_00172759.jpg
 「長岡京市に行きたいのですが、西国街道はどこですか?」「旧街道?」「はい、そうです。そこを歩いて行きます」「信号をわたって右手のその細い道が旧街道で、左の大きな道路が新しい街道です」「どうもありがとうございます。ところで、この高架下の交差点辺りは高架が出来る前は全然様子が違ったのでしょうね」「そうですね、すっかり変わりました」 この後、その女性はにこりともせずに信号をわたり、新街道方面に去った。その道路沿いには店が多いのだろう。筆者は信号が青に変わるまでの間、振り返って「調子八角」と彫られた高架下の大きな石碑の前に行き、今日の最初の写真を撮った。次にその下にある「西国街道―調子八角―」と記される案内板の写真を慌てて撮り、また踵を返して信号を待ちながら、今日の3枚目の写真を撮影した。この「調子八角」と呼ばれる交差点は複雑で、何差路になっているのだろう。案内板は江戸時代の西国街道を鳥観図で表わし、説明文も端的でよい。丹波街道と交わる場所で、頭上に京都縦貫道が走るのはそのことをなぞっている。つまり、鄙びた江戸時代の街道の重要な場所に現在のような高架の道路が通ることは、突飛なこととは言い切れず、多くの事情が重なってのことだ。だが、それを言えば、車が不要な時代になれば、高速道路は不要となり、また風景は大きく変わる。またその時はその時で、変わった風景を苦々しく思う人はいるだろうが、そういう人のために「調子八角」の案内板はある。さて、地図上では高架を遠目に川沿いの旧街道を歩き、高架を越えて旧街道の北の延長を進むことは簡単だが、現実は景色が大きく変わる高架下では方向感覚が狂いやすく、今日の3枚目の写真の右手奥の細い道が旧街道であるとは即座にはわからない。女性に教えてもらったことで安心してその道を進んだが、旧街道にふさわしい趣があり、退屈しなかった。近くに中学校があるようで、たくさんの生徒と擦れ違ったが、車の往来は少ないので彼らを避けて道の中央を多少歩いても悪いことをしている気分にならない。また道路はアスファルト舗装ではなく、砂のざらつきがあって、雨を吸い取りやすい構造なのだろう。この舗装状態は調子八角で様子が変わり、調子八角より北は歴史的保存地域に指定されているのではないか。それは江戸時代とおそらく同じ道幅のままで、またそれを拡幅する必要がないのだろう。新しい車道を旧街道に平行して西側に造ったからで、同じことは筆者が住む嵐山でも見受けられる。古いものはそのままで新しいものをその近くに造る。それが手狭になればさらに新しい道路を頭上に通す。となると、嵐山もいずれ高速道路が出来ることになるが、それが無理ならば旧街道に沿って造った新しい車道を拡幅する。とにかく車優先の道路事情で、であるので筆者は旧街道を歩きたい。
●西国街道、その6_d0053294_00174700.jpg

by uuuzen | 2019-09-09 23:59 | ●新・嵐山だより
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