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●鶏頭傾倒経過観察、その6
島太郎の玉手箱の話を初めて聞いた時、恐怖を覚えるというより、人生は短いと感じるものだろうなと納得した。10歳にならない子どもでも、自分がいずれ大人になり、老人になることを知っている。



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助けた亀に連れられて竜宮城に導かれるのは、亀にすれば恩返しだが、浦島太郎はそこで美女に囲まれ、酒を飲みながら歌舞音曲を堪能し、いい気分になってまた浜辺に戻ると、時代が変わっていて知う人がおらず、自分は老人になっていたというのは、亀に惨い仕打ちを受けたとも言える。つまり、動物愛護はするものではないとのたとえ話になりそうだ。あるいは亀の恩返しに胡坐をかき過ぎた太郎が悪く、酔っぱらわずに早々に引き上げていればよかったと言いたいのだろうか。竜宮城での太郎はキャバクラでただ酒を飲んでいるも同然で、色や酒に溺れると老けるのが早いとの教訓だ。それでも老人になって知る人が周囲に誰もいない太郎の境遇は、老人ホームの入居者や認知症患者と同じで、誰でも長生きすれば太郎のようになるという「光陰矢のごとし」のたとえ話だ。筆者は太郎の物語を知った頃にその言葉も聞き知って、きっと人生はそうなのだろうなと想像した。そして今は太郎と同じような年齢になり、やっぱりそうだったなと思っているが、家内も時々ぽつりと同じことを洩らす。特に筆者との40年の生活はあまりに早く過ぎ去ったと言うが、それでもそこには浦下太郎が美酒に酔って夢心地になったのと同じように、鮮明な記憶の無数の一瞬がある。その大半は普段は思い出さないが、何かの拍子で蘇る。1年少し前、認知症が進行中の母は筆者が聞いたことのない話をしてくれた。父の思い出で、語られるその人物像はとても生々しく、目に見えるようであった。筆者は子どもの頃に、今はもうないが、母が育ったその家を夏休みによく訪れたからでもあって、その記憶の風景に子どもの頃の母や筆者が生まれる前に死んだ祖父を置くことが出来る。母は父のいくつかのエピソードを話した後、もう二度と昔のことは思い出さず、筆者のことも少しずつ忘れて行ったが、筆者には母の記憶の幾分かが受け継がれていて、それを文章にしておきたい気持ちがある。もっと母に子どもの頃のことを聞いておけばよかったとも思うが、母の2歳下の弟が健在で、幼少時のことをよく覚えている。筆者が訊ねることには何でもよく答えてくれるが、母と同じように戦前のことはたまに無意識に思い出すだろう。筆者もそうで、鶏頭の花をまざまざと見たことや、鶏冠に似ているために鶏頭と呼ばれると母から教えられた時のことをよく思い出す。だが、記憶にあるその花はとても大きくて深紅の色をしているのに、筆者が育てているものは全く別の花のようだ。4日の夕方に近年稀な雷雨があり、水やりの手間は省けるが、隣家の裏庭の鶏頭が無残なことになっていると想像した。今日の写真はその翌日に撮った。
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by uuuzen | 2019-09-07 23:59 | ●新・嵐山だより


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