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●長岡京市 火灯し喫茶すずかけにて、山口翔
容力を感じさせると言えば褒め言葉にならないだろうか。山口翔(しょう)という名前は男のようだが、女性だ。たぶん40代と思うが、音楽歴が10数年とのことだ。大阪で生まれ育ち、今は生駒市在住で、大阪市内に勤務している。



d0053294_23495271.jpg今回の出演は長岡京市にある「火灯し喫茶すずけか」の1周年記念週間の企画のひとつとして、奈良在住の弦花さんからの誘いによる。それぞれ1時間ずつの持ち時間があったが、山口さんの場合は弦花さん以上に語りが多く、またそれだけに初めて演奏を聴く筆者には音楽性の理解に役立った。彼女は昔シンガーソングライターとしてステージによく立っていたそうで、その後は劇団や朗読のピアノ伴奏を中心に活動しているとの自己紹介もあった。声はかなり低く、カラオケではキーを3,4つ落として歌うそうだ。これは若い頃からなのか、あるいは体格がよくなってからのことなのかはわからないが、華奢ではない体つきは包容力があり、またどの曲もゆったりした速度で落ち着きがあった。そのため、催眠作用があると言ってよいが、これは退屈というのではない。音楽を通して訴えたいものが奇抜さを狙ったおおげさなものではなく、じんわりと効いて来る味わいを念頭に置いているからだろう。またそれは明確に意図したものというより、本人が持ち合わせている本質で、無理のないところで音楽をやり続けるという態度による。大多数のシンガーソングライターと同じく、働きながらの音楽活動とすれば、またあちこちから作曲の依頼があるというのは、なかなか見上げたもので、才能のほどを示す。「喫茶すずかけ」にはピアノがなく、昨夜は電気ピアノが使われたが、最初に演奏されたのは繰り返しの多い静かな曲で、歌はなかった。2,3分の曲で、演奏後に「水の輪」という題名が紹介された。この題名によって、また外は雨が降りしきり、そのことが相まって、なおさら筆者は水の輪が広がって行くイメージを思い浮かべたが、中学生の頃の初めての作品とのことで、これには驚いた。それをライヴの最初に演奏するところに、作曲家、演奏家としての一本の道を歩み続けている自負が感じられる。「水の輪」は題名がどこかラヴェルを思わせるし、また作品は風景描写的だが、単調さはアルヴィン・カランのミニマル風に近い。低音の短い伴奏に高音のメロディが載り、その高音のメロディは最後辺りで意外な音をいくつか挟んで風景描写に変化を持たせる。それもまたアルヴィン・カランのたとえば全部聴くと6,7時間にはなる『インナー・シティ』のある曲を思わせたが、「水の輪」はもっと昔の曲だ。興味深いのは、この曲を長くすれば劇や朗読の伴奏になるであろうし、歌を被せると彼女が当夜歌った、いわゆるシンガーソングライターとしての曲になると思えたことだ。つまり彼女の原点がこの1曲に凝縮されていると言ってよい。
 ただし、そう言われると彼女のその後の発展があまりないことになりかねず、彼女はいい気がしないだろう。彼女のシンガーソングライターとしての作品は「水の輪」に続いて演奏された「愛の言葉」や最後に歌われた曲だ。前者は「水の輪」と同じようなラルゴの速度に片思いないし失恋の思いの歌詞を伴なった長い曲で、終始低い声で歌われ、また「どうして」という言葉を繰り返し、やや冗漫さを感じさせたが、そのミニマル的な変化のなさにどっぷり浸ると、それはそれで温かい何かに包まれている感じもして来る。そこは弦花さんの激しい女心を歌う短い曲とはきわめて対照的だ。最後の曲はファンが彼女の代表曲としているそうだが、題名はわからない。メロディは起伏があって覚えやすく、ヒット性を感じさせたが、どこかで聴いたようなメロディでもあった。彼女はカラオケではミスターチルドレンの曲を歌うそうだが、筆者は80年代以降の和製ポップスの知識がほとんどないため、彼女がミスチルやその同世代のミュージシャンからどういう影響を受けているのかがわからない。それでもどのような曲がみんなに歓迎されるかというヒット曲のツボを勉強しているはずで、またそれを押さえながらそれ風の曲を書く才能を持っているであろう。そう思うのは、先に書いたように彼女が芝居や朗読用の作曲を依頼されるからだ。その職人的才能からすればヒット曲に似た曲を書くことはさほど難しくないだろう。ただし、そういう曲が必ずヒットするとは限らず、むしろヒットしないところにポップスの難しさがある。またそのことも彼女はよく自覚しているはずで、どのような曲でもそれなりに書いて歌えると思いつつ、やはりこうしたいという欲求があるはずだ。それが個性になるのだが、最後に歌われた曲はその堂々とした歌い方、もちろんそれはそういう旋律をしているからだが、そういう旋律を書いて歌うというところに彼女の独創性がある。もう少し説明を加えれば、どのような曲でも書けるとしても、自分が書いて歌いたいものには自分らしさを守る矜持ゆえの限度がある。その自分らしさは多くの音楽を聴いて感動する過程で豊かになるが、何を取り入れるかの選択は案外冷静になされるもので、自分らしさという基準は音楽を始めた頃からほとんど変化しないと筆者は思う。つまり、知識は増えても自分のものとして創作の核として使うものはごく限られる。またそうであるから作品は独創性を獲得する。ところが「ハイウェイ」という題名であったか、芝居のために作曲された2、3分の曲は彼女の音楽性の幅広さを如実に示すもので、筆者は大いに舌を巻いた。同曲はたとえば雪村いずみといった洋楽を歌う昔の歌手のレパートリーとしてふさわしいもので、ブルースっぽいメロディを含む軽快な曲であった。それを彼女はとても軽々と歌い、その職人的才能の豊穣さをあますところなく示していた。
 後半で演奏された宮沢賢治の「永訣の朝」という詩にメロディをつけた曲は依頼があって作曲されたもので、いろいろと考えさせられた。この詩は賢治の妹が死ぬ朝のことを書いたもので、みぞれが降る朝、妹は喉が渇き、兄の賢治にみぞれを取って来てほしいと訴える「あめゆじゅとてちてけんじゃ」という一行が何度か入っている。この方言の抑揚は岩手の人しかわからない。つまり、それを知らなければどのような旋律がふさわしいかわからないのではないか。ここには作詞と作曲の難しい関係がある。明らかな方言を含む場合、その方言を知る人が聞いておかしくない旋律が求められる。そう考えるとメシアンがたとえば来日して日本の野鳥の声を聴き取って作曲したことは実に正直であった。日本の鶯がフランスのそれとは鳴き声が違うとして、彼はその差を聴き取って作曲したことは、地域の特性を尊重していたからだ。もちろん彼は日本の野鳥の声を取材してそれをたとえばオペラ『アッシジの聖フランチェスコ』に役立てたかもしれないが、地域独自の特異性に着目したのであって、ならば宮沢賢治の詩に作曲する行為は、賢治がわざわざ方言で書いた箇所は彼のそのこだわりを尊重しながら旋律を書くべきではないか。「永訣の朝」は将来誰かが旋律を添えて歌うとは考えずに書かれたであろう。そのため各ヴァースはシラブルの数が等しくなく、そのままではいわゆる1番、2番といった普通の曲のような区切りが出来ず、言葉を多少変えたり、はしょったりする必要がある。そこで山口さんは「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の行も含めてどの行もほとんど同じ抑揚をつけて歌った。それらの抑揚が花巻の方言から着想を得たものかどうかはわからないが、案外大阪弁に近いものではないか。彼女が大阪育ちであればそうなるしかない。もっとも、賢治は標準語を念頭に詩を書いたであろうし、明らかな方言でない限り、詩から詩人が思っていた朗読時の抑揚はわからず、またそれだけに作曲は自由と言えるが、詩の内容に即した印象を盛る必要はある。話を戻して、各行をほぼ同じ抑揚の旋律で歌うのはピアノ曲の「水の輪」を想起させ、また賢治の詩の意味をよく聴き取ってもらうためには効果的だが、単調さは免れない。となればピアノ伴奏による朗読で充分ではないかと。実際彼女は詩の後半の大部分はピアノ伴奏による朗読に終始した。これはその部分にいわばサビ的な旋律をつけることが難しかったためか、そこまでするとこの詩の悲しみをおちょくることになるとの考えからか。筆者としては「子守り歌」という題名であったか、西洋のストリートチルドレンのクリスマスの場面につけた曲は、最後で歌われた朗々とした曲と同様、彼女らしい力強さとポップス調に彩られて印象深かった。そこはやはり自作の詩に作曲するシンガーソングライターであることをよく示している。
by uuuzen | 2019-08-29 23:59 | ●ライヴハウス瞥見記♪


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