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●梅宮大社での梅津六斎念仏踊りと江州音頭、その3
報の後には僧の念仏を聞くことになるが、念仏に踊りが伴なうことは不謹慎なようでいて、アフリカでは踊って死者をあの世に送る国がある。盆踊りもそのようなものだ。



d0053294_11264625.jpgこれは見方によっては「メメント・モリ(死を想え)」だ。死者の霊をあの世に送り返す意味を持つ「五山の送り火」もそうだが、それは戦後ますます屋上で生ビールを飲みながら眺める壮大で無料のショーと化している。ライヴハウスでのミュージシャンの演奏はショーで、盆踊りファンも盆踊りをショーのひとつと思っているとすれば、本当は不謹慎の謗りは免れないが、一方では盆踊りの時期が一年の最大の稼ぎ時である人もいて、芸能、娯楽と捉えてもよいという暗黙の了解が主催者と参加者にある。また多くの人が集まる盆踊りは懇親を深める地域の行事として機能し、経済も回る側面があるが、昭和半ばには大阪市内でも各地で開催された盆踊りは、娯楽の多様化と場所の減少によってほとんど廃れたと言ってよい。だが、その味わいに目覚める若い人はいる。これはお祭りの神輿担ぎも同様で、嵯峨祭りでは地元の住民だけでは足りず、日本各地にいるお祭り好きに頼っていると、地元の自治会長をしたこともあるOさんから聞いた。そのボランティア行為は、祭りを主催する地域との関係でいくらかの金品が動くことはある。筆者は自治会長や少年補導などの地域のボランティア活動をそれなりにしているが、最近年配の委員が無料のボランティアは無理があると言うのを耳にした。水難防止パトロールではテント下の数時間の待機に対して100年のドリンク1本が支給された。これは無料のボランティアとは言えないが、100円で炎天下に数時間も役目を負わされるのは御免で、いずれ活動は立ち行かなくなると考える人もある。ボランティアは曖昧な言葉で、またそれだけに便利でもある。一方、一時期スーパー・ボランティアとして騒がれた尾畠さんは一切金品を受け取らないが、それは自分の楽しみと思って動いているからだ。筆者のブログもそうだが、誰かに奉仕している思いは皆無で、またそれだけに自由に書く。話を戻して、表向きは地元のみのお祭りに見えていて、よそ者の力を借りることは祇園祭りの山鉾巡行でも明らかだ。祇園祭りのとある町衆が、祇園祭りは自分たちが住む地域の祭りであるので、見物に押し寄せる客は迷惑だと語っていることを昔新聞で読んだことがある。その排他性の明言はいかにも京都の中心地域で何世代も生きて来たという自負に溢れていて、嫌な気にさせられたが、山鉾巡行に学生アルバイトを使うのは二枚舌ではないのかとも思った。山鉾の引き手は下働きで、アルバイトでもいいとすれば、神輿を担ぐのもそうか。神様の乗り物をよそ者が扱うのは不謹慎なことに思うが、そうしないことには祭りが廃れる。そして地元の若手の減少に伴ない、日本全国に祭り好きが出現し、彼らが人手不足の祭りに駆けつける。
d0053294_21475248.jpg また現実は地元住民の定義も曖昧だ。自治会を辞める古い住民はいるし、何年も入っていても地元にあまり溶け込んでいないよそ者がいる。そして彼らが何かのきっかけである年からお祭りに参加することもある。つまり、地域の古くからの祭りであっても、かなり開かれたもので、よそ者の参加による賑わいがあったほうがよいとの考えもある。よそ者の割合は見物客や盆踊りをする人からおおよそわかるだろうが、今日の最初の写真は六斎念仏を見る人々を撮ったもので、暗がりであっても長椅子に座っているのは地元の普段着の老人が多いことがわかった。筆者は元地域住民だが、他府県から足を運ぶ盆踊りファンではない。またよそ者がどの程度来るかは予想がつかないが、学区内の夏まつりでは酒に酔ったよそ者が肩で風を切って闊歩することがないように監視していて、それに似たことは必要でもあろう。そう言えば梅宮大社の二方向の参道にはそれぞれ3,4人の警備員が立っていた。ところで、「風風の湯」の嵯峨に住む常連に訊くと、昔は壬生寺や清凉寺(嵯峨釈迦堂)で盆踊りが行なわれたが、なくなって久しいとのことで、上桂でもないという。わが自治会では法輪寺境内で地蔵盆の行事があるが、昭和半ばまでは櫓を組んで盆踊りをしていた。世代が代わり、自治会が増えたことで盆踊りの代わりに小学校で子ども対象の夏まつりを開催することになったようだが、そこに盆踊りを組み込む考えが出て来るかもしれない。一方、梅宮大社のように六斎念仏と盆踊りをセットにする例が京都の他の地域でないかと思っていると、今日家内が嵯峨のスーパーの前で置かれていた盆踊りの冊子を一部持って帰った。西院の春日神社で31日に実施されるもので、表紙抜きで40ページもあって、大半が協賛者の店の広告になっている。西院は梅津と違って桁違いに店が多く、多くの寄付金が集まる。また冊子には1ページ大で22日に西院の交差点北東角の高山寺で六斎念仏が奉納されることも印刷されていて、片隅に「西院六斎念仏保存会」と「西院こども六斎教室」の文字があり、次世代への継承に余念がないことがわかる。なお、盆踊りは午後6時15分からで、「奈良躍遊会」とある。これはネットによれば「盆踊り同好会―各種施設へ音頭と躍りでボランティア慰問活動」とあり、河内音頭と江州音頭を演奏する。その点は江州音頭で踊る梅宮大社とは違うが、この地域差は特に大きな意味はないだろう。だが、筆者は嵐山に住むようになってからも長らく通った梅津の散髪屋の店主は、湖北の出身と言っていたし、ほかにも梅津に住むよそ者は滋賀県から来た人がいて、より都会の西院に比べると新参者の出身地は限定されるのではないか。また同好会に頼めば名のある音頭取りを呼ぶよりは経費は少なくて済むであろうし、江州にこだわらず、河内音頭も含むめばより多い参加者を見込める。そして参加者が多いと店も潤う。
d0053294_21484616.jpg 筆者は小中学生の頃にまだあちこちにあった大阪市内の地元の空き地で盛大な盆踊りを見物したが、踊ったことはないのでその楽しみは知らないが、江州音頭と河内音頭があることはよく知っていたし、また大阪では後者のほうがよいという人が多かった気がする。大阪の船場は近江商人が活躍したこともあって、大阪で江州音頭が盛んであるのは当然だが、京都ではなおさらだ。双方の勢力地図を誰かが作っているかもしれないが、西院のように同好会を呼んでどちらも踊るようになっているからには、年々その地図は変化する可能性がある。また双方の音頭は河内や近江では各地域によって古風なものが残っているであろうし、そのことは昨日書いた京ことばが京都市内だけでもいくつもの地域性があったことと同じで、伝統芸能ではさらに地域性は長らく保存されることは想像に難くない。そのことを研究するといろいろと面白いことがわかりそうだが、昔日仏会館が九条山に新しい建物を造った時、その無料講座で電子音楽の講義がフランス人女性のルべ・エマニュエルさんによって数回にわたって開催され、彼女が河内に住んで河内音頭の研究をしてその業績をフランスのラジオ局で放送していると本人の口から聞いた。フランスは電子音楽を切り拓いた国で、その研究の一方、河内音頭に興味を持つ若い女性がいることに感心したが、河内音頭は音楽としても面白く、またその地域性は、一部を共有しながらの多様性という、文化や芸術のひとつの根本をわかりやすく説明するのだろう。そうした分析はレヴィ・ストロースの得意とするところで、彼が民族造形の分野で果たした研究を、ルベさんは河内音頭で証明しようとしたと思う。そこに演奏者や踊りを加味すると何が見えて来るかという課題もあるが、河内家菊水丸のような現代的な楽器の使用は伝統芸能の範疇で語られることではなく、またそれほどに河内音頭が生き残りをかけて新しいものを取り入れようとしているのか、単にイカモノなのかは評価が分かれるだろう。音頭取りは口伝によって型を伝承するが、それは簡単に言えば家元主義で、招かれて歌うからには無償では済まない。だが、せっかく年一度の機会であれば、録音では駄目で、櫓の上でライヴで歌うのを聴きたいし、実際その迫力は現場ではよくわかる。梅宮大社では午後8時には雨が降っていたが、音頭取りはそのことを口にしながらも歌い始めた。その写真を掲げるが、スーパーで買い物をした筆者はカバンの中の生魚が気になり、雨の中に思い切って飛び出て松尾橋目指して歩き始めた。人気のない四条通りに出ても音頭の太い声が響きわたっていた。橋をわたると、松尾駅前の交差点の暗がりで家内が傘を持ってこっちを向いていた。迎えに来てくれるかとかすかに期待したことが通じた。家に着くとほとんど雨は止んでいた。10時までの盆踊りはどれだけの人が踊ったであろう。
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by uuuzen | 2019-08-28 23:59 | ●新・嵐山だより


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