脂肪が減ったのか水分だけが減ったのか、体重60キロを切るようになった今年の夏だが、台風がもうやって来て少しは暑さがましになっている。1週間前の10日、無性に西瓜が食べたくなったので、自転車で上桂のスーパーまで買いに行った。
大きな一玉ならば切ったものより割安で、夫婦で何度か楽しめる。つまり西瓜の場合は「〇は〇だ」で、他の買い物も済まして炎天下の帰り道は何となくうきうきした。TVで西瓜の中割れを確認する方法を知ったので、買う前に2,3個を試すと、どれも右手がポンと軽く叩く音が西瓜の反対側に添えた左手にビンと響いた。どれも状態はよさそうで、実際買って帰ったものは内部に割れが生じていなかった。ただし、味わいに乏しく、安いだけに仕方ないかもしれない。安くなったのは猛暑が戻ったからで、野菜も全体に安くなっている。それはともかく、その西瓜を半分ほど残している状態で昨日は、6分の1に切ったとてもおいしい西瓜をガレージを借りてもらっている人からいただいた。これが中割れをしているのにとても甘く、西瓜を叩いて中割れを確認することの意味があまりないことを知った。ところが10日に買った西瓜を今日食べると以前よりおいしい。切った状態で熟れたのかどうか、追熟する果物があるので不思議ではない。西瓜三昧のここ1週間で、真夏を感じているが、体の脂肪分が減って水分が増し、その水分は「風風の湯」のサウナで絞る。それはさておき、6分の1西瓜を持参した奥さんは夫とともに数か月前に東京から転居して来て京都のことには詳しくなく、五山の送り火が嵐山で見られるかどうか筆者に質問した。それで、渡月橋南詰め辺りから下流側つまり真東を臨むと、8キロほど先に大文字山と比叡山が小さく見え、また嵐山からは鳥居型の送り火が間近で、それは渡月橋南詰め近くの嵐山公園からならどこでもよく、また点火時間は大文字より40分遅れると言った。これは20分が正しいことを昨夜知ったが、鳥居型が燃えている時間は長く、9時頃でもあまり変わらないくらいの明るさだ。五山の中では最も点灯している時間が長いはずで、それで8時40分に嵐山公園に着いても堪能出来る。筆者は京都に住んで以来毎年見ているし、また鳥居型についてはブログに写真を載せたこともあるが、今調べると「神社の造形」のカテゴリーに
4年前に投稿していて、また点灯の写真ではないので今日はそれを含めた写真を載せるが、神社には関係のないことを書くので投稿カテゴリーを変える。また雨のために点火が危ぶまれた今年の送り火はもう見なくてもいいかと思い、午後8時の点火をTVで見た。そのほうが点火現場の様子も含めてよくわかるし、五山を順に楽しめる。そう思いながら気になって、8時10分に家内と家を出て嵐山公園に向かった。大勢の人で溢れているのは予想どおりで、今年顕著なことはそうない。
今日の最初の写真は11日に渡月橋の上、南詰め付近で撮った。また河川改修工事かと思ったが、写真の左手に川の流れに平行して短い土手を造っている。100メートルほどで、また右岸との距離は30メートルほどか。暑いので川の中を歩く人がちらほらいるが、これは近年撤去された6号井堰付近でも見られた光景で、水量の少ない時は両側を往復出来た。ところがそれは現在不可能になっている。6号井堰が撤去されてその段差は写真に見えるように渡月橋のすぐ下流に移動し、渇水期はその石の上を歩くことは出来るが、左岸では嵯峨の河川水が流入し、渇水期でもその箇所は水量が多く、足を踏み入れれば流される。そのため、11日もその水際で立ちすくんでいる人がいた。話を戻して、写真の土手で区切った範囲は灯篭流しをするためだ。毎年実施されるようになったのは20年ほど前からではないだろうか。それ以前は写真の右端の嵐山公園で盆踊りが開かれていたと記憶する。嵯峨の婦人会が中心になって揃えの浴衣姿で踊り、そこに地元住民や観光客が混じっていたが、全体にまばらでさびしいものであった。また16日の夜ではなかったかもしれない。盆踊りがなくなって灯篭流しが始まったかどうかはわからないが、双方を同じ日に実施するのは嵐山公園の大きさからは無理だ。また送り火の16日以外の夏休み期間中に嵐山公園でさまざまな催しが開催され、今年は先月若いミュージシャンのライヴもあったと思う。その大きな歌声がわが家まで響いていた。嵐山は昔から大勢の観光客が訪れるが、ここ4、5年に急増し、五山の送り火でも外国人が目立つ。彼らが盆踊りを見れば一緒に踊るかどうかだが、踊るのは簡単としても、開催場所がない。観光客誘致に何か開発せねばならない街と違って京都は見るべき場所やものが多く、役所は盆踊りを各地で復活させることで観光客に来てもらうことを全く考えていないだろう。客が無料で踊る以外にどれだけ地元に金を使うかという、経費と収入を天秤にかけるはずで、また廃れたものを復活させることは大変で地元の協力が不可欠だ。嵐山公園のある中ノ島は西京区側にあるが、右京区に属する。そのために嵯峨の人々が灯篭流しを行なう。これは五山の送り火とセットになったもので、嵐山公園に張られたテントに受付が設けられ、そこには袈裟を着た、おそらく天龍寺の僧侶が数人応対を手伝う。つまり仏教の催しだが、鳥居型の送りは神社で、これは神仏習合のためだ。今日の2枚目の右の写真は1枚目と同じ場所で昨夜撮ったもので、川岸ぎりぎりに絨毯のように灯篭の集合が灯っている。送り火は幸い点火出来たが、灯篭流しするには桂川の増水が激しく、渡月橋では水の流れが轟音を立てていた。ユンボで造った短く狭い土手は水没していたはずだが、それでも灯篭流しは決行された。
送り火よりも気になったのは、満月だ。昨夜は残念であったが、今日はくっきりと見えた。鳥居型の送り火とはちょうど反対側に昇り、両者を1枚の写真に収めることは出来ない。3枚目の満月の写真は帰り際に中ノ島小橋の上から撮った。1日違うだけなので欠けていないように見える。下方に写るのは「風風の湯」の前に広がる桜の林で、人気がないので静かに見える。最後の写真は嵐山公園にいくつか出た夜店で、これを見ると現在の子どもたちが好むものがわかる。仮面を売る店は昔からあるが、仮面の種類は毎年少しずつ新商品が加わっている。となればこの商売は永遠で、伝統工芸としていずれ認定されるのではないか。また外国ではどういう仮面が売られるのかが気になるが、日本が最も種類が豊富であるように思う。今年見かけて写真を撮ろうと思いながらその機会を逸したのは、3,4歳の子どもが持っていた七色に光る回転する小さな遊具で、ミラーボールのように暗い地面にその七色の光を映していて、それが幻想的でとてもよかった。ネオンのように光る細い腕輪がかつて流行したが、その進化形だ。3枚目右の写真は灯篭流しの受付テントで、背後に鳥居型の送り火が点灯している。最近家内が「風風の湯」で81歳のMさんの奥さんから耳にしたことだが、最近嵐山公園内に東京の表参道で有名な喫茶店が支店を出した。それを昨夜は初めて確認し、店の前にしばしたたずんだ。外から内部が丸見えで、満席であった。近くの渡月小橋の畔にもう1軒喫茶店があり、そっちのほうが安く、また窓からの景色がよいので筆者は気に入っているが、昨夜は送り火の間はとても空いていた。また中ノ島小橋の畔に五木茶屋があってその中は喫茶店になっているが、一度も入ったことがない。新しい店が出来ると以前は何であったかを忘れるものだが、この表参道の支店の場合も同じだ。それほどに新しく出現したものは目立ち、過去は一気にかき消される。人間も同じことで、芸能人は特にそのことに怯える。常に若々しくて勢いの強いものが前面に躍り出ようとし、またそれはどぎつく見えるが、この新しい喫茶店も嵐山にはそぐわないデザインに思える。それだけに人気が出て儲けるだろう。そして新しい店が現われて客が減少するまでは営業するが、経営者は何百年も続く老舗になることを考えていない。そこが時代でもあるが、一方では天龍寺のすぐ近くに京都風の古い建物を改装して営業する喫茶店もある。筆者はどちらにも関心はなく、わが家の来客を嵐山案内に連れ出す時に一緒に入ってみようかと思っている程度だ。それで家内と散歩しながらどこへも入らず、自販機でミントチョコのアイスクリームをひとつ買って分け合って食べた。キスはとっくの昔にしなくなったが、間接キスは平気で、その点で筆者はまだ家内に気持ち悪がられていないようだ。