人気ブログランキング |

●37歳のカルテ
電を発する眼差しは武士が斬り合いをする頃にはふさわしい言葉だろうが、今はどうか。みんな優しさを求め、また求められ、鋭い眼光は忌避される。だが寝ぼけた目をしているようでは素敵な異性から声はかからない。



去年梅津の従姉夫婦がわが家に来た時、すぐ後ろを別の車が追いかけて来て、わが家に入ろうとしていた従姉の旦那さんMと口論を始めた。何事かと思って外に出ると、40代半ばの痩せた男性がMに向かって「睨みやがって」などと怒鳴り続けていた。Mは長身の82歳で、道を歩いているとチンピラ風情が会釈しながら通り過ぎるほどの貫禄があるのに、40代男はよほど腹が立ったらしい。筆者は貫禄のない男の代表みたいな頼りない風貌だが、外に出るや否や、男はひるんだ様子で軽く会釈をした。筆者は厳しい真顔で「失礼なことがあったようですが、この場を収めてほしい」と言うと、男はぼそぼそと呟きながら車に戻って去った。家内に言わせると筆者の顔は時にとても怖いそうで、その男も殺気を感じたのかもしれない。筆者はよく「優しそう」と言われるが、筆者が他人に対してそのことを口にしたことはない。自分の周囲は優しい人ばかりという状態は理想だろうが、そう思うのは自分を優しいと思いたいからだ。殺人者もある者には優しい。優しさと陰湿さは同居出来る。筆者はいつもにこにこ顔の人物が嫌いで、偽善を隠していると思っている。むしろ澄まして近寄り難い人のほうが優しい心根をしている。女が澄ますと男は近寄りにくいが、そのくらいが魅力的だ。どんな男にでも笑顔で話せる女は昔から尻軽と決まっている。男女とも紫電の眼差しを自覚しておくのがよく、そうすれば安っぽい輩が近寄らず、品位を高く保てる。それは孤独になりがちだが、必ず同類と親しくなれる。筆者は中学の卒業時の色紙にそのようなことを別の言葉で書いた。かなり大人びていたが、15歳から真っすぐ現在まで同じ思いで生きて来ている。品位を自覚しない連中とは親しくならず、ひとりぽっちでも苦にならない。だが、筆者の指摘を理解する若者は少ないだろう。息子を見ているとそう思う。息子は36歳で、人生の半分が終わっていてはもう親の言うことは聞かない。聞くとすれば惚れた女性の言葉だが、その相手がいない。アトピー性皮膚炎で肌は紫がかって自信を持てず、来年の病院のカルテにも「アトピー」の文字が消えそうにない。その原因は息子の心理と社会性が絡んで複雑だが、ひどくなったのは自信喪失が最大の原因であろう。自信を得るには他者が必要だ。それは医者でなくてもよい。恋人や配偶者、あるいは出会ったことのない尊敬出来る人物でもいいが、そういう存在に接触する機会や自信がないのが実情だ。とはいえ、現状から抜け出るのは本人の意思以外にない。獅子が子を崖下に突き落とすたとえ噺を思い出し、父としては見守るしかないが、何か具体的に手助け出来ないかと思う。
 最近TVで見た。70代半ばの男性がほとんど家具のない一部屋のアパートで年金暮らししていたが、同じアパートの同世代の男に15万円を貸した。両親が死んだので故郷に帰るために必要と言われたのだが、結局その男は行方をくらました。貸した男性は家賃を数か月滞納し、取り立て屋と相談のうえ、月2万ずつ返すことにし、その間に癌が見つかって死んだ。優し過ぎたので貧しく暮らし、最期はその優しさに裏切られた。それは自分を大切にしていなかったためだ。自尊心が低いと変な奴が近寄って来る。筆者の息子も10万円を二度貸して戻って来なかった。気弱さにつけ込まれたが、騙す側でなかった、つまり人品が卑しくないことには安心出来る。ただし、自分を大切にして毅然としていないので侮られ、またそのことによって精神が擦り減り、アトピーもひどくなる。他者を優しいと思い込むことはその他者に時間を取られることで、多くの他者とつながろうとするほどに自分を見失う。まずはひとりで充足することだ。その姿に他者が近づいて来る。SNS流行りの昨今、これがわからない30代は多いだろう。ところで、前述のMが何年も前に筆者の息子の嫁は年上がいいと意見し、筆者もそう思っているが、35歳でも高齢とされ、子どもが産めるかどうか微妙だ。最近TVで有名な40歳の女性が結婚前に妊娠し、アラフォー女性は子どもを得る可能性について大いに希望を抱いたと思うが、40歳は30歳よりも圧倒的に妊娠しにくい。女として最も魅力があった30代半ばまでの10数年に結婚しなかったのは、よほど魅力がないか、遊び過ぎたかと思われるのが普通で、37歳は67歳からはとても若くても、17歳から見ればおばさんであることは本人も知っている。魅力を自覚する37歳は数歳年下の男を口説いて結婚に漕ぎつけるが、妊娠する確率は低く、子どもが得られなくても諦めて生きて行かねばならない。その時の後悔は女性にとって人生最大のものだろう。筆者が孫を見るにはまず息子が女性と出会うことだが、その最初の関門で手間取っている。父親とすれば、その女性の顔の美しさは不問で、心身ともに健康で常識を持ち合わせていればよい。また20代は無理であろうから同世代がいいが、相手を見つけるのに苦労、結婚してからも苦労、人生はその連続で、いくつもの難関をくぐり抜けて行かねばならない。価値観の合わねば離婚する割合が大きいとされるが、子どもが出来れば離婚のハードルが高くなり、配偶者によほど不満がない限り、結婚生活は楽しい。子どもを3人持つ47歳の姪がいて、彼女は同じ年齢で仕事に大いに頑張り、高価なマンションに暮らす独身の姪のことを、「結婚出来ず、子どももいない状態ではお金にゆとりがあっても楽しい人生と言えるか」と批判的だ。それは孤独を感じる暇がないほどに日々の生活が目まぐるしく、またそのことが楽しいからだ。
 最近話した女性は50少しの年齢で、独身のまま30代前半で出産し、今は高校生になっている娘と暮らしている。そういう生き方もあるが、娘は父を探さないだろうか。片親育ちの筆者は、子どもは成人するまでは両親が揃っていたほうがいいと思っている。子連れの再婚が多いが、その子どもは孤独になりやすい。筆者が37歳の時、息子は6歳で、外で仕事する家内に代わって小中学校のことを引き受けた。子どもを育てる結婚生活は基本的に地味なものだ。収入は子どもに費やさねばならず、有名な芸能人でもない限り、独身時代の派手なことは縁遠くなる。それを我慢出来ない人は気軽に同棲をするか、恋人を次々に変えながら独身を通せばいいが、それが本当に楽しいのも40までだろう。梅津の従姉の隣家に妾さんがひとり暮らししている。筆者が京都に出て来た40年ほど前の彼女は40歳くらいで、なかなか整った顔で愛嬌があり、よく筆者に熱い眼差しの笑顔で話しかけて来た。彼女はそのまま80代になり、その過程で孤独と陰険さを増した。家は1軒もらったが、女としての人生を棒に振り、誰からも存在を意識されない。それは人生を真剣に考えず、自分を粗末にしたからだ。他者のことを優先し、自分は我慢する姿勢は美徳とされるが、それは優先される側のつごうのよい褒め言葉だ。他者への依存は、同類と親しくなってやがて関係が壊れるという悪循環を繰り返す。そこから這い出すには自力しかないが、手を差し伸べる人の真意の理解もそこに含まれる。そのことを息子に対して思うと、信頼とお互いくどくど言うことはないという諦めが相半ばする境地で、ともかく嫁になってくれそうな女性がどこかにいないかと周囲を眺める。筆者がこんなことを書くのは、従姉から子どもを結婚させることは親の責任と言われるからでもある。従姉の3人の子はみな20代半ばで自力で結婚相手を見つけ、それぞれ男ふたりに女ひとりの3人の子をもうけ、離婚せずに愉快に生きている。貧しくても子どもはもうびっくりするほど逞しく成長し、その動物的な勢いは無限の可能性を感じさせる。そのようなあたりまえの人生が今の37歳に縁遠いとすれば、その最大の原因は社会に一部あるとはいえ、やはり本人だ。そのことを否定する37歳もいずれその言葉を悔いるが、そうでなくてももう相手にしてくれる人はいない。母は10年ほど前から「もう日本は終わる」と口にし、その理由を「若者が子どもを産めへん」と言っていた。妹の子どもはみな結婚し、残るは筆者の息子だけで、37歳のカルテに「アトピー改善」の文字が書かれるように生活が一変しないものかと思っている。心理的要因と社会性を変えるには結婚が最適で、同じ苦労の人生であれば子どもがいて楽しいほうがよい。そう思う筆者は紫電の眼差しを四方に向けながら嫁候補を探す。それが「67歳のカルテ」でもある。
by uuuzen | 2019-08-24 23:59 | ●新・嵐山だより


●67歳のカルテ >> << ●鶏頭傾倒経過観察、その5
以前の記事/カテゴリー/リンク
記事ランキング
画像一覧
ブログジャンル
ブログパーツ
最新のコメント
言ったでしょう?母親の面..
by インカの道 at 16:43
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusha..
ファン
 
  ブログトップ
  UUUZEN ― FLOGGING BLOGGING GO-GOING  © Copyright 2019 Kohjitsu Ohyama. All Rights Reserved.
  👽💬💌✍🏼🌞💞🌜ーーーーー💩😍😡🤣🤪😱🤮 💔☔⚡🌋🏳🆘😈 👻🕷👴⌛💉🛌💐 🕵🔪🔫🔥📿🙏♻